8輪目 忙しない日々
読んでいただきありがとうございます。
次回更新は11月30日(日)の予定です。
朝起きると、変な匂いがした。何かが焦げたような匂い。家は燃えてないし、火事ではないと思うのだが、なんだろう。匂いの原因を探るために、私は階段を降りた。リビングへ行くと、いつも通り朝食を作ってくれているであろうハナがいた。
「あっ、おはようございますっ」
「......おはよう......火事?」
ないだろうと思いながらも、一応問いかけてみる。聞くとどうやら、パンケ—キを焦がしてしまったらしい。珍しいなと思いつつ目線を少し下にする。ハナの手にはフライパンと、その中に炭のような黒い物体があった。こんなものが、元はパンケ—キだったらしい。でもどうせ変わらないだろうと思い、ひょいっと口に入れる。
「!?何してるんですか!?ぺっしてください!体に悪いですよっ!」
そんなに驚くことだろうか?体に悪いと言われても、私には特に関係ない。そのことを伝えると、納得したのかしてないのかで葛藤していた様子で、少し面白かった。
「......ほんのり炭の味がする」
もぐもぐと真剣に食べる。ほんのり、とは言ったものの、割としっかり感じた。ハナと暮らし始めてから、少しずつだが味覚が戻っているような気がする。やはり毎日何かを食べることが大事なのだろうか。それと、炭は案外食べられることを知った。まあ、美味しいとは思わないが。
「炭みたいなものですからね......ふふっ」
そんなくだらないことを考えていると、ハナが突然笑い出した。悪いが、何が面白いのか全くわからない。
「ふふ、ごめんなさい、真剣に食べてるヨミノさんが可笑しくって......」
最近の人間は食べ物を真面目に食べるだけで面白いと思うのか。理解できないな。
それからハナは朝食を作り直した。せっかくだし私も手伝うと言ったら、きっぱり断られてしまった。これ以上キッチンを荒らしてほしくないと、苦笑いをしながら言ってきた。そんなに料理が下手だったかと思ったが、あの時のケ—キ作りが頭によぎり、それ以上考えるのをやめた——。
「いただきます」
新しく焼かれたパンケ—キを食べていると、ハナが口を開いた。
「ヨミノさん、今日は町に行きませんか?」
「町に?」
ついこの間買い物(私は留守番をしてた)に行ったばかりだし、まだ食材はあるはずだ。わざわざ町へ行く理由がない。
「はい。でも今日は買い物とかじゃなくて、暇つぶしに、です!」
「......別に私は、暇でいいんだけど。それに......あんまり人と関わりたくないし」
なにせ二百年近く生きているんだ、暇になることなんて慣れている。それに、町の人と関わるのも面倒だ。私のこともすっかり知れ渡り、私を見かけるといろんな人が話しかけてくる。そして、ハナ以外には不老不死のことを明かしていないため、皆揃って私を小さい子として扱ってくる。当たり前のことだし慣れてもいるが、こんなに頻繁にともなると、疲れて仕方がない。
「ダメですよっ!人と関わることで、死にたいって気持ちが和らぐこともあるんですから!」
それはないと思うが......しかしこうなったハナは、もう何を言っても聞かない。やれやれと思いながら、口に含んでいたパンケ—キを飲み込んで席を立つ。
「......ごちそうさま。準備、してくるから」
私がそう言うと、ハナは目に見えて表情を明るくした。
「はい!洗い物が終わったら、私も準備しますねっ」
それから部屋に戻り、少し瞑想をする。やはりこうしている時が、一番落ち着く。そして瞑想を終え、あの時に買ってもらった薄い水色のワンピ—スを取り出す。着替えようと寝巻きを脱ぐと——部屋のドアが開いた。
「わっ!?ごめんなさいっ!てっきりもう着替え終わってるかと......」
そこには、洗い物を終えたのであろうハナが立っていた。
「......なんで謝るの?」
「えっと、着替え中に入っちゃったから......ですかね......?」
なぜ疑問系なのか。ハナの顔は少し紅潮しており、私から目を逸らしている。もしや照れているのだろうか?会って一日で風呂に押し入って来るような人間が、この場面のどこに照れる要素があるのか。
「て、ていうか、早く着てくださいっ!」
あまりにも焦っているようだったため、ハナに急かされるまま、ワンピ—スを着た。
「......じゃあ、下で待ってるから」
そう言って、部屋を後にする。そして階段を降りてすぐに、部屋にバッグを置いてきてしまったことに気づいた。中身は大したことはないが、ハナとの連絡用の端末が入っているため、仕方なく取りに戻る。階段を登って部屋のドアを開けると、ちょうど着替え途中のハナがいた。
「きゃっ!?よ、ヨミノさんっ!?」
デジャヴを感じつつも、特に何も思うことはない。やはり照れる意味がわからなかった。しかし、ハナはさっきよりも顔を赤くしている。単に忘れ物を取りにきただけだし、構わず部屋に入ってバッグを探す。
「あ、あの......何してるんですか......?」
「......忘れ物」
探していると、バッグはすぐに見つかった。無事に目当てのものを見つけて部屋を出ようとすると、ふと悪い考えが思い浮かぶ。いつも強引に連れ回されることへの仕返しをしてやろう、と。ドアの前で立ち止まり、振り向く。
「なん、ですか......?見つかったなら早く出ていってくださいっ!」
「......なんで?別に、私の勝手でしょ?」
「よくないですっ!」
ハナは小鹿のように震えながら、下着を隠すように手を置いている。その姿がなんともまあ面白い。そうしてじっと見つめていると——
「ヨミノさんのばか—っ!」
どんっ、と押されて部屋の外に出されてしまった。残念、もう少し仕返しをしたかったのだが。
しばらくリビングで待っていると、ハナが降りてきた。そして私の顔を見るなり、頬を少し膨らませて睨んできた。小動物のようで威厳も何もないが、怒っているのだろう。
「ヨミノさん......乙女心を弄ぶのは禁忌ですからね」
「......ごめん、仕返しのつもりで」
何を言っているのかわからないが、少しいじめすぎてしまったし、素直に謝った。それにしても、長らく感じていなかった「面白い」という感情を、ほんの少しとはいえあんなくだらないことで感じてしまったのか。そう思うと、なんとも言えない気持ちになる。
「まあ......いいですけど」
なんとか許してもらえたようだ。その後出発し、何事もなく町へたどり着くことができた。最近は森の魔物も落ち着いてきたらしく、ほとんど見かけない。だから最近は私がいる必要もないだろうとのことで、ハナ一人で町へ行くことが多かった。
「みなさん、ヨミノさんに会いたがってましたよ」
「......遠慮しておく。ていうか......この町って、こんなだったっけ」
以前来た時よりも少し豪華になっている気がする、というか確実になっている。道にはランタンと、たくさんの花が飾り付けられていて、まるで何かの祝い事が行われるようだった。瞬間、嫌な予感がした。
「ふふふ......なんと——今日はお祭りなんです!」




