第6話 はじめての外出
その朝、ミアは窓の外を見ていた。
森は相変わらず静かだった。
鳥が枝を渡り、風が葉を揺らす。
安全な景色。
けれど――外だった。
「……行かないと」
小さく呟く。
誰に言ったわけでもない。
ただ胸の奥が落ち着かなかった。
三日。
ここにいられるのは三日だけ。
そう思うと、急に時間が減った気がした。
後ろから声がする。
「散歩に行きます」
リノだった。
振り向くと、いつも通りの表情。
だがなぜかタイミングが良すぎる。
「……わたし?」
「はい」
断る理由を与えない自然さ。
ミアは視線を泳がせた。
「外、こわい」
「そうですね」
否定しない。
「でも、ここから少しだけです」
距離を小さくする言い方だった。
アレンが外套を肩にかけながら笑う。
「俺も行く。護衛付きだ」
「護衛いらないし」
「俺が散歩したいんだよ」
軽い調子。
責任を背負わせない言葉。
ミアは少し考えてから、こくりと頷いた。
⸻
森の道は柔らかかった。
落ち葉が足音を吸い込む。
宿からほんの数分。
それでもミアの肩はずっと固いままだった。
音がするたび振り返る。
枝が揺れるたび身をすくめる。
アレンは何も言わず、少し前を歩いた。
背中を見せる距離。
守っていると気づかせない位置。
リノは隣を歩く。
急かさない歩幅。
「……ここ、誰も来ない?」
「ほとんど」
「追いかけてくる人も?」
「来ません」
断言だった。
ミアの呼吸が少しだけ深くなる。
やがて森が開けた。
小さな草原。
陽の光が降り注ぎ、花がぽつぽつ咲いている。
「わ……」
思わず声が漏れた。
宿の外にも、優しい場所がある。
それが予想外だったのだろう。
ミアは恐る恐る草を踏む。
一歩。
もう一歩。
その瞬間――
ぱちん、と空気が弾けた。
足元の草がふわりと浮き上がる。
「……あ」
魔力。
驚いたミアの感情に反応して、周囲の花が一斉に揺れた。
「ご、ごめん!」
慌てて手を引く。
だが花は枯れない。
むしろ、光を受けてゆっくり回った。
まるで遊んでいるように。
アレンが笑う。
「すげえな」
「怒らないの?」
「なんで怒る」
「だって、わたし魔女だし」
言い慣れた言葉。
自分を先に悪者にする癖。
アレンは肩をすくめた。
「花は楽しそうだぞ」
ミアは周囲を見る。
確かに、揺れる花は壊れていない。
怖がってもいない。
ただ、風に遊ばれている。
リノがしゃがみ込む。
「魔力は、気持ちに似ています」
「……気持ち?」
「押さえつけると暴れます」
ミアは息を呑む。
「でも、安心すると落ち着きます」
リノは花びらに触れた。
すると光が穏やかになる。
「今、少し楽しいですね」
言い当てられて、ミアは頬を赤くした。
「……ちょっとだけ」
その瞬間。
花がふわっと舞い上がった。
陽の中で、光の粒のように。
思わずミアは笑った。
声を上げて。
自分でも驚くほど自然に。
森に笑い声が響く。
アレンは何も言わず、その光景を見ていた。
胸の奥が静かに温かくなる。
戦いでは得られなかった感覚。
守るでも、勝つでもない。
ただ、誰かが笑っている時間。
それだけで十分だった。
しばらくして、ミアは息を切らしながら立ち止まる。
「……つかれた」
「初外出だからな」
「でも」
少し考えてから言う。
「……こわくなかった」
その言葉に、リノは小さく頷いた。
帰り道。
ミアの歩幅は来た時より大きかった。
時々、前を歩く。
時々、走って戻る。
そして宿が見えた時、彼女は言った。
「ただいま」
無意識だった。
言ってから、自分で驚く。
アレンは笑い、扉を開けた。
「おかえり」
リノも静かに続ける。
「おかえりなさい」
窓辺の灯り。
紫色の光が、はっきりと形を持ち始めていた。
もう、不安定ではない。
それは帰る場所を知り始めた灯りだった。




