第25話:ゼフィロスの宣戦布告「彼女の一滴すら、他国には渡さぬ」
「――フォレスト公国が、沈黙しただと……?」
聖議事堂を揺るがしたのは、悲鳴にも似た、ある国王の震え声でした。
大陸でも有数の穀倉地帯であった国が、たった数時間で黒い森に飲み込まれ、生存者からの音信が途絶えた。その事実は、この場に集まった美食と権力に溺れる王族たちにとって、死刑宣告にも等しいものでした。
「次は我が国か!? いや、この都市も危ないのではないか!」
「エリアナ様! 頼む、今すぐその木ベラを振るってくれ! 私の国を、私のパンを守ってくれ!」
理性を失った王たちが、泥にまみれた靴のまま、私へと縋り付こうと壇上へ押し寄せます。
アルフレッド様がその前に立ち、剣を抜こうとしたその時――。
「……汚らわしい。これ以上、私のエリアナの視界を汚すな」
地響きのような声と共に、議事堂の床が、壁が、天井が、一瞬で真っ黒な氷の結晶に覆われました。
ゼフィロス様です。
彼の右腕。包帯を解いたその腕から、神を殺したとされる赤黒い呪いの魔力が噴出し、広間全体を物理的な『重圧』で押し潰しました。
「ひ……っ、……あがっ……!!」
王たちが、まるで透明な巨人に踏みつけられたように、その場に平伏しました。
空気が凍り、呼吸すらも痛みを伴うほどの沈黙。
その中心で、ゼフィロス様は私を力強く抱き寄せ、その右手を私の頬に、熱く、愛おしげに添えました。
「……エリアナ。世界はもう終わりだ。……この腐った連中も、味を失った大地も、すべてを黒い種に食わせてしまおう。……お前と私、そして帝国だけを、私の氷の結界の中に閉じ込め、永遠に二人だけで食卓を囲むのだ」
陛下の瞳は、本気でした。
世界を救うことなど、彼には一欠片の興味もありません。ただ、私という「光」を、誰の目にも触れない最深部で独占したい。その狂おしいまでの渇望が、魔力となって広間を焼き尽くそうとしています。
跪くアルフレッド様が、歯を食いしばりながら顔を上げました。
「……そんなことが……許されると思っているのか、皇帝! 彼女を、君の孤独の生贄にするつもりか!」
「黙れ。……彼女の一滴、彼女の微笑み一つ、私は他国に分け与えるつもりはない。……この女は、私の心臓だ。……誰が心臓を他人に切り分けて貸し出すというのだ?」
陛下の重すぎる愛の宣言に、王たちは絶望に打ちひしがれました。
けれど、私は――そんな陛下の、氷のように冷たくてマグマのように熱い右手に、自分の手を重ねました。
「おーっほっほっほ! 陛下、そんなに独り占めをなさっては、私の腕が鈍ってしまいますわ」
私が微笑むと、議事堂の黒い氷が、パキン、と音を立てて淡い黄金色の光へと変質しました。
私の『祝福』が、陛下の破壊衝動を、最高に贅沢な『スパイス』へと変換していく。
「皆様。……お聞きなさい」
私は、平伏する全大陸の王たちを見下ろし、凛として告げました。
「陛下はああ仰いますが、私は料理人。……最高の食材が、王国の毒で汚されたまま朽ち果てるのを見過ごすのは、私の美学に反しますわ。……そこで、皆様に提案がございます」
私は懐から、あの『太陽の聖剣』を取り出し、床に突き立てました。
まばゆい輝きが広がり、人々の心に巣食っていた死の恐怖を、無理やり「食欲」へと塗り替えていきます。
「今この瞬間から、帝国の食卓は全大陸へと広がります。……ただし、メニューを決めるのは私。……そして、対価を払うのは貴方たち。……帝国に全権を委ね、王国の『黒い種』を根絶するための盾となるなら、貴方たちの国に、私が『春』を届けて差し上げましょう」
「……ぜ、全権を……!? それは、属国になれと言うことか!」
「あら、嫌なら結構ですわ。……隣の国が、私の黄金のパンを食べている横で、貴方たちは末永く、黒い泥を噛み締めていればよろしいのですわよ?」
エリアナ様の、最高に残酷で美しいお誘い。
王たちは、もはや選択の余地などないことを悟りました。
一国の王として死ぬか、帝国の臣下として「味」を取り戻すか。
「……承知いたしました。……我が国は、エリアナ様に、帝国に忠誠を誓います……!」
一人が、そしてまた一人が、帝国の旗の下に跪いていきます。
かつて私を捨てた王国。それを包囲するように、大陸中の国々が、私の『祝福』という名の鎖で帝国に繋がれていく。
ゼフィロス様が、私の耳元で、甘く、恐ろしい声で囁きました。
「……エリアナ。世界をお前の信者で埋め尽くすつもりか。……ならばいい。……世界を私に跪かせた後、その世界の頂点に立つお前を、私が丸ごと喰らってやる」
「陛下、私を召し上がるのは、王国のジュリアン様を片付けてからにしてくださる?」
私は彼を見上げ、かつてないほど不敵に笑いました。
その頃。
滅びゆく王国の、影も差さない地下深く。
ジュリアン様は、自らの血を祭壇に捧げ、ドロリとした漆黒の泥の中に、その身を沈めていました。
「……エリアナ。……お前の『祝福』。……お前の『肉』。……全部、私のものだ……。今度は私が、お前を飲み干してやる……っ」
泥の中から、人間のものではない、巨大な『顎』が現れました。
大陸がエリアナ様の味方になろうとする中、かつての敵は、もはや「人間」であることを辞め、真の怪物へと羽化しようとしていたのでした。
第1部(Phase 1:飢えた列強と聖女の再臨)、堂々の完結ですわ!
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!
おーっほっほっほ!
「嫌なら泥を噛んでいればよろしい」なんて、エリアナ様、なんて女王様気質な一言かしら!
全大陸の王たちが彼女の前に跪き、帝国が事実上の「世界の中心」となった第25話。
陛下のヤンデレ気味な独占欲も、もはや隠す気がございませんわね。
さて、次回からは第2章・第2部(Phase 2:王国の策謀と偽聖女の断末魔)が始まります。
人であることを辞めたジュリアンが、エリアナ様を直接「捕食」しに来る……!?
王国の、文字通り「死に物狂い」の反撃が始まりますわよ。
続きが気になる!と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】と【評価(★★★★★)】で、エリアナ様の新しいメニューに期待を寄せてくださいませね!
あなたの応援が、彼女を真の「世界の女帝」へと導くのですから!




