第15話:祝福の晩餐は永遠に続く
喧騒が去り、深夜の静寂が戻った離宮のバルコニー。
私は、ゼフィロス様の腕に抱かれながら、帝国を照らす銀色の月を見上げていました。
つい先ほどまでの、あの大喝采と、王国の使者たちの無様な敗退が、まるで遠い昔の出来事のように感じられます。
私の胸元には、あの方が贈ってくださった『氷湖の涙』が静かに冷たい光を放っています。けれど、私の背中に触れる陛下の掌は、火傷しそうなほどに熱く、私を強く拘束していました。
「……夢では、ありませんわね」
私が小さく呟くと、ゼフィロス様は私の髪に、慈しむような深い口づけを落としました。
「夢ならば、私は神を殺してでもこの時を止める。……エリアナ、お前はもう、誰にも侵せぬ私の皇妃だ。王国も、ヴェスタ家も、お前の爪先を汚すことすら叶わぬ塵となった」
「陛下……」
私は振り返り、彼の漆黒の礼装を、甘えるようにそっと握りしめました。
王国にいた頃の私は、常に何かに怯え、自分の価値を証明するために、すり減るまで鍋を振り続けてきました。
でも、今はわかります。
私が私であるだけで、あの方はこんなにも、狂おしいほどの愛を注いでくださるのだと。
「……お腹、空きませんでしたか?」
私が少し悪戯っぽく微笑むと、ゼフィロス様は虚を突かれたように目を見開き、やがて噴き出すように笑いました。
「ククッ……。この国の貴族全員を跪かせ、王国を絶望の淵に突き落とした直後に、そんなことを言うのは、お前くらいだろうな」
「だって、陛下は今日、あんなに不味い方たちの相手をされたのですもの。……何か、口直しが必要でしょう?」
私たちは、人目を避けて深夜の厨房へと向かいました。
セリーナさんもハンスさんも、今夜だけは気を使って席を外してくれています。
月光だけが差し込む静かな厨房。
私は豪華なドレスの袖をまくり、あの煤けた木ベラを手に取りました。
「簡単なもので、よろしいですか?」
「ああ。……お前が作るものなら、毒でも美酒に変わるだろう」
私は冷蔵庫から数粒の卵と、庭で採れたばかりのハーブを取り出しました。
木ベラを一振りすれば、魔力が火のように鍋を温め、バターが黄金色の泡を立てます。
トントン、とリズムを刻む包丁の音。
私の指先から溢れ出す『祝福』が、卵の黄色をより鮮やかに、香りをより芳醇に変えていきました。
出来上がったのは、ただのシンプルなプレーンオムレツ。
けれど、その表面からは、オーロラのような微かな光の粒が立ち上っていました。
「どうぞ。……私の、大好きな味ですわ」
ゼフィロス様は、銀のフォークで一口。
それを口に含んだ瞬間、彼の右手に巻かれた包帯が、これまでにないほど穏やかで、澄み切った白光を放ちました。
「……ああ。……熱いな。これまでのどんな豪華な宮廷料理よりも、この一口が、私の魂を焼き尽くすほどに満たしていく」
彼は私を引き寄せ、フォークを置くと、そのまま私の唇を奪いました。
バターの香りと、彼の独占欲。
重なる吐息の中で、私はようやく、本当の『ハッピーエンド』に辿り着いたことを確信しました。
「エリアナ……。お前のいない世界など、私はもう想像もしたくない。……永遠に、私の隣で祝福を紡いでくれ」
「ええ、陛下。……命の続く限り、あなたに最高の晩餐を差し上げますわ」
私たちは夜が明けるまで、寄り添い、語り合いました。
私の木ベラは、かつてないほど誇らしげに、月光を反射して輝いていました。
一方、海を越えた遥か彼方の国々では。
この夜を境に、奇妙な現象が報告され始めていました。
作物の味が消え、酒が水に変わり、人々の魔法が急速に衰え始めていたのです。
崩壊したのは、エリアナを捨てたあの王国だけではありませんでした。
世界そのものが、今、本当の『祝福』を求めて、悲鳴を上げ始めていた。
翌朝。
ゼフィロス様の元に、血相を変えたセリーナさんが飛び込んできました。
「陛下! 隣国の、いえ、大陸中の使節から、緊急の救援要請が届いております! 世界から……世界から『味』が消え始めていると!」
ゼフィロス様は、私の肩を抱き寄せたまま、窓の外に広がる帝国の平穏を眺めました。
帝国だけが、エリアナの祝福によって、黄金色の光に包まれて輝いています。
「……フン。世界が飢えているか。……勝手なものだな」
陛下は冷酷に言い放ちましたが、その瞳には、次なる戦いを楽しむような不敵な光が宿っていました。
「エリアナ。……どうやら、私たちの晩餐会は、これからさらに賑やかになりそうだぞ」
「あら、陛下。……どなたがいらしても、私のおもてなしは変わりませんわ」
私は陛下の胸に寄り添い、ふふ、と高らかに笑いました。
泥の令嬢は、今や帝国の女帝。
そしてこれから、世界そのものを胃袋で跪かせる、真の救世主となるのです。
おーっほっほっほ!
祝福の晩餐は、まだ始まったばかりですわ!
第1章【帝国定住編】、完結ですわ!
最後までお付き合いいただき、本当に、本当にありがとうございます!
おーっほっほっほ!
泥まみれで雪山を彷徨っていたエリアナが、最後には陛下の「心臓」として、
世界を胃袋で支配する女帝へと羽化いたしましたわ!
カストール侯爵たちの無様な敗退、そして陛下の「皇妃」宣言……。
わたくしも、書きながら情熱が溢れて、胸が熱くなりましたわ。
けれど、物語はこれで終わりではありません。
世界の「味」が消え始めているという不穏な予兆。
エリアナの祝福の力が、大陸全体、そして世界の理そのものを変えていく第2章……。
次なる舞台は、さらにスケールアップした「ざまぁ」と「究極の溺愛」が待っておりますわよ!
第2章【列強外遊編】、準備ができ次第、更新いたしますわ。
「エリアナと陛下の続きが早く見たいわ!」と思ってくださった愛しの読者様。
ぜひ、今のうちに【ブックマーク】と【総合評価(★★★★★)】で、
二人の新しい門出への「お祝い金」を授けてくださいませね!
あなたの星一つが、エリアナの木ベラを神の剣へと変えるのですから!
それでは、第2章の開幕で、またお会いしましょう。おーっほっほっほ!




