7輪目 想いと願い
カーテンの隙間から差し込んだ朝日の光で、私は目を覚ました。時計を見ると、まだ5時前。隣にはヨミノさんが寝ている。相変わらずかわいい寝顔だなと思いつつ、彼女を起こさないようにそっとベッドから起き上がった。
最近はヨミノさんが起きる前に起きて、朝食を作ることが習慣になっている。私が作りますよと言った時は気を遣われたが、起きる時間はいつも早かったし、食べ物が二人前になるくらい朝飯前だと自信満々に言ったら、感謝して承諾してくれた。ふと、カレンダーの九月四日という日付が目に止まる。気づけば、ヨミノさんと出会ってから一ヶ月が経とうとしていた。ひょんなことから始まった、私と彼女の同居生活にはもうすっかり慣れて、まだ壁はあるけど少しは心を開いてくれたかなと思う。あの時は必死になって強引に引き止めちゃって、少し申し訳なかったかな——そんなことを時々思う。
そして私は、朝食の準備をしながら、出会った日のことを思い返す——。
私は小さく鼻歌を歌いながら、森の中を歩いていた。一人で森の中に住んでいるから特にやることがなく、最近はこうして何日かに一度森の中を散歩するのが習慣だ。散歩と言っても、家からはあまり離れたところには行かない。迷ったら嫌だし、何より魔物に襲われるのが怖い。私じゃ勝てるはずはないし、もし襲われてしまったらひとたまりもない。そんな私だが、ただ当てもなく歩いているわけではなく、一つの目的はある。それは、家から少し離れたところにある小さな花畑を見ることだ。
「ふふっ、今日も元気に咲いてるね」
そこには黄色い花がいくらか咲いていた。花畑といってもただ森の一角にこの黄色い花が咲いている場所があるというだけで、大層なものじゃない。歩いていた時にたまたま見つけてから、なぜか愛着のようなものが湧いてしまい、こうして時々見に来てしまうのだ。そうして花畑を見ていると、少し離れた場所に二輪の花が咲いているのが見えた。
「あんなところにも咲いてたんだ」
木で遮られて今まで気づかなかったが、新たな発見に少し気分が良くなる。近づいてよく見ると、そこには力強く咲いている花と、それに寄り添うように咲いている、弱々しい枯れかけた花があった。
「私も、この花みたいに......」
無意識にそんなことを口にしていて、はっと我に返る。
「だめだめっ、ポジティブに生きないと!」
自分の頬を叩いて意気込み、その場を後にする。あの二輪の花は、もう見ないようにしよう。これ以上見ていたら、心が傷ついてしまうかもしれないから——。
花畑から離れた後は気分が少し落ち込んでしまったのもあって、すぐには帰らなかった。
「わっ、もうこんな時間......早く帰らないと」
気づけば日は落ちかけており、家からも少し離れたところまで来てしまっていた。完全に暗くなってしまう前に家に帰ろうと、方向転換をして足早に歩き出す。どうか何も起きませんように——そう心の中で願う。しかしそんな願いも虚しく、少し離れた茂みから魔物が飛び出してきた。こちらにはすでに気づいているようだ。
「魔物!?逃げなきゃ......!」
遭遇したのは狼型の魔物。そんなに強くないから、本気で走れば逃げられないこともないはず。そう判断し、全速力で走り出す。
「はぁっ......はぁっ......!」
もう少しで家の近くに行ける。そこまで行けば、魔物は寄ってこない。しかし——
「あっ......!?」
あと少しのところで、木の根につまずいて転んでしまった。すぐに起き上がろうとするが、もう遅かった。背後からうなり声が聞こえ、しりもちをついたまま振り返ると、すぐ近くまで魔物が迫ってきていた。鋭い牙をむき出しにしながら、じりじりと迫ってくる。
「きゃぁぁっ......!来ないでっ......!」
叫んだ声は、森に吸い込まれるようにして消えた。動いても逃げれそうにないし、こんな森の中に助けが来ることはないだろう。
「私......ここで死ぬんだ......」
死ぬ覚悟はできていたつもりだったけど、いざ直面するとなると怖い。やりたいことはまだいっぱいあるし、町の人たちにも心配をかけてしまう。
魔物が飛びかかる気配を感じ、諦めてぎゅっと目を閉じた。せめて、誕生日は迎えたかったな——
しかし、いつまで経っても痛みは全くない。恐る恐る目を開けると、そこにはさっきまで私が襲われていた魔物、そして人が立っていた。よく見ると、魔物は既に死んでいる。それを見てようやく私は、誰かが助けに来てくれたのだと理解する。
「あのっ、助けてくれてありがとうございます!......って、子供......!?」
私が声をかけると同時に振り返ったその子は、どこからどう見ても子供だった。しかし——その子の目は、普通じゃなかった。何もかもを諦めたような、空っぽな瞳。こんな目をした人は今までいなかった。どんなに絶望した人でも、みんな心のどこかには希望を持っている。そのはずなのに、この子にはその微かな希望すら感じない。考えていると、少女が口を開いた。
「......私は通りすがっただけだから、気にしないで。......それじゃあ......さようなら」
少女はそう言って振り向き、立ち去ろうとしていた。ここで行かせたらダメだ——なんとなく、しかし確信を持ってそう思った。だから私は、彼女の肩を掴んで、強引にこちらへ振り向かせた。
「待ってくださいっ!助けてくれたお礼をさせてください......!」
「いや......私は別に恩を着せたくて助けた訳じゃないから」
彼女は、氷のように冷たく私に言い放った。形容し難いその威圧感に、背筋が凍る。しかしここで折れるまいと、めげずにお願いをする。
「そんなの、わかってます!私が恩返しをしたいからするんですっ、お願いします!」
必死に訴えかけると、渋々納得してくれた。ひとまずは安心だが、これからどうするかを考えなきゃいけない。この子の瞳に光を戻すためには、どうすればいいかを——
その後、彼女の名前を知り、私の家まで案内することになった。ヨミノさんの手を引きながら、暗くなっている森の中を歩く。私が握っているその小さな手は、まるで生きていないかのように冷たい。軽く話をしながら歩き、なんとか無事に家まで帰ることができた。恩返しといっても何をしようかと考えていたら、ちょうど帰ったら作ろうと思っていたクッキーがあったため、それを出すことにした。そしてクッキーを食べた後、ヨミノさんのものすごい事実を知ることになる。
「——私は、不老不死だから」
一瞬、何を言ったのか理解できなかった。しかし、不老不死というなんとも魅力的な単語に、考えるより先に、言葉が出ていた。
「不老不死なんてすごいですっ!」
不老不死、それはつまり死なないということだろう。ヨミノさんはそんなすごい人だったのかと、驚きを隠せない。その反応がよっぽど珍しかったのか、ヨミノさんは困惑している。
「いいな......」
無意識に、口を開いていた。そんなことを言うつもりじゃなかったのにもかかわらず。しかし、とある考えが頭によぎった。私がすごいと思った不老不死という能力が原因で、彼女の目から光が消えたのではないかと。そう考えたころには、もう遅かった。
「......なにも、よくなんてない」
「えっ?あっ、これは違くて......!」
そこで確信した——私の脳裏に浮かんだことこそが、正解なのだと。無意識とはいえ、最低なことをしてしまった。人の悩みを、羨むだなんて。その後少しの間は、取り乱してしまったからか、あまり記憶がない。とにかく謝っていたと思う。ようやく冷静になり、ヨミノさんが去ろうとした時、私はある提案をした。
「一年だけ、来年の今日まで私と一緒に住んで欲しいんですっ!」
これしかない、そう思った。この人のために、私の一年を捧げる。そして必ず、死にたいなんて思わせなくする。今まで私は、他人の幸せのために生きてきた。それが私の幸せだから。でもこれは、自分のためでもある。思い残すことがないように、気持ちよく終われるように——この一年で、なにも写っていない瞳に、光を灯す。そんな目標と共に、ヨミノさんとの同居生活が始まったのだった——
変な匂いがするなと思ったら、焼いていたパンケーキが黒焦げになっていた。
「わわっ、やっちゃった!?」
思い出に浸っている間に、パンケーキを一枚ダメにしてしまった。本当に、何をしているんだか。あわてて火を止めて、仕方なく廃棄しようとする。するとドアが開き、ヨミノさんが入ってきた。
「あっ、おはようございますっ」
「......おはよう......火事?」
「あはは......ぼーっとしてたら、パンケーキを焦がしちゃいまして......」
真っ黒になったパンケーキをヨミノさんに見せると、少しの間じーっと見つめていた。そして——ぱくっと一口で食べた。
「!?何してるんですか!?ぺっしてください!体に悪いですよっ!」
「......病気とか、かからないし」
それは確かにそうなのだろうが、こんなほぼ炭みたいなものを食べるなんて、気持ち的に嫌だろう。
「......ほんのり炭の味がする」
「炭みたいなものですからね......ふふっ」
真剣に食べてるヨミノさんを見て、思わず笑ってしまった。彼女はもぐもぐとしながら、どうして笑っているのかわからないという顔をしている。その瞳は、相変わらず空っぽのまま。しかし、少しずつだけど心は開いてくれている気がする。
残された時間は十一ヶ月——必ず、ヨミノさんを救ってみせる。改めて、そう意気込むのだった。
先日6輪目の後書きにも付け加えましたが、これからは一日置きでの更新とさせていただきます。ご迷惑をおかけしますが、これからも応援してくださると嬉しいです。
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