9輪目 祭囃子の響く町(前編)
「ふふふ......なんと——今日はお祭りなんです!」
「......なるほどね。それじゃあ、楽しんで」
嫌な予感は、やはり当たった。踵を返して元来た方へ戻ろうとする。しかし——
「どこへ行くつもりですか?ほら、行きますよ?」
ハナに腕を掴まれてしまった。
「......離して。祭りなんて人が多いだけだから嫌」
「そんなことないですって!ヨミノさん、お祭り行ったことないですよね?」
なんでこの子は、こういうとこだけ鋭いんだろう。確かにその通りだ。実際、祭りなんて行ったことない。
「それは......そうだけど」
「なら試してみなきゃわからないじゃないですかっ!」
「はぁ......わかった、行けばいいんでしょ......」
「はいっ!」
またこうやって押し負けてしまう。ハナと出会ってから発覚した、私の悪い癖だ。行ったとしてもどうせ疲れるだけに過ぎないのに、なぜか断りきれない。
「お祭りは四時ごろから始まって、それまでまだ時間があるので......少し時間を潰しましょう!」
家を出たのは、確か十一時頃。四時というと、まだ結構時間はある。時間を潰すと言っても、どこで何をするのだろうか。
「......どこで?」
「当てはあります、ついてきてください!」
ハナに手を引かれるままに、ついていく。どこへ向かうかくらい言ってくれてもいいんじゃないか。そしてしばらく歩くと、見慣れた木製の扉が見えてきた。まさかとは思うが、あそこに行くわけじゃないだろうな。しかし残念なことに、そのまさかだった。私の最も苦手な部類の人間がいるところ。そう——セファルが経営している、服屋だった。
「......悪いけど、絶対に嫌」
「どうしてですか?セファルさん、優しいですよ?」
いい人ではあるのだろうが、どうにも私には合わないのだ。あれほどまでにうるさい人は、近くにいるだけで嫌気がさしてしまう。それに、あの時いろんな服を着させられて大変だった。もう二度とあんなことしたくない。
「......嫌なものは嫌なの」
「うーん、そうですか......なら別の場所に——」
珍しくハナが折れたと思っていた矢先に、最悪のタイミングで、目の前の扉が開いた。
「あれ!?ハナちゃんとヨミノちゃんじゃん!」
最悪のタイミングで、その扉からセファルが出てきた。
「なにぼーっとしてんのさ、ほら入って入って!」
「......えっ、ちょっと待っ——」
セファルに弁明をしようとしたら、体がグイッと引っ張られるのを感じた。そしてまだ何も言っていないのに、セファルは私たちを扉の中へと引き入れた——。
店に入ると、奥にある階段に案内された。
「この服屋、あたしの家の一階を改装して作ったんだよね〜。ふふん、すごいでしょ?」
「......だいぶ若そうに見えるけど、全部一人でやったの?」
セファルは見たところ二十歳くらいだろうか。ハナの姉だと言われても何の違和感もないくらいには、若く見える。
「そーだよ!あたしね、孤児なの。そんでさ、飢え死にするってなった時に助けてくれたのが、ハナちゃんだったんだ。それから頑張って仕事してお金稼いで、割と最近この店を開いたってわけ!ねっ、ハナちゃん!」
「ふふっ、あの時のセファルさんは本当に可愛かったです。泣いて喜んで、私のこと大好きって......」
「あの時の私『は』ってなに!?『も』でしょ!?」
セファルはまたもハナに抱きついている。なるほど、だから特別ハナと親しかったのか。何も知らずにただ嫌っていたことを、少し申し訳なく思う。まあ、苦手なのに変わりはないが。イチャイチャしてる様子を無心で眺めていたら、セファルが急にこちらに向いた。
「あぁっ、ヨミノちゃんのことほったらかしてごめんねっ!ヨミノちゃんも今ぎゅーってしてあげるからね!」
「......近づかないでほしい」
「なんでぇ!?」
「......確か、あなたのような人間のことを『ヘンタイ』って言った気がする」
どこかで聞いた言葉を思い出す。正しい使い方はわからないが、多分あっているだろう。なんとなくそう思う。
「ふふっ、私もそう思います」
「ハナちゃんまで!?」
それからというものの、長い時間三人で雑談をしていた。三人でとは言っても、私はほとんど喋ってないが。そして気づけば、祭りが始まる一時間前になっていた。
「おっ、もうこんな時間か〜。お二人さん、ちょっとこっち来て!」
何かを思い出したかのように、セファルが席を立つ。そう言って、別の部屋に案内された。
「......何、これ」
入ってみると、そこにはたくさんの服があった。しかし普通の服ではなく、全て着物のようなもの。確か、浴衣と言ったか。
「わぁ......!すごいですね、これ!」
ハナはキラキラと目を輝かせている。何がそんなに良いのか、私にはわからない。
「ふふん、今日の祭りは、習わしで浴衣を着る人が多いの!だからせっかくだし、あたしたちもこれ着て楽しもうってことで......好きなの選んじゃって!」
「......私は着ないでいい」
面倒だし、何より動きづらい。これでは何かあった時に困る。
「なんでよ!?ヨミノちゃんの浴衣、絶対可愛いのに!」
「私からもお願いしますっ!ヨミノさんの浴衣姿、見たいです!!」
二人はこれでもかと言うほどにお願いしてきた。......圧がすごい。いつもよりも相手が増えたせいで、余計断りづらい。
「はぁ......一番動きやすいやつなら」
そう言うと、二人は顔を見合わせてハイタッチした。なぜ私が浴衣を着るだけでそこまで喜ぶのだろうか。そしてそれから、それぞれ浴衣を選び、着替えた。私のは生地が薄くて動きやすかった、薄い藤色のものにした。動きやすいと言っても、窮屈で仕方がない。今すぐに脱ぎたい気持ちがあるが、抑える。二人を見ると、ハナは黄色、セファルは赤の浴衣を着ていた。どちらもイメージに合っているなと思う。
「ヨミノさん、すっごく似合ってますよ!」
「いやほんとこの子可愛過ぎでしょ!?」
私を見た途端、二人して褒めてくる。着方がわからなかったからセファルに頼んだのだが、着せてくれている最中もすごくうるさかった。
「......もういいでしょ。行こう」
「ちょっと待って!まだ時間あるから、あと少しだけ!」
私が外に出ようとすると、セファルに制止された。まだ何かあるのかと嫌な顔をする。
「まあまあそんな顔しないでって!その綺麗な髪を、ちょーっといじるだけだから!」
「はぁ......好きにすれば......」
諦めて身を委ねると、セファルは慣れた手つきで髪をまとめていく。私の髪は胸くらいまであるのだが、器用に結われ、最後に簪を刺された。
「いつもの下ろしてる髪もいいけど、こっちもめっちゃかわいいじゃん!」
「セファルさんさすがですっ!ほんとにかわいい......天使......」
服に続いて髪の毛までも窮屈になってしまった。これは何かの罰なのだろうか。その後、ハナも髪を結んでもらっていて、私とお揃いの髪型になった。何かを揃えるというのに興味はないが、まあ悪い気はしない。そんなこんなで準備を整え、私たち三人は祭りへ向かった。うるさいし、息苦しいし、全部面倒くさい。
……でも、どうしてだろう。
今日は歩く足取りが、いつもより少しだけ軽い気がする。
投稿するのが遅くなってしまい申し訳ありません。ご迷惑をおかけいたしましたが、今後ともよろしくお願いします。




