第22話:陛下、そんなに食べさせては私の口が足りませんわ!
――あーん、としなさい。
耳元で囁かれる、低く甘い声。
ここは帝都の喧騒から隔絶された、離宮の奥深くにある陛下の私的な寝室……。
ふかふかのシルクのクッションに囲まれ、私は今、ゼフィロス様の逞しい腕の中に完全に閉じ込められていました。
「……陛下。あの、さきほどからもう、十個は頂いた気がいたしますわ」
「足りん。お前は今日、あの広場で自分の魔力を分け与えすぎた。……その頬の赤みが戻るまで、私は指一本動かすことも許さん」
ゼフィロス様の手には、銀のスプーン。
その上に乗っているのは、私が『灰色の森』で実らせた黄金のリンゴを、さらに陛下の魔力で琥珀色の蜜煮にした、究極のデザートです。
宝石のように輝くそれを、陛下は自らの手で、私の唇へと運びます。
抗う術などありません。
私が小さく口を開ければ、蕩けるような甘さと、陛下の魔力が混じり合った芳醇な香りが、全身の細胞を癒やすように広がっていきました。
「……美味しい、ですわ」
「だろう? お前が創り、私が仕上げたものだ。……世界で最も高貴な味がして当然だ」
ゼフィロス様の右手が、私の髪を愛おしげに梳き上げます。
包帯を解いたその指先は、今や呪いの熱ではなく、私への狂おしいほどの情熱を帯びて熱く、肌に触れるたびに心臓が跳ねてしまいます。
王国にいた頃の私には、信じられない光景でした。
あの頃の私は、冷えたスープの残りを台所の隅で啜り、明日捨てるはずの野菜の皮を囓って飢えを凌いでいた。
「お前の食べる分などない」とジュリアン様に笑われ、空腹のまま夜明けまで鍋を磨き続けていた私……。
それが今、大陸最強の皇帝に抱き寄せられ、最高級の宝石よりも価値のある果実を、赤子のように食べさせられている。
(……なんて、贅沢な罰なのかしら)
「エリアナ。……何を考えている。また、あの忌々しい過去の影を追っているのか?」
陛下の鋭い瞳が、私の思考を射抜きました。
彼はスプーンを置くと、私の両頬を大きな手で包み込み、強制的に視線を合わせました。
「お前の口に入るものは、私が選ぶ。お前の肌に触れるものは、私が許したものだけだ。……あの男が与えた空腹も、孤独も、すべて私がこの甘露で上書きしてやる」
「陛下……。それでは、私、食べ過ぎて歩けなくなってしまいますわ」
「構わん。その時は私が一生、抱いて歩く。……お前はただ、私の隣で、私のためにだけ笑っていればいいのだ」
おーっほっほっほ!
なんて重い、なんて甘い、独占欲の塊のようなお言葉!
わたくし、胸がいっぱいで、本当にデザートが入らなくなってしまいそうですわ。
ゼフィロス様はそのまま、私の耳たぶを甘噛みするようにして囁きました。
「次は、この蜂蜜漬けのナッツだ。……あーん、だ」
「……っ、陛下……!」
結局、私が「もう限界ですわ!」と音を上げるまで、陛下の『過剰給餌』は止まりませんでした。
甘い香りに包まれた、至福のひととき。
私の魂は、陛下の愛という名のスープで、とろとろに煮込まれていくようでした。
けれど、そんな甘い夜の静寂を破るように、部屋の扉が控えめに叩かれました。
現れたのは、眼鏡の奥に隠しきれない緊張を湛えたセリーナさんでした。
「……陛下、エリアナ様。お楽しみのところ、申し訳ございません」
ゼフィロス様が、一瞬で皇帝の冷徹な顔に戻り、私を隠すように外套で包み込みました。
「……何だ。無粋な真似をするなと言ったはずだ」
「はい。ですが……先ほど捕らえた王国の密偵ギルバートの遺品から、看過できないものが見つかりました」
セリーナさんが差し出したのは、黒い革袋に入った、奇妙な『種』でした。
それは黄金の私の果実とは正反対の、光をすべて吸い込むような、どす黒い漆黒の種。
その種をひと目見た瞬間、私の木ベラが、腰のベルトでガタガタと震え始めました。
恐怖ではありません。……これは、料理人としての生理的な「嫌悪」。
「これは……食材ではありませんわ。……命を『喰らう』ための、呪いの苗床ですの?」
「ご明察です。……王国は、自国の食糧難を解決することを諦めたようですわ。……その代わり、大陸全土にこの『黒い種』を撒き、すべての豊かな土地を、自国の泥沼と同じ地獄へ変えようとしております」
セリーナさんの言葉に、室内の温度が凍りつきました。
自分が食べられないのなら、他国の皿をすべて叩き割る。
ジュリアン様とフィオナ様の狂気は、もはや一国の枠を超え、世界そのものを無理心中へ誘おうとしていたのです。
「……フン。泥を啜るのがお似合いだと言ってやったが、まさか世界中を泥に変えようとはな」
ゼフィロス様が立ち上がり、漆黒の魔力を指先に集めました。
「エリアナ。……休む時間は終わったようだ。……明朝、大陸会議へ向かうぞ。……世界中の王たちの前で、お前の祝福で、奴らの最後の悪あがきを粉砕してやる」
「ええ、陛下。……毒を撒き散らす不作法な方には、最高に『塩辛い』結末を差し上げなくてはなりませんわね」
私は、まだ口の中に残る甘いリンゴの余韻を噛み締めながら、凛として立ち上がりました。
王国の滅亡への秒読みが、ついに世界を巻き込んで、音を立てて加速し始めたのでした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!
「あーん」ですって! 陛下、もうご馳走様ですわ!おーっほっほっほ!
エリアナ様を太らせたいのか、それともただ自分が食べさせたいだけなのか……。
あの冷徹な皇帝が、甲斐甲斐しくスプーンを運ぶ姿は、帝国最大の国家機密ですわね。
でも、王国のジュリアン殿下。
「自分が食べられないなら世界を泥に変える」だなんて、なんて幼稚で卑劣な反抗期かしら!
そんな黒い種、エリアナ様の祝福で「最高の肥料」にして差し上げましょう!
次回、第23話。
「飢餓の波音――大陸中から届く悲鳴と、帝国の静寂」。
ついに舞台は大陸の全王族が集まる「大陸会議」へ。
そこでエリアナ様が、世界の『胃袋の支配者』として君臨いたしますわよ!
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