第18話:木ベラ一本で、死にゆく森を『果樹園』に変えて差し上げます
「……食糧の備蓄は、持ってあと二週間といったところか。エリアナ、奴らは本気で我らを干し殺すつもりのようだぞ」
帝都を一望するバルコニーで、ゼフィロス様が不敵な笑みを浮かべながら呟きました。
彼の背後では、帝国の文官たちが真っ青な顔で書類の山と格闘しています。北方の五カ国連合、そして海洋諸国による経済封鎖。港は閉じられ、街道には軍が配置され、帝国へ向かう小麦や塩の馬車は一国も漏らさず差し押さえられているとのこと。
帝都の市場からは、次第に新鮮な果物や異国のスパイスが姿を消し始めていました。
国民の間には、目に見えない「飢え」への恐怖が、冷たい霧のように広がりつつあります。
「陛下、これはもはや戦争です! 一刻も早く軍を動かし、包囲網を突破しなければ……!」
「軍を動かしてどうする。……奴らはそれを待っているのだ。帝国が暴発すれば、『それ見たことか、祝福の令嬢は災厄の魔女だ』と触れ回る大義名分をな」
ゼフィロス様は、騒ぐ文官たちを氷のような一瞥で黙らせると、私の腰をそっと抱き寄せました。
その手は驚くほど優しく、けれど「お前だけは絶対に離さない」という熱い執着に満ちていて。
「エリアナ。……お前なら、この空腹の空気をどう味付けする?」
「そうですね……。陛下。……少しだけ、お散歩に出かけませんか? 帝都の北にある『灰色の森』まで」
私の提案に、セリーナさんが眼鏡をキラリと光らせて頷きました。
ハンス料理長も、すでに準備を整えて待機しています。
私たちは帝国の精鋭騎士団を連れ、帝都郊外へと向かいました。
そこは、建国以来の呪われた土地。
『灰色の森』と呼ばれるその場所は、一年中冷たい魔霧が立ち込め、土は石のように硬く、ペンペン草一本生えない死の平原でした。帝国が慢性的に抱えてきた「食糧自給率の低さ」の元凶とも言える場所。
馬車から降りた私を待っていたのは、使節団の密偵たちらしき者たちの、嘲笑うような視線でした。
「おやおや、お嬢様。……あんな死の土地で、一体何を始めようというのか。……まさか、あそこにパンが実るとでも思っているのか?」
物陰から聞こえる声。
私は気にせず、懐から一本の煤けた木ベラを取り出しました。
そしてもう一方の手には、昨夜まで肉を叩き切るために使っていた『太陽の聖剣』を。
「皆様、よく見ていてくださいまし。……料理人にとって、大地とは『巨大なスープ鍋』に過ぎませんのよ」
私はまず、聖剣を高く掲げました。
ソル国の国宝が、私の魔力に呼応して、かつて戦場で見せた以上のまばゆい黄金の光を放ち始めます。
私はその剣を、惜しげもなく凍てついた大地へと突き刺しました。
「開け、大地の蓋!」
ズォォォン!! という衝撃波が地面を駆け抜け、石のように硬かった土が、瞬く間にふかふかの『発酵したパン生地』のように柔らかく、黒々と隆起しました。
そこへ、私は木ベラを振るいました。
「冷え切ったスープに、祝福のひと混ぜを。……温かくなあれ。甘くなあれ。……すべての人を、笑顔に。……『祝福の宴』!!」
木ベラの先から、文字通り「黄金の奔流」が溢れ出しました。
それは魔力の光であると同時に、生命そのものの香気を孕んだ粒子。
光が灰色の霧を焼き払い、死の森を飲み込んでいきます。
次の瞬間。
その場にいた全員が、自分の目を疑う光景を目の当たりにしました。
土の中から、芽が吹き、茎が伸び、瞬く間に大樹へと成長していく。
それも、ただの木ではありません。
枝には、太陽をそのまま閉じ込めたような黄金のリンゴ。
蜜のように甘い香りを放つ、真珠のような洋梨。
そして、地面からは、焼きたての香りがする『パンの実』を実らせる不思議な植物が、地平線の果てまで埋め尽くしたのです。
「な……っ……何だ、これは……!?」
密偵たちが、あまりの衝撃に物陰から転がり出しました。
つい先ほどまで死の土地だった場所が、今は大陸で最も豊穣な、香ばしい「楽園」へと変わっている。
「……信じられん。……数百年も不毛だったこの土地が、たった一瞬で、国全体の需要を数十年は賄えるほどの果樹園に……」
ハンスさんが膝を突き、黄金のリンゴを手に取りました。
一口かじれば、その果汁は魔力を活性化させ、疲れ果てていた精神を瞬時に癒やす至高の味。
「陛下。……これで、経済封鎖はもう無意味ですわね」
私は微笑み、木ベラを腰に戻しました。
他国が「輸出を止める」ことで帝国を困らせようとしていた食材。……それらすべてが、今や帝国独自の『祝福された食材』として、より高品質、より高魔力な状態で自給可能になったのです。
ゼフィロス様が私の背後から抱きしめ、首筋に深く、熱い吐息を吹きかけました。
「……おーっほっほ! 素晴らしいですわ、お嬢様! これでは、飢えるのは帝国の外にいる愚か者たちだけですわね!」
セリーナさんが高らかに笑い、周囲の騎士たちも歓喜の声を上げて、跪きました。
経済封鎖を開始した五カ国連合は、今頃祝杯を挙げていることでしょう。
「今頃、帝国では暴動が起きているはずだ」と。
けれど、彼らが次に目にするのは、空前の豊穣に沸き、香ばしいパンの香りを風に乗せて大陸中に撒き散らす、無敵の帝国の姿なのです。
「……エリアナ。……お前は、本当に。……私にどれだけ、世界の価値を塗り替えさせれば気が済む」
ゼフィロス様の瞳には、畏怖を超えた、狂おしいほどの愛が渦巻いていました。
彼は私の手を握り、その手のひらに、噛みつくような深い口づけを落としました。
「……もう、誰にも見せん。……この森の果実も、お前の笑顔も。……奪いに来る者があれば、そのすべてを肥料にして、この森をさらに広げてやるまでだ」
その力強い誓いに、私の心は甘く痺れました。
一方、王国の王宮では。
フィオナが作った、カビの生えたパンを前に、ジュリアン様が吐血しながら手紙を握り潰していました。
「『灰色の森』が……結実した……!? 馬鹿な、そんな魔術があるわけがない! エリアナ……!! 貴様、どこまで私を惨めにさせれば気が済むのだ……っ!!」
絶望する王国。
そして、エリアナの『祝福』を力で奪おうと、連合国がついに「禁忌の兵器」へと手を伸ばす。
楽園の誕生は、同時に、世界で最も贅沢で残酷な戦争の序曲でもあったのです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!
死の森が「パンと果実の楽園」に……!
おーっほっほっほ! これぞわたくしたちのエリアナ様の真骨頂ですわ。
経済封鎖? 輸出停止? 「結構ですわ、自分たちで作りますもの」と、
相手の土俵そのものをひっくり返すカタルシス、たまりませんわね!
でも、陛下。
「奪いに来る者は肥料にする」だなんて、愛が重すぎて、
わたくしまでキュンキュンしてしまいますわよ。
さて、次回は帝国の独り勝ちに焦った連合国が、
ついに「エリアナ様強奪作戦」を本格始動させます。
セリーナさんの「隠し球」が、いよいよ火を噴く時が来るのかしら!?
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あなたの応援が、黄金の果実をさらに甘くするのですから!




