第14話:罪の味と、宝石の断罪
「……エリアナ、だと? 馬鹿な、そんなはずがあるか!」
静まり返った大広間。
王国の全権使者として派遣されたカストール侯爵が、泡を吹かんばかりの形相で絶叫しました。
彼はジュリアン様の叔父にあたり、私を「ヴェスタ家の恥さらし」と呼んで、厨房の裏口から追い出した張本人でもあります。
ゼフィロス様のエスコートを受け、私が彼の目の前で足を止めると、侯爵は腰を抜かさんばかりに後ずさりました。
無理もありませんわ。彼の前に立っているのは、煤にまみれた哀れな娘ではなく、帝国の国宝を全身に纏い、皇帝の加護を背負った「宝石の女帝」なのですから。
「お久しぶりですわ、カストール侯爵。……その節は、冷たい雨の中、お見送りいただきありがとうございました」
「き、貴様……! その姿は何だ! 帝国の皇帝をたぶらかし、盗んだ金で飾り立てているのか! 陛下、騙されてはなりません! その女は、王国の秘術を盗んだ大罪人なのですぞ!」
侯爵の卑劣な叫びに、広間の帝国貴族たちから冷ややかな失笑が漏れました。
ゼフィロス様は、彼を塵芥でも見るような瞳で見下ろし、低く、重厚な声で告げました。
「……私の客人を、再び泥棒と呼んだな。……侯爵、貴様の舌は、まだ『真実』を味わう余地があるか?」
「な、何だと……?」
「エリアナ。……用意したものを」
ゼフィロス様の合図で、セリーナさんが恭しく、銀のトレイを運んできました。
そこに乗っているのは、私がさきほど厨房で完成させた一皿。
『星屑の塩と大地の雫のポタージュ』。
私が木ベラ一本で、あの『呪いの塩』を祝福へと変換し、王国の悪意をすべて「幸福」という名の劇薬に変えたスープです。
「カストール侯爵。……これが、私が盗んだとされる『秘術』の味ですわ。……どうぞ、最後のお別れに召し上がって?」
私は最高に優雅な笑みを浮かべ、スープを差し出しました。
侯爵は、周囲の視線に急かされるように、震える手でスプーンを取りました。
「ふ、ふん……! どうせ、毒でも仕込んでいるのだろう! だが、私には王家の守護が――」
彼は強がりながら、スープを一口、口に含みました。
――その瞬間。
侯爵の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれました。
「…………っ、……あ、あああ……っ!!」
彼はスプーンを床に落とし、自分の喉を両手で掻きむしりました。
苦しんでいるのではありません。あまりの「美味しさ」に、彼の脳が、魂が、耐えきれずに悲鳴を上げているのです。
私の『祝福』は、受け取る者の心に呼応します。
純粋な者には癒やしを。けれど、悪意を持つ者には――「かつて持っていた、けれど永遠に失った幸福」を、残酷なまでの鮮やかさで再体験させる。
「ああ……温かい……。陽だまりのような、母の腕の中のような……。……!? 消える、消えていく! なぜだ! なぜ、この味が、もう二度と手に入らないとわかるのだ……!!」
侯爵は、皿を貪るように飲み干し、そして――その場に崩れ落ちました。
彼の目からは、どろりとした黒い涙が溢れ出しています。
私の『星屑の塩』が、彼の内側にあった「王国への忠誠」という名の欺瞞を焼き尽くしました。
今、彼の舌に残っているのは、自分の魂が腐り果て、もう二度と「本物の味」を感じることができなくなったという、究極の絶望。
「おーっほっほっほ! お口に合いましたか、カストール侯爵?」
私は扇を広げ、跪く彼を見下ろしました。
「それが、あなたたちが捨てた『無能な令嬢』の価値ですわ。……そして、あなたたちがこれから死ぬまで、泥を噛みながら思い出すことになる『失った楽園』の味ですの」
「待て……エリアナ、頼む! 戻ってくれ! このスープを、ジュリアン殿下にも! あの方は今、何も食べられず狂いかけておいでだ! お前がいれば、王国はまた……!」
侯爵が、私のドレスの裾に縋り付こうと手を伸ばしました。
その瞬間。
パキパキ、と床が凍りつく音が響き、侯爵の手が数ミリ先で凍結し、静止しました。
ゼフィロス様が、私の肩を力強く抱き寄せ、その全身から、国一つを滅ぼしかねないほどの漆黒の魔力を溢れ出させたのです。
「……私の妻になる者に、その汚い手を向けようというのか。……王国の蛆虫が」
ゼフィロス様の右手。
包帯の隙間から、今は呪いではなく、神罰のような青白い光が漏れ出しています。
「陛下! こ、これは国際問題ですぞ! エリアナを返さぬなら、王国は……我が王国軍は、全力を以て帝国を――」
「……やってみろ。……その前に、貴様らの王都が凍土に変わるのが先か、試してみるか?」
ゼフィロス様が指を鳴らした瞬間、大広間のすべての窓が、衝撃波で粉々に砕け散りました。
吹き込む極寒の風。
王国の使者たちは、その圧倒的な「力」の前に、ただの羽虫のように震えることしかできません。
「伝えろ、ジュリアン。……エリアナ・フォン・ヴェスタは、たった今、帝国の『皇妃』となることが決まった。……彼女の指一本でも欲しくば、世界を敵に回す覚悟で来るがいい」
「ひ、皇妃……!? な……っ……」
侯爵たちは、帝国の騎士たちによって、文字通り「ゴミ」のように広間から掃き出されていきました。
広間に残ったのは、鳴り止まない帝国貴族たちの称賛。
そして、私の手を取り、狂おしいほど熱い眼差しを向ける、ゼフィロス様。
「……エリアナ。……よく言ってくれた。……もう、何も恐れる必要はない」
私は、彼の胸に顔を埋めました。
王国との、長い、長い因縁。
それが今、私の料理と、陛下の愛によって、完全に断ち切られたのです。
一方、王国の王都では。
侯爵の報告を待たずして、ジュリアン様が最後の正気を失い、自分の腕を噛み切ろうとしていました。
「味がしない……! 何を食っても、お前の血の味がするぞ、エリアナ!! あああああ!!」
崩れ落ちる王城。
すべての光が消えたその場所で、彼らは本当の「冬」を迎えることになるのでした。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございますわ!
カストール侯爵、ざまぁ見やがれですわ!おーっほっほっほ!
エリアナの「星屑の塩」が、彼の魂にある醜い部分を全部暴いてしまったようですわね。
そして、ついに陛下から「皇妃」という言葉が……!
もう、わたくしの心臓、持ちませんわよ!
王国の連中がどれほど惨めにのたうち回ろうと、もうエリアナには関係のないことですわ。
でも、陛下の「宣戦布告」にも等しいあのセリフ……。
いよいよ、第1章のフィナーレが近づいておりますわよ!
次回、第1章・最終話。
「祝福の晩餐は永遠に続く」。
エリアナと陛下の、最高に甘くて幸せな「本当の始まり」を、どうぞお見逃しなく!
続きが気になる!と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】と【評価(★★★★★)】で、エリアナの皇妃就任を祝してくださると嬉しいですわ!




