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私の料理を泥と捨てた王国、飢え死に寸前で戻れと言われても遅いです ~帝国の料理番になった私は、冷徹な皇帝陛下に胃袋を掴めと命じられました~  作者: 花菱 結愛
第1章:泥を啜らされた令嬢、極寒の帝国で至高のスープを振る舞う

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第10話:一方その頃、枯れ果てた王国で

 帝国の離宮に、午後の光が満ちておりました。


 ゼフィロス様が用意してくださった庭園は、大陸で最も美しいと謳われる場所ですの。白い薔薇が咲き、噴水が銀の音を立て、風はいつも花の匂いを運んでまいります。私はその真ん中で、紅茶をいただいておりました。


「……エリアナ。どうした、浮かない顔をして」


 ゼフィロス様が、私の手を取ります。

 その指先は、以前よりもずっと熱く、私の心を温めてくれました。


「いいえ。……少しだけ、遠くで悲鳴が聞こえたような気がしたのですわ」


 私は微笑んで、そう申し上げました。

 空耳でございますわ、と。

 ……けれど、あれは空耳ではございませんでした。


    ◇


 同じ頃。海を隔てた王国の、王宮の食堂で。


 ――ガシャァァン!!


 静まり返った晩餐の席。その沈黙を切り裂いたのは、高価な磁器が床で粉々に砕け散る、耳障りな音だった。


「……何だ、これは。ええい、何なのだ、この不快な泥の味は!!」


 立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んでいるのは、王太子ジュリアン様だ。

 かつて私に冷酷な言葉を浴びせたあの端整な顔立ちは、今や見る影もなくやつれ、目の下にはどす黒い隈が刻まれている。

 彼の視線の先には、純白のドレスを纏った私の異母妹、フィオナが震えながら立っていた。


「で、殿下……そんなはずはございませんわ。これは私が、精一杯の『聖女の力』を込めて作った……」

「黙れ! 聖女だと!? 貴様がこれを作ってから、私は一度としてまともな食事を摂れていないのだぞ!」


 フィオナが泣き崩れる。

 そう、彼女は気づいていない。

 かつての私が、彼女の「失敗作」を背後からどれほど浄化し、私の祈りで「聖女の料理」に仕立て上げてあげていたかを。

 彼女に才能などなかったのではない。彼女が消費していたのは、すべて私の「祝福」だったのだ。


 その時、食堂の扉が重々しく開き、一人の男が転がり込むように入ってきた。

 帝国へ派遣されていた特使、バルト卿だ。


「……バルトか! エリアナはどうした!? 連れ戻したのか!」


 ジュリアン様が縋るように問いかける。

 しかし、バルト卿はガタガタと震え、床に額を擦り付けた。


「も、申し訳ございません……! エリアナ様は、エリアナ様は……」

「言え! 何があった!」

「帝国で、宝石のように磨き上げられ……氷の皇帝の隣で、まるで女神のように……っ。あの方の一振りしたスープを飲んだ帝国貴族たちは、皆、狂喜乱舞して跪いておりました!」


 バルト卿の言葉に、食堂に戦慄が走った。

 ジュリアン様が、膝から崩れ落ちる。


「……女神だと? 嘘をつけ! あの女は、地味で、無口で、ただ厨房にこびり付いているだけの無能な女だったはずだ!」

「いいえ……! 違ったのです、殿下! 私たちは間違っていたのです! エリアナ様こそが、この国の……いえ、世界の『祝福』そのものだったのです!」


 バルト卿は絶叫した。

 彼は思い出したのだ。帝国で飲んだ、あの至高の一杯。

 それを知ってしまった彼の舌にとって、今の王国の料理は、もはや毒以外の何物でもなかった。


「フィオナ様! 貴女の料理は、もはや豚の餌以下だ! ああ……エリアナ様、エリアナ様……! どうか私に、あの一口を……死んでもいいから、もう一度……!」


 バルト卿は、発狂したように自分の喉を掻きむしり、衛兵たちに引きずられていった。

 食堂には、死のような静寂と、腐ったスープの匂いだけが漂っている。


 窓の外を見れば、かつて色鮮やかに咲き誇っていた王宮の庭園は、見る影もなく枯れ果てている。

 大地の「祝福」が失われ、精霊たちが去り、王国は今、急速に『飢え』という名の闇に飲み込まれようとしていた。


「……許さない。許さないぞ、エリアナ……!」


 ジュリアン様が、血の滲むような声で呪詛を吐いた。

 その瞳に宿っているのは、後悔ではない。

 自分を裏切った(と彼が勝手に思っている)私への、どろりとした逆恨みと、逃げ場のない狂気。


「帝国が何だ。魔王の国が何だ。……力で奪えないなら、策で奪ってやる。あの女の首に鎖を繋ぎ、死ぬまでこの厨房で泥を黄金に変えさせてやるのだ……!」


 ジュリアン様の唇が、不気味に吊り上がった。

 彼は背後に控える影の部隊に、人知れず命令を下す。


「……帝国の夜会に、ある『毒』を紛れ込ませろ。あの女の誇りを、そしてあの皇帝の理性を、完膚なきまでに破壊するための『毒』をな」


    ◇


 その夜。帝国の厨房に、新しい荷が届きました。


 海路ではるばる運ばれてきた、最高級の岩塩。木箱の蓋を開けますと、白い結晶が燭台の火を弾いて、まるで砂糖菓子のように輝いておりました。ハンスさんが嬉しそうに一粒つまみ、「これは良い塩だ」と唸っていらっしゃいます。


 私も同じように手を伸ばして――けれど、そこで指を止めました。


 いつもなら、良い食材を前にすると小さく震えて喜ぶ、あの子が。

 その夜だけ、私の腰の木ベラは、一度も鳴かなかったのでございます。

本日もお運びくださって、ありがとうございますわ!


「豚の餌以下」……バルト卿、言い過ぎですわ!でも本当のことですわね!おーっほっほっほ!

エリアナがいない王国の、あまりの悲惨な落ちぶれっぷり。

これこそが「価値を測り間違えた者」に相応しい末路ですわ。


でも、ジュリアン殿下……往生際が悪すぎますわね。

「毒」を紛れ込ませるなんて、卑劣極まりないわ!

でも、そんな姑息な手段、皇帝陛下とエリアナの絆の前に粉砕される未来しか見えませんわね?


次回、帝国の平穏を揺るがす王国の影。

エリアナの木ベラが、再び「奇跡」を起こす時がやってまいりますわよ。


バルト卿の失言で笑ってしまった方は、ブックマークを。王国の没落は、まだ三分の一も進んでおりませんの。

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