表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界のはしっこ、灯りの宿  作者: あめとおと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/6

第3話 眠れないはずの夜



 その夜、アレンは眠れなかった。


 ――眠れるはずがない。


 そう思っていた。


 昼間、何度もうたた寝をしたせいではない。


 静かすぎたのだ。


 森の夜は、恐ろしいほど音がない。


 虫の声さえ遠く、風も枝を揺らすだけで終わる。戦場の夜とはまるで違った。あちらでは常に誰かの気配があり、見張りの足音や武具の擦れる音が絶えなかった。


 静寂は、警戒すべきものだった。


 だがここでは――


 静寂が、ただそこにある。


 アレンは寝台の上で天井を見つめていた。


 眠ろうとすると、思い出が浮かぶ。


 剣を振るった感触。


 倒れていった魔物。


 仲間の叫び声。


 そして、魔王城の最後の光景。


 終わった瞬間、胸の中が空洞になった感覚。


「……くそ」


 小さく舌打ちする。


 身体は休んでいるのに、心だけが走り続けている。


 いつものことだった。


 戦いが終わってから、まともに眠れた夜はほとんどない。


 目を閉じれば、夢が来る。


 夢は決まって戦場だった。


 だから彼は眠ることを避けるようになっていた。


 ――だが。


 ふと、香りがした。


 甘くもなく、強くもない。


 草と木と、少しだけ陽だまりの匂い。


 アレンは身を起こした。


 扉の隙間から、橙色の光が揺れている。


 廊下の灯りだった。


 足音を忍ばせ、部屋を出る。


 床板はほとんど音を立てない。


 暖炉には新しい薪がくべられ、小さな火が静かに燃えていた。


 そして窓辺。


 そこに、灯りが並んでいた。


 昨日は一つしかなかったはずのランプが、いくつも置かれている。


 色も形も違う。


 青みがかった光。


 柔らかな金色。


 淡い緑。


 まるで小さな星が地上に降りたようだった。


「……なんだ、これ」


 近づくと、不思議なことに胸の奥が温かくなる。


 理由は分からない。


 ただ、安心する。


「眠れませんか」


 背後から声。


 振り向くと、リノが立っていた。


 寝巻き姿のまま、眠そうでもなく、ただ静かに。


「起こしたか?」


「いいえ。灯りが揺れたので」


「灯り?」


 リノは並ぶランプを見た。


「眠れない人がいると、少し強く光るんです」


「……は?」


 意味が分からない。


 だが冗談を言っている顔ではなかった。


 アレンはランプを覗き込む。


 炎は入っていない。


 なのに光っている。


「魔法か?」


「たぶん」


「たぶん?」


「詳しくは知りません」


 さらりと言う。


「この宿、昔からこうなので」


 説明になっていない。


 けれど不思議と納得してしまう。


 ここでは、理由がなくても物事が成立していた。


 アレンはランプの一つへ手を伸ばした。


 触れた瞬間、胸に映像が浮かんだ。


 笑っている誰か。


 泣きながら出ていく背中。


 深く頭を下げる老人。


 ――知らない人たちの記憶。


 思わず手を離す。


「今の……」


「置いていった灯りです」


 リノが言う。


「ここに泊まった人が、出発の日に残していきます」


「なんで?」


「次の人が、少し楽になるように」


 アレンは黙った。


 ランプの光が揺れる。


 それは火ではなく、感情のようだった。


「……俺も、置いてくのか」


「置きたければ」


 義務ではない。


 ただの選択。


 アレンはしばらく灯りを見つめた。


「ここさ」


「はい」


「変だな」


「よく言われます」


 リノは少しだけ笑った。


 ほんのわずかな変化だった。


 暖炉の火がぱちりと弾ける。


 その音を聞いているうちに、アレンの肩から力が抜けていった。


 気づけば、まぶたが重い。


「……なんだこれ」


「眠いですか」


「ああ……急に」


「眠ってください」


 リノの声は、命令でも誘導でもない。


 ただの許可だった。


 それだけで、抗う理由が消える。


 アレンは長椅子に腰を下ろしたまま、目を閉じた。


 夢を見る予感があった。


 だが怖くなかった。


 灯りの光が、ゆっくり揺れる。


 まるで誰かが見守っているように。


 その夜。


 アレンは久しぶりに、戦場ではない夢を見た。


 内容は思い出せない。


 けれど目覚めた時、胸の奥に残っていたのは――


 痛みではなく、懐かしさだった。


 窓の外では、夜が静かに明け始めていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ