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私の料理を泥と捨てた王国、飢え死に寸前で戻れと言われても遅いです ~帝国の料理番になった私は、冷徹な皇帝陛下に胃袋を掴めと命じられました~  作者: 花菱 結愛
第1章:泥を啜らされた令嬢、極寒の帝国で至高のスープを振る舞う

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第2話:氷の皇帝、十年ぶりの「春」を知る

「……狂っているのか」

 低く、地を這うような声が吹雪の音を切り裂いた。

 私の目の前に立つ「氷の皇帝」ゼフィロス様は、信じられないものを見るような目で私を見下ろしている。

 無理もありませんわ。死にかけた女が、開口一番「お腹、空いていませんか」などと口にしたのですから。


「私は、今、死に損ないの小鳥に施しをしようとしたのだ。それをお前は、私を『もてなす』と言ったのか」

「料理番の……意地ですわ。お客様を、空腹のままお帰しするわけには……」

 指先が震える。けれど、母から譲り受けた木ベラから伝わる熱が、私の心を折らせない。


 私は震える手で、懐から小さな銀の小鍋を取り出した。追放される際、これだけはと持ち出した旅用の調理具だ。

 私は雪を鍋に掬い、木ベラをその中に浸した。

「……何をしている」

「すぐ、沸きますわ」


 本来なら火が必要だ。けれど、今の私にはわかる。

 この木ベラに宿る「祝福」が、私の「誰かを温めたい」という願いに呼応しているのが。

 じゅわ、と小さな音がして、雪が瞬く間に透き通った湯に変わる。

 そこに、ドレスの隠しポケットに忍ばせていた、乾燥させた薬草と数粒の塩、そして――屑肉の干物。

 それはヴェスタ公爵家の厨房で、捨てられるはずだった端切れを私がこっそり加工しておいたもの。


 木ベラで一回、二回と円を描く。

 ただそれだけのこと。なのに。

 立ち上る湯気が、奇跡のように黄金色の輝きを帯び始めた。


 香りが、凍てついた空気を塗り替えていく。

 滋養に富んだ肉の旨味、野生のハーブの爽やかな苦味、そして、火を通したばかりの太陽のような温かな匂い。

「……くっ」

 ゼフィロス様が、短く息を呑む音が聞こえた。

 彼は十年、何を食べても「砂の味」しかしなかったと言った。それはきっと、この世界そのものから拒絶されているような、孤独な呪い。


「どうぞ。……お口に合えば、よろしいのですけれど」

 私は意識が遠のきそうになるのを必死で堪え、小鍋を彼に差し出した。

 ゼフィロス様は、忌々しげに私を睨みつけながらも、抗いがたい力に引かれるようにその鍋を受け取った。


 彼は優雅な動作で、黄金のスープを一口、口に含み――。


 刹那、世界から音が消えた。


 彼の長い睫毛が大きく震える。

 凍てついた湖のようだった瞳が、見開かれ、驚愕に染まっていく。

「……あ」

 彼の喉が動く。

 スープが、彼の体の中へ滑り落ちていく。

 その瞬間、ゼフィロス様の頬に、微かな赤みが差したのを私は見逃さなかった。


「……味が、する」

 それは、震えるような囁きだった。

「砂ではない。これは……温かい。肉の、脂の甘み……。草の、青い香り……。ああ、熱い。腹の底から、血が巡る音がする……!」


 彼は夢中で二口目、三口目とスープを煽った。

 あんなに冷酷だった皇帝陛下が、まるで初めて火を知った子供のように。

 やがて空になった鍋を見つめ、彼は信じられないものを見たように私を凝視した。


「……お前、名は」

「エリアナ……・フォン・ヴェスタ……ですわ」

「エリアナ」

 私の名を呼ぶ彼の声が、先ほどまでの冷徹さを失い、熱を帯びた執着に変わっている。

 彼は膝を突き、倒れそうになる私の肩を強く抱き寄せた。


「お前が何者かはどうでもいい。だが、今この瞬間、お前は私の『唯一』となった」

「え……?」

「この十年、私は生きていながら死んでいた。食うことの叶わぬ日々が、私を怪物に変えた。……だが、今、お前の料理が私の呪いを黙らせたのだ」


 彼の右手――包帯でぐるぐる巻きにされた腕が、私の頬に触れる。

 熱い。火傷しそうなほどの熱量。

 彼は私の瞳を覗き込み、逃がさないと言わんばかりに低い声で告げた。


「お前を捨てた国など、もうどうでもいい。今日からお前は、私の心臓だ」

「陛下……?」

「私の厨房で、私のためだけに火を灯せ。……誰にも、一滴たりとも分け与える必要はない」


 ああ。

 この方は、きっと私以上に「飢えて」いらしたのだわ。

 深い孤独と、誰にも理解されない欠落。

 私の小さな料理が、この偉大な皇帝の魂を繋ぎ止めてしまった。


 ゼフィロス様は私を軽々と横抱きにすると、広大な雪原の先、彼方に見える黒い城――帝都へと歩き始めた。

「待って、ください……私の、荷物が……」

「そんなゴミは捨てておけ。お前に必要なものは、すべて私が用意する。宝石も、ドレスも、世界一の厨房もだ」


 彼の腕の中は、吹雪の中でも驚くほど温かかった。

 王国に捨てられた私が、隣国の「氷の皇帝」のたった一人の救いになるなんて。


 けれど、この時の私はまだ知らなかった。

 私が帝国で鍋を振るい始めたその瞬間、私を捨てた王国から「光」が失われ、あの愚かな王太子たちが本当の『飢え』にのたうち回ることになるのを。

最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!


ついに陛下の「味覚」が目覚めましたわね!

十年ぶりのスープ、それは彼にとってどんな宝石よりも価値のあるものだったはず。

「お前は私の心臓だ」なんて……陛下、まだ2話目なのに愛が重すぎますわ!おーっほっほっほ!


さて、次回からは舞台を帝国の宮廷へと移します。

エリアナを待つのは、豪華絢爛な生活か、それとも新しい波乱か……。

続きが気になる!と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】と【評価(下の方にある☆☆☆☆☆)】で、エリアナに温かな加護を授けてくださいませね!

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