3輪目 日常と非日常
「——私は、不老不死だから」
そう言ってから、一瞬の沈黙が訪れた。ハナは驚いた顔で固まっている。これでいい。怖がられるか、頭のおかしいやつだと思われるだけだろう。そんなことを思っていると、固まっていたハナが言葉を発する。
「不老不死......!?すごいですっ、ヨミノさん!」
ああそうだろう、そんなことを信じるなんてできないだろう——
「......え?」
今、この少女は何と言った?「すごい」と言った気がするのだが......聞き間違いだろうか。きっとそうだ、そんなこと言う人なんているはずがない。
「......ごめん、よく聞こえなかったんだけど」
そう言うと、ハナは目をキラキラさせながら私の手を握ってくる。
「不老不死なんてすごいですよっ、歳も取らないし死なないってことですもんねっ?」
「え......えぇ......?」
今まで生きてきた中でこんな反応されたことなんて一度もなかったから困惑している。マイナスな感情を抱かれることがほとんどだったし、受け入れてくれた人も最初はみんな信じられないという顔をしていた。こんなにすんなりと信じて、しかもすごいと言ってくる人なんて初めてだ。言っちゃ悪いが頭がお花畑なのではないかと真剣に疑ってしまう。
「えっと......自分で言ってあれだけど、どうしてそんなにすんなりと信じるのかわからないのだけど」
普通に考えて、古くからの友人とかならまだしも、さっき会ったばかりの人間が急に私は不老不死だなんておかしなことを言ってきたら怪しすぎるに決まってる。その自覚くらい私にもある。
「だって、わざわざそんなウソついても、ヨミノさんには何の得もないでしょう?」
何かおかしいですか、とでも言うように私に問いかけてくる。それは確かにその通りなのだが。
「......まぁ、それはそうだけど」
「ですよねっ」
この子はやはり変わっている。半ば強引に恩返しをしてきたり、言葉を簡単に信じたり。そんな時ふと思う、誰に対してもこんな風なのか、それとも私が相手だからこんな風なのか——
もし後者なのだとすれば、それはなぜ?私が不老不死だから?いや、そのことはさっき明かしたばかりだし、知りえないはず。私がハナの命を助けたから?その可能性は大いにあるだろう。でも普通あそこまで強引に恩返しをしたがるだろうか。手を掴んで私を引き留めた時のハナの目はもっと必死で、どこか焦燥が浮かんでいた。なにか、なにかが少しだけ引っかかる気がする。まあいいか、こんなことを考えるなんて私らしくない。すぐに切れる関係なんだ、どうだっていいだろう——
「いいな......」
消え入りそうな切ない声で、だけどはっきりと聞こえた。
「......なにも、良くなんてない」
考えるよりも先に口が動いて、冷たい言葉を発していた。
「えっ?あっ、これは違くて......!」
ハナは口に出すつもりはなかったのか慌てているが、言葉は止まらない。
「私は、死にたくても死ねないの。どんなに辛くても、どんなに苦しくても解放されない。それがどれだけ重いことかわからないでしょう?それなのに、勝手なこと言わないで。......ハナはいいよね。私と違って、死にたい時に死ぬことができるんだから。」
——言ってしまった。ハナは傷ついた顔で立ち尽くしている。でも、私は不老不死が軽いものだと思われることがなにより嫌なのだ。ましてやそれを羨ましがるなんて絶対にされたくない。
「ご、ごめんなさい......!そんなつもりじゃ......ごめんなさい、本当にごめんなさい......」
今にも泣きそうな声で、ハナは何度も謝罪をしてくる。そこではっと冷静になる。今までも似たようなことが何度もあったが、そんな奴の戯言なんて耳にすら入らなかった。なのにどうして今、こんなにも頭に血が昇ってしまったのだろうか。怒りなんて、とっくに忘れていると思っていたのに。
「......言いすぎた。......ごめん」
ハナは少し驚いたように顔を上げる。目には涙がほんのりと浮かんでいた。
「わ、私......ヨミノさんの気持ちを何も考えずに......」
「いいから。別に、気にしてない。」
「でもっ......」
「似たような事今まで何度もあったし、そんなこといちいち気にしてたら身体が持たない」
実際のところその通りなのだ。普通の精神でこんなことが耐えられるわけがないのだから。
「そう、ですか......」
一応納得はしてくれたらしい。
「......それじゃあ、今度こそ私は行くから。......クッキー、ありがとう」
そう言って、ハナの顔を見つめた。この子は普通の人間とはどこか違ったから、一緒にいてもほんの少しだけ気が楽だった。
「あ、あのっ......!」
「?......まだ、なにかあるの?」
正直言ってもう勘弁してほしいが、傷つけてしまったお詫びとして聞くだけ聞こう。ただの感謝や別れの挨拶かもしれないし——
「ヨミノさん......私と、一緒に暮らしませんかっ!」
......?私も疲れているのだろうか、なんて言ったかよくわからなかったな。
「......今、なんて言った?」
「だからつまり......私と、この家に同居してほしいんですっ!」
......今日はおかしなことばかりだったが、それでもこれは一番の驚きだった。私のさっきの言葉でよほど傷ついて心がおかしくなってしまったのだろうか?——そもそも、もうニ度と仲間なんて作りたくない。人と深い関わりを持ちたくないのだ。こんなの断るに決まってるだろう。
「......普通に嫌だけど」
「最後まで聞いてくださいっ!」
声を張り上げられ、私としたことがこんな少女に少し気押されてしまう。
「一年だけ、来年の今日まで一緒に住んでほしいんですっ、お願いしますっ!」
一年——それは私にとってほんの一瞬にも等しい時間。それでも躊躇いはある。というかそもそもなんで同居なんだ。話が飛躍しすぎだろう。
「......そもそも、なんで私と一緒に住みたいの?正直言って意味がわからない」
この少女は私の不老不死を利用しようとしているのだろうか。いや、長年生きているうちに私は人の悪意を汲み取ることができるようになったが、この子に悪意は微塵も感じない。ならばメリットなんて何もないはずだろう。
「私、ずっと一人でここに住んでいて寂しかったんです。街に下りる時くらいしか人と関わらないし......それと、ヨミノさんのためでもありますっ」
「......私のため?」
私のためとは、どういうことだろう。さっぱり意味が分からない。
「はい。ヨミノさんは、ずっとずっと死にたいと思いながら生きてきたんですよね?ヨミノさんが過去にどれほど辛いこと、苦しいことがあったかはわかりません。けれど、死にたいと思いながら生きる人生なんてそんなの絶対にダメです!だから、その一年だけでも、ヨミノさんに死にたいって思わせたくない。ヨミノさんに少しだけでも悪くないって思ってほしいんです。だからほんの少し、一年だけ、私に時間をくださいっ!」
ハナは自分の胸に手を当ててまっすぐ私の目を見つめている。
「......一年経ったら、その後はどうするの?」
仮に一年一緒に住んだとして、どうするのか?一年というのは私にとっては短いものだが、普通の人間であるハナにとっては十分長い期間だろう。
「その後は......好きにしてもらって構いません」
ほんの一瞬、ハナの表情が曇ったのを私は見逃さなかった。しかし深掘りしない方がいいと思い、何も言わなかった。人には言えない秘密の一つやニつあるのが当たり前だし、それを根掘り葉掘り聞くほど私は残酷ではない。
一年だけなら、私も割り切れるだろう。それに、ほとんどの死に方を試したせいですることがなくなってしまっていたから丁度いい。
「......わかった。一年だけなら」
そう言った途端、ハナはあからさまに表情を明るくした。
「......!ほんとですかっ!?やった、ありがとうございますっ!」
ハナは笑みを浮かべて喜んでいる。私が決めたとはいえ、ここから一年間は、私の好む静かなものにはならなそうだな。そんなことを思い、小さくため息をつく。
「これからよろしくお願いしますね、ヨミノさん!」
こうして、私とハナの同居生活が幕を開けた。




