5輪目 私を変えた日
魂が焼けるような熱さと、命を懸けて戦っている傷だらけの仲間たち——そして目の前にいる、巨大で禍々しい龍のような魔物。戦場には悲鳴が飛び交い、無力にも圧倒的にこちらが押されている。私も、戦わねば。お父さんとお母さんみたいなことにはさせない。そのために強くなったんだ、私がみんなを守ってみせる。
「はぁぁ!」
魔物に向かって斬りかかるが、びくともしない。すかさず連撃を入れしばらく接戦をする。しかし体勢を崩して魔物の攻撃をもろに喰らってしまい、体の半分が抉れた。猛烈な苦痛が体を襲うが、決して死にはしない。だがここまでの傷を受けると再生するまで時間がかかる。立たなければ、という私の意思に反して、瞼は段々と閉じていってしまった。
次に気がついた時に真っ先に目に入ったものは——かつて仲間だった者たちであろう、無残な死体だった。私以外が、おそらく全員死んだ。私は不死身だから、死ねなかった。また、取り残されてしまったんだ。呆然と死体を眺めていた時、どこからか声が聞こえた気がした。
「......なんで、お前だけ......」
それも、何度も、何度も。そんなわけない、みんなそんなことを言う人間じゃない。そう思っても、声は頭に繰り返し響く。まるで生き残ってしまった私を責めるように。胸が痛む。息が苦しい。
私は......私は——
「......!はぁ......はぁ......夢......」
私は、そこで目を覚ました。体には冷や汗が滲んでおり、ハナに借りた服が濡れてしまっていた。また、あの時の夢だ。
「......だから寝るのは嫌いなんだ」
あの時の夢を何度も見てしまう。まるで、避けようのない呪いのように。そういえば一緒に寝たんだったと思って隣を見ると、ハナはそこにはいなかった。時計の針は10時を指しており、久々に長い時間眠ったなと思う。寝覚めはものすごく悪いが、まぁいい。下の階から物音がするから、ハナは先に降りているんだろうと思い部屋を出る。階段を降りてリビングのドアを開けると——
「あっ、起きましたか?おはようございますっ」
「......なに、これ」
ドアを開けてまず目に飛び込んできたのは、色とりどりの風船と花の飾り物。昨日見た綺麗なリビングとは打って変わって、すごく華やかになっている。
「ふふっ、ヨミノさんと私の同居祝い兼誕生日会です!」
あぁ、確かに今日が誕生日だと言っていたな。
「......今日は何日?」
「八月七日ですよっ、『ハナの誕生日は花の日』で覚えてください!」
なるほど、カレンダーの八月七日にしてあった花丸は誕生日の印だったわけだ。ということは、昨日決めた私の誕生日、そしてハナとの同居が終わる日も八月六日だ。なぜ同居が終わる日をわざわざ来年のハナの誕生日の前日までにしたのかは知らないが、そんなことは気にすることじゃない。
「......誕生会って言っても、なにするの?」
誕生日を祝ってもらったことはあったような気もするが、誕生会なるものをしたことは一度もない。
「それはですね、一緒にケーキを作ります!」
ケーキと言われ、昨日のクッキーを思い出す。
「......昨日は気を使って言わなかったけれど、私、味覚が麻痺してるの。昨日のクッキーもほとんど味を感じなかったし、ケーキも多分同じだよ」
「ほとんどってことは、まだ少しは感じるんですよね?なら作りましょっ!」
痛いところを突かれてしまった。全く感じないわけではないからあえてほとんどと言ったのだが......でもまあ、こんなにも楽しそうにしているなら付き合ってあげてもいいか。
「......はぁ、まあいいけど」
「やった、ありがとうございます!」
そう言ってハナは笑顔を浮かべる。この子の笑顔を見ていると、なぜか少しだけ気持ちが和らぐ気がする。花を見ている時と同じ感覚だ。すると突然ハナが私の手を握ってきた。
「じゃあ早速行きましょうっ」
「......?ケーキを作るんじゃないの?」
「もちろん作りますよ。でも材料が足りないので買い出しに行きます」
こういうのって普通、事前に準備をしてある物なんじゃないか?それとも、私がいるからわざわざケーキを作ろうと考えたのか?
「......買い出しって言っても、どこに?」
「この森を抜けたところにある町——アルタイアです!」
私の服はまだ乾いていないため、引き続きハナのものを借りて家を出発した。それから森を一時間ほど歩き、ハナの言っていたアルタイアという町が見えてくる。運がいいことに、それまで一度も魔物に遭遇しなかった。ハナ曰くアルタイアまでの道にはあまり出現しないらしい。
「大きい町ではないですが、町の皆さんとっても優しいんですよ」
アルタイアに入ると、レンガ造りの家が立ち並んでおり、道には色々なものを売っている出店がたくさんある。町の人たちの賑わう声も聞こえ、あまり大きくないと言う割には、そこそこ栄えている方だと思う。
「......ハナはよく来るの?」
「はい、一週間に一度くらいは。家から一番近いから便利ですし、定期的に食べ物を買いに来ないとなくなっちゃいますから」
そんな雑談を交えながら歩いていると、ハナが果物を売っている店に立ち寄る。すると店主であろう若い女の人がハナを見るや否や笑顔になり話しかけてきた。
「ハナちゃんじゃない、いらっしゃい!あら、そっちの子は見ない顔ね。お友達?」
「こんにちは!この人はヨミノさんって言って、昨日から私と一緒に住んでるんです」
ハナの言葉に続き、こちらを見ている店主に対して会釈をする。
「あらそうなの、楽しそうでいいわね。それで、今日はなにを買いにきたのかしら?」
「ケーキを作ることにしたので、その材料を買いにきました」
「ケーキ?あっ、確かに今日ハナちゃんの誕生日だったね。おめでとさん!そういうことなら、いつもより多めにサービスしちゃうよ!」
「わぁ、ありがとうございますっ!」
そう言ってハナは買った量と同じくらいの果物を追加で貰っている。サービスにしては多すぎないか?この女性はハナの親戚か何かなのだろうか。客と店主にしてはやけに親しいと思うし、普通の関係なら、誕生日とはいえこんなに振る舞ってはくれないだろう。この店だけが特例、そう思っていたのだが——
「ハナちゃん誕生日おめでとう、これサービスだよ!」
「そうか誕生日か、おめでとう!多めに入れといたからいっぱい食べな!」
色々な店を転々としたが、その中でハナのことを知らなかった者はいなかった。皆がハナと親しく、誕生日を祝って何かしらサービスをしてくれた。それゆえ気づけばハナと私の両手が埋まるほどの荷物になっている。ここまでの人脈がこんな少女にあったなんて驚きだ。
「......すごく親しいんだね」
「はいっ、みなさんにはいつもお世話になっているので」
「......いつも、サービスして貰ってるの?」
「はい。いつもはもう少し少ないんですけど、今日は誕生日だからかみなさんいっぱいくれましたっ」
いつもしてくれているというニュアンスの答えを聞いて、驚く。サービスというのはそんなにほいほいしていいものじゃない気がするが。
「あっ、そうだ!ついでにヨミノさんの服も買いましょう!」
「......私のはもうあるから、いらない」
「あるって、あの一枚だけですよね?」
「......そうだけど」
服なんて別に一枚あれば困らない。ちゃんと定期的に洗っているし、ボロボロでもないから新しいものは特に必要じゃない。
「せっかくですし、もっと色々持っておきましょう!気分転換ですよっ」
「......はぁ、わかったよ」
この子の頼みはなんでか断りづらい。私に対しての特攻のようなものでも持っているのだろうか。
「ふふっ、よかったです。それに、店主のセファルさんという方も、少し変わってますがいい人なんですよ」
また新たな名前を聞き、本当に顔が広いのだなと思う。そんなこんなで、私はハナに連れられるまま服屋へと向かった。




