第17話:「帝国だけが潤うのは不公平だ」という不敬な吠え声
サクッ、という、耳に心地よい音。
それは、鋼が肉を断つ音というよりは、鋭い光が空間を切り裂くような、あまりにも清廉な響きでした。
「まあ、なんて素晴らしい切れ味かしら。ハンスさん、この『包丁』、とても使い勝手がよくてよ?」
私が微笑みながら手にしたのは、つい昨日までソル国の守護神として崇められていた『太陽の聖剣』です。
数百年もの間、戦場で敵を打ち倒してきたというその刀身は、今、帝国の厨房で最高級の魔獣肉を叩き切るために使われていました。
私の『祝福』が聖剣に宿る魔力と共鳴し、肉に触れるたびに、硬い筋が魔法のように解け、瞬時に最高級の熟成肉へと変質していくのが分かります。
「……あ、エリアナ様。その、聖なる剣を……そんな、すね肉の細切れにお使いになるとは……」
宮廷料理長のハンスさんが、額の汗を拭いながら引き攣った笑みを浮かべています。
背後では、侍女長のセリーナさんが「当然の権利ですわ。お嬢様の指を疲れさせない道具こそが、真の神具ですもの。おーっほっほ!」と、上機嫌で眼鏡を光らせていました。
厨房に満ちる、芳醇な肉の香りと、野菜の甘い息吹。
けれど、その平穏を破るように、重々しい銅鑼の音が帝都に響き渡りました。
「――陛下! 北方の五カ国連合、ならびに海洋諸国の使節団が、同時に謁見を求めております!」
伝令の叫び。
私は木ベラを置き、窓の外を見上げました。
帝都の門前には、色とりどりの軍旗を掲げた馬車が、果てしない列を作っています。
彼らの目的はただ一つ。……私という『奇跡』を、帝国から引きずり出すこと。
「行こう、エリアナ。……ハエどもが、自分たちの飢えを私のせいにしに来たようだ」
いつの間にか厨房の入り口に立っていたゼフィロス様が、冷酷な笑みを浮かべて私に手を差し出しました。
彼の纏う魔力は、触れるものすべてを砕きそうなほどに荒ぶっています。
私は彼の手を取り、漆黒のドレスの裾を翻して、再び戦場――謁見の間へと向かいました。
謁見の間は、殺気と、そして耐え難い『腐敗の臭い』で充満していました。
そこに並んでいるのは、大陸中の列強から送り込まれた、選りすぐりの外交官や将軍たち。
彼らは一様に、帝国だけが豊穣を享受し、自分たちの国が砂を噛むような飢えに喘いでいることへの、理不尽な憤りを滾らせていました。
「ゼフィロス陛下! これは人道上の問題だ!」
一人の大男が、床を激しく踏み鳴らして叫びました。
「世界から味が消え、魔法が枯渇している今、その原因である『祝福の令嬢』を独占するのは、全人類に対する裏切りだ! 彼女を国際機関の管理下に置き、公平にその加護を分配すべきである!」
「左様! そもそも彼女は王国の貴族だ。帝国が無理やり拉致したという噂もある。……さあ、エリアナ嬢。我々と共に来なさい。君を真の聖女として、より広大な神殿に迎えてあげよう」
彼らの言葉は、一見すると正義に満ちているように聞こえます。
けれど、私には分かっていました。
彼らの瞳の奥にあるのは、ただの「食欲」と、他者の幸福を許せないという「嫉妬」だけ。
「公平、ですって? おーっほっほっほ! まあ、なんて愉快な冗談かしら!」
私が扇を広げ、高らかに笑うと、広間の空気が一瞬で凍りつきました。
ゼフィロス様が私の肩を抱き寄せ、その右手の包帯をあえて緩めるように、黒い魔力を立ち昇らせます。
「皆様。……貴方たちは、私が雪山で死にかけていた時、どこにいらっしゃいましたの?」
「それは……我々は知らなかったのだ!」
「知らなかった? いいえ、知ろうともなさらなかった。……王国の晩餐会で、私が泥を浴びせられていた時、貴方たちはそれを見て笑っていたではありませんか。……『ヴェスタの娘は無能だ』と。……そう、あの方たちと一緒に」
私は、使節団の影に隠れるようにして控えていた、一人の男を指差しました。
それは、ジュリアン様の新しい『密使』。
王国は、自分たちだけでは私を取り戻せないと悟り、他国を煽動して『連合』という名の強盗団を作り上げたのです。
「エリアナ嬢……。いや、エリアナ様。今はそんな昔話をしている場合では……」
「昔話ではありませんわ。……皆様、今、とてもお腹が空いていらっしゃるのでしょう? お口の中が、ざらついて仕方がありませんわね?」
私は合図をし、セリーナさんに『聖剣』で切り分けたばかりの、一皿の熟成肉を運ばせました。
黄金の光を放つその肉からは、もはやこの世界のものとは思えないほど、濃厚で甘美な香りが漂っています。
使節団の男たちが、生唾を飲み込む音が、静かな広間に響きました。
「食べたいかしら? 一口でも、この『祝福』を分けてほしいかしら?」
「っ……、ああ、そうだ! それを分かち合うのが、聖女の務めだろう!」
「お断りいたしますわ」
私は微笑んだまま、目の前でその肉を、手近な暖炉の炎の中に放り込みました。
ジュッ、という音と共に、至高の香りが広間に充満し、そして灰に変わっていく。
使節団の男たちの顔が、絶望と怒りで真っ赤に染まりました。
「な……何を……! なんて勿体ないことを!」
「私にとって、貴方たちに差し上げるのは、炎の中に捨てるのと同じことですわ。……私を信じず、ただ『利用価値』だけで判断する方々に、私の祝福は一滴たりとも分け与えません」
ゼフィロス様が、私の腰を引き寄せ、耳元で愛おしげに囁きました。
「……素晴らしい。エリアナ、お前は本当に、私の誇りだ」
彼はそのまま、使節団に向かって冷酷な宣告を突きつけました。
「聞こえたか。……エリアナに跪き、帝国の臣下となるなら、その『おこぼれ』を分けてやらんこともない。……だが、強制しようというなら、私は今この瞬間から、貴様らすべての国を『冬の国』へと変えてやろう」
「……っ、……ゼフィロス陛下……! 本気で、全大陸を敵に回すおつもりか!?」
使節団のリーダーが、震える手で最後の手紙を突き出しました。
「我々五カ国連合は、帝国の暴挙を断じて許さない。……明日までにエリアナ嬢を明け渡さない限り、全大陸で帝国への輸出入を停止し、経済封鎖を開始する! ……帝国が、餓死するのが先か、我々が動くのが先か、試してみるがいい!!」
宣戦布告にも等しい、最後通牒。
帝国の文官たちが騒然とする中、私はゼフィロス様の腕の中で、ただ静かに、次のメニューを考えていました。
(経済封鎖、ですって? ……ふふ。他国の食材が届かなくなるのは少し残念ですけれど。……私の木ベラ一本あれば、帝国の砂利ですら、最高級のナッツに変わってしまいますのに)
王国の卑劣な策謀が、いよいよ大陸全体を巻き込み始めた夜。
私の『祝福』を巡る、最も贅沢で、最も過酷な戦争の幕が、静かに上がろうとしていたのでした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございますわ!
「公平に分配しろ」ですって? おーっほっほっほ!
自分が苦しい時だけ「公平」を盾にするなんて、相変わらず王国の連中が唆した連中は浅ましいですわね。
目の前で至高の肉を焼いて灰にするエリアナ様、最高にクールで痺れましたわ!
でも、全大陸による「経済封鎖」。
帝国を孤立させてエリアナを奪おうとする彼らの企み……。
これ、実は「帝国の食材価値をさらに跳ね上げる」だけだということに、彼らはまだ気づいていないようですわね。
次回、閉じ込められた帝国の中で、エリアナが「砂利と泥」から奇跡のフルコースを作り出します!
飢えていく連合国を尻目に、帝国だけが黄金の食卓に囲まれる……究極の「ざまぁ」をお楽しみに!
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