6輪目 甘く儚い時
私はハナに連れられ、アルタイアという町の服屋に向かった。小洒落た木製のドアを開けると、ハナが言っていた、セファルという者と思われる女性がこちらへ駆け寄ってきた。
「わぁハナちゃん、いらっしゃい!誕生日おめでとー!相変わらずかわいいねっ!?」
そう言ってその女性は——ハナに抱きついた。突然の出来事過ぎて何が何だかわからず固まっていると
「わわっ!?もう、セファルさんってば!急に抱きつくのはやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか!」
「だってだって、ハナちゃんがこんなにもかわいいんだもん!抱かなきゃ損ってもんよ!」
「変な言い方しないでくださいっ!」
......何かと思えば急に目の前でイチャイチャし始めたじゃないか。何を見せられているんだ、私は。
「あれっ?何この小さい子?」
その店主——セファルはようやく私に気づいたようで、こっちに目線を送った。というか、ハナの真横にいたのに今まで気づいていなかったのか。
「この人はヨミノさんって言って、昨日から私と一緒に住み始めたんですよ」
ハナの紹介の後、今日何度目かわからない会釈をする。
「へぇ~、一緒に......ってえぇ!?あの森の中の家に!?」
「そうですよ?」
「あ、あたしという美少女がいながら、こんな小さいのと同棲!?なんで!?」
「同棲じゃありませんっ!昨日魔物に襲われた時に、ヨミノさんが助けてくれたんです。それで、なんだかんだあって同居することになりました」
「なんだかんだって何!?」
それは私が聞きたい、とツッコみそうになるが、抑える。私が流されてしまったのが原因ではあるが、どうしてそこまでして私に死にたいと思ってほしくないのかは未だにわからない。
「まぁいいや、今日は何をお探し?」
「ヨミノさんの服を何着か買いたいんです。コーディネートしてくれますか?」
「あたしに任せな!それにしても......ハナちゃんに気を取られてたけど、ヨミノちゃんもすっごくかわいいねっ!?うへへ、なに着せようかなぁ......髪に合わせた白も良いし、黒も似合いそう......」
セファルの目がギラギラと輝き、私を見つめながらぶつぶつと何かを呟いている。この人は多分、いや確実にやばい人だ。助けを求めるべくハナに視線を送るが、苦笑いを返されるだけだった。そしてそんな考えも虚しく、私は試着部屋らしき場所へ連行された。
「改めまして、セファルだよ!よろしくね、ヨミノちゃんっ!」
「......よろしくお願いします」
「すっごい荷物だね、買ってきたの?」
「......それもありますが、いろんなお店でもらいました。ハナに対してサービスだと」
ハナはいつもサービスをもらっていると聞いた。ただ親しいだけではそこまでしてもらえないと思うのだが、どうなんだろう。
「だよね〜。誕生日とはいえなんでこんなサービス貰えるんだって思ってるでしょ?」
「......まぁ」
「ハナちゃんはね、いつも町のみんなが困ってる時に手伝ってくれるの。あの子はそれをずっと続けていて、見返りも求めない。そんな感じでほんとにいい子だから、みんなハナちゃんのこと我が子みたいに愛してるし、喜んでサービスをしてあげるんだよ」
セファルはさっきとは打って変わって、優しい口調で語った。そんな理由があったのか。確かにあの子はお人好しっぽいし、それなら町の人たちの振る舞いにも納得がいく。
「だから、ハナちゃんのこと可愛がってあげてね!?ってことで......あたしもサービスでめちゃくちゃかわいい服をプレゼントしてあげるからねっ!ヨミノちゃん!」
それから、色々な種類の服を着せられ、その度にハナに見せた。......途中、やけに変な服を何着か着させられたのは置いておこう。2時間ほど拘束されてようやく解放された。下手したら魔物と戦うよりも疲れたかもしれない。色々着たが私はなんでもよかったから、ハナが選んだ服とセファルが選んだ服をそれぞれ数着購入した。
「あっ、そうだ二人とも。最近町の近くの魔物が夜に活発になってるらしいから、気をつけてね」
「魔物が......わかりました、気をつけます。ありがとうございます、セファルさん!」
魔物という言葉に、私も反応する。私は問題ないが、ハナといる時に遭遇するのは少し面倒だ。そういうことはなるべく避けたい。そうして私とハナは、余計に重くなった荷物を抱えて服屋を後にした。セファルは私たちが見えなくなるところまで、笑顔で見送ってくれていた。
「ヨミノさん、大丈夫ですか?重くないですか?」
「......別に平気だよ、これくらい」
ハナも両手にいっぱいの荷物を持っているのに、そんな時でも私を気にかける。ほんとにお人好しだな、この子は。多分、私が重いと言ったら意地でも持ってくれる——そんな気がする。日がすっかり落ちたころに町を出て、光の届かない森に入る。セファルが言っていたように魔物に出会わないといいが、と思いながら森をしばらく歩いていると——願い叶わず、魔物の気配を感じた。
「......ハナ、下がって。」
私は手に持っていた荷物を地面に置き、懐から短剣を取り出す。
「えっ......まさか、魔物ですか?」
ハナの言葉に私は小さく頷く。警戒していると、目の前に魔物が現れた。昨日ハナが襲われていた魔物とは違い、大きな熊のような見た目をしている。少し面倒な相手だな。そんなことを思いながら、短剣を構え——瞬間的に距離を詰めて魔物に斬りかかる。普通の相手なら深く入るが、この魔物は毛皮が厚く刃が通りづらい。私の武器である短剣では不利な相手。攻撃を躱し、再び斬る。それの繰り返しで少しずつダメージを与えていく。魔物が私が攻撃を避けた瞬間を狙って突進してくるが、すかさず躱す。——が、私は重要なことを忘れていた。そう、後ろにハナがいるということを。それに気づいた時には既に魔物はハナの方に突進して行ってしまっていた。
「えっ......」
ハナは突然の出来事に固まっている。
「ハナ......!」
まずい、失念だ。長い間一人で戦っていたから、それが染み付いてしまっていた。全力で走り、なんとか、魔物がハナに届く直前で間に割り込む。そしてハナを庇って攻撃を正面から受け、血が飛び散る。ある程度受け流すことはできたが、左腕の肉が少し削がれてしまった。
「ヨミノさんっ!?」
「......このくらい大丈夫」
そうは言ったものの、正直分が悪い。この魔物の爪と牙には、死ぬまでとはいかないが十分強力な毒が入っている。そのため体の再生よりも解毒が優先されて傷の治りが遅くなってしまう。この忌々しい力も万能ではないということだ。左手がじわじわ痺れているのを感じながら、私は再び構える。大丈夫、やられたのは左手だし、集中すれば十分余裕を持って勝てる。ちらりとハナを見ると、今にも泣きそうな表情で私を見ていた。恐怖からではなく、まるで私を心の底から心配しているみたいに。そんな顔をされると、どうにも落ち着かない。
「......本気出す」
静かに目を閉じて、短剣を鞘にしまう。魔物がこちらに突進して、私に向かって腕を振りかぶっているのを感じる。まだだ、ここじゃない。空気を裂く音が聞こえ、魔物の腕が自分に当たる寸前——
鞘の短剣を一瞬にして抜き、それと同時に魔物の胴体に横一文の深く大きい傷がつく。そして、ドスン、という音と共にその巨体が倒れ、動かなくなる。なんとかなったようだ。
「ヨミノさんっ!大丈夫ですかっ!?」
それを見たハナがすかさず駆け寄ってくる。
「......うん、平気。ハナは?」
「私はヨミノさんのおかげで大丈夫です、でもその傷......!」
ハナは血だらけの私の腕を見て顔を青くして、すぐにバッグの中をガサガサと探る。すると小さな箱のようなものを取り出して、地面に広げる。携帯用の救急箱のようだ。
「......毒で治りが遅くなってるだけですぐに塞がるから、使わなくて大丈夫だよ」
「ダメですっ!私のせいでこんな傷を......」
何を言い出すかと思えば。あれは完全なる私の失念だ。
「......ハナのせいじゃない。私のミスだよ」
「違います!それに、だからと言って放っておくことなんてできませんっ!」
そう言うとハナは包帯を取り出して私の腕に巻き始めた。
「......意味ないよ」
「たとえ意味がなくても、気休めくらいにはなるかもしれませんから」
ハナは真剣に私を手当てしている。やがて包帯が巻き終わる頃には血は止まっていた。
「......ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
それからは魔物に遭遇することもなく、無事に家まで帰ることができた。私の腕もすっかり調子を取り戻したが、なんとなく包帯は外さないでいた。
「一時はどうなるかと思いましたが、無事におつかい成功ですねっ!本当にありがとうございます、ヨミノさん!」
「......うん。どういたしまして」
「腕は平気そうですか?」
「......もう治ってるよ」
「すごい、それならよかったですっ」
昨日から住み始めたはずなのに、この家には妙な安心感がある。単にこの家が安心するのか、はたまたハナと自分の家だから安心するのか——自分でもよくわからない。でも、なんとなくここはいい場所だと思う。
「それじゃあ早速、ケーキを作りましょうか!」
それから買ってきた材料を出して、ケーキ作りを始める。ケーキを作るのなんて初めてだから、ハナに指示をもらったりやり方を教わったりしながら作っていった。
「ヨミノさんそっちじゃないですっ!」
「えぇっ!?どうしてそうなるんですか!?」
入れる材料を間違えたり、力加減を間違えてクリームが弾け飛んだりしてしまい、そのたびにハナの声がキッチンに響く。そして——
「よしっ、完成です!」
「......はぁ、大変だった」
いろいろあったが、どうにか無事に作り終えることができた。形も意外と綺麗な丸だし、たっぷりのクリームと果物が乗っていて美味しそうな見た目だと思う。
「美味しそうにできましたねっ、さぁ食べましょうか」
ハナは電気を消して、ケーキに刺さっている蝋燭に火をつける。なんでもこれが誕生日ケーキの文化なのだそうだ。
「ではヨミノさん、せーので火を消しましょうっ。ふーってするんですよ」
「......わかった」
「じゃあ行きますよー?せーのっ」
ハナと二人で息を吹きかけ、蝋燭の炎がふっと消えた。瞬間、真っ暗になった部屋に一筋の月明かりが差し込み、ハナを照らす。
「改めまして、誕生日おめでとうございますっ、ヨミノさん!」
そう言われて、そういえば私もやっていないことがあったなと思い出す。
「......ハナも、誕生日おめでとう」
「......!はいっ!」
ハナは満面の笑みを浮かべて喜んだ。そしてケーキを切り分けて、二人で食べる。一生懸命作ったこのケーキは、今まで食べたどんなものよりも、しっかりと味を感じた気がした。
私の多忙のため、7輪目からは一日置きでの更新に変更いたします。ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いします。これからも応援してくださると嬉しい限りです。




