20輪目 町への訪問者
今日は、アルタイアに来ている。理由としては買い物もそうなのだが、シロが慣れておくべきだとハナが提案したからだ。だいぶ時間も経ったが、セファル以外はシロのことを知らない。彼女が言いふらしていなければ、だが。かく言う私も、シロを町に馴染ませておくという案には賛成だった。シロは私とは違って一年限りというわけではないし、この先も長い間ハナと暮らすだろう。私がシロを連れて行くという判断なんてするわけがないため、それは確信に近い。それにこの子には、私とは違った道を歩んでほしい。それゆえに二人で行かせようとしたのだが、シロが私と一緒じゃなければ行きたくないと駄々をこねたため、仕方なくついて行くことにした。なんだかんだ、この町に顔を出すのは医者を探しに来た時以来だろうか。セファルも元気にしているといいけれど。……それはそうと
「……いい加減、離れてくれる?」
「で、でも、怖いんだもん……」
家を出る前まで、もちろんシロは反対していた。しかし私が説得すると、しぶしぶだが了承してくれた。家を出てすぐの頃は彼女もまあ平気そうだったのだが、町に近づくにつれて、
「人の匂いがっ……」
と言って、私に強くしがみついた。そうして町に足を踏み入れた今、彼女は文字通り、べったりと私の後ろにくっついているのだ。ただでさえ歩きにくいのに、私の方が小さいせいで、余計に邪魔だ。
「シロ、大丈夫ですよ、みなさんいい人ですから」
ハナが寄り添ってなだめるが、何も変わらない。どうしたものか……考えていても仕方がないため、そのまま進んだ。
「あらハナちゃん、こんにちは。あっ、ヨミノちゃんもいるじゃない!久しぶりね!」
最初にすれ違ったのは、八百屋の店主だった。確かハナと初めて行った店だ。どうやら私のことを覚えていたらしい。
「こんにちは!」
ハナの挨拶に合わせて、私も軽く会釈する。シロが慌てて動きを合わせたのを、背中越しに感じた。
「うん?ヨミノちゃんって尻尾生えてたかしら?」
まあ当然突っ込まれるだろうと思っていた。私の背中に隠れられると思ったなら、それは間違っているのだ。店主に指摘され、シロがビクッとした。私の服を握る手に力が入るのがわかる。一向に姿を見せるつもりがなさそうだったため、私が行動に出た。身を翻し、横に一歩ずれる。手が離れ、私の身はしばらくぶりの自由を与えられる。
「えっ……」
後ろの彼女はその一瞬のできごとに反応できず、間抜けな声と共に私がいた場所に取り残された。
「あら!見たことない可愛い子がいるじゃない!この子は?」
店主の声は興奮を帯びている。シロはすぐに私の後ろに隠れたが、時すでに遅し。
「えっと、この子はシロって言って、少し前に一緒に住み始めたんです。獣人の子なんですよ!」
ハナが丁寧に説明していると、道を行き交う人達が、何事かと寄ってきた。この町の人々は、おそらくほとんどの人がハナのことを知っているだろう。だからか素通りをする人はほぼいなかった。集まってくる人々に困惑しつつも、ハナはちゃんと説明をしている。そしてその説明を聞いた人が、私の後ろにいるシロに目を向ける、という奇妙な流れが起こっていた。私もこんなに注目されることは嫌いだし、一刻も早くこの場を後にしたい。そんなことを思っていた時、しゅうぅ、という何かが蒸発するような音が、後ろから聞こえた。
「きゅぅ……」
振り向くとそこには、茹で上がっているかのように顔を真っ赤にして、パタンと倒れているシロがいた。おそらく緊張による症状だろう。これはチャンスだと思った私は、シロをおぶってから、町の人々と話しているハナに耳打ちする。
「……シロが限界そうだから、そろそろ」
夢中になっていたのか、シロの様子には気づいていなかったらしく、慌てふためいていた。
「わわっ、シロ!?大丈夫ですかっ!?ごめんなさい皆さん、私達はこれで!」
とりあえずの避難先として向かったのは、見慣れた洋服屋だった。おそらく緊張が原因だし、人がいないところで休むべきだと判断した。そこで都合がいいのが、セファルの家だった。入り口の木製の扉には、『close』と書かれた札がかけられている。しかし、入れないかと思われたその扉は、思いのほか簡単に開いた。カランカランという音が聞こえると共に、店で作業をしているセファルが目に入る。
「あっ、すみませんお客さ〜ん、今日は閉店でして……って、ハナちゃんとヨミノちゃんじゃん!あたしのことが恋しくて会いに来てくれた!?」
セファルは振り向くと同時に、餌を待ち侘びていた猫のような、嬉しそうな顔を浮かべた。
「違います!」
ハナが否定しても、セファルはいつも通りの笑みを浮かべている。そして、ようやく私が背負っているシロの存在に気づいたようで
「あれ、シロちゃんもいるじゃん!ここに来るのって初めてだよね……って、だいじょぶ!?」
力尽きているシロを見て、彼女の笑顔は焦燥の色へと変わった。
「おそらく大丈夫です。私のせいで、シロの人見知りが限界になっちゃって……ちょっとだけ熱っぽいので、セファルさんのところで休ませてあげるのがいいかなと思ったんです」
「医者には行かなくて大丈夫?」
「はい、ヨミノさんが判断してくれました。長年の勘で……」
そこまで言って、ハナはハッと口を噤んだ。私は別に気にしないが、あまり広まっても面倒だから言わないようにしていた、私の”不老不死”のこと。ハナの方を見ると、顔に「ごめんなさい」という文字が今にも浮かんできそうだった。
「あははっ、長年の勘って!ヨミノちゃんってそういう冗談とか言うんだ、意外〜!」
しかしセファルは真に受けることなく、ケラケラと笑っている。まあ普通に考えて、冗談としか思わないだろう。ハナもほっと胸を撫で下ろしている。
「まあでも、だいじょぶそうなら全然いいよ〜、遠慮なく休んでって!」
ハナが扉をくぐり、私もそれに続こうとした。
「……?」
ふと、なぜだか外の様子が気になってしまった。いつもより、一段と静かな気がする。
「ヨミノさん、どうかしましたか?」
扉の中からハナが顔を覗かせる。今の違和感は気のせいだと思うことにし、私は扉の中へと向かった。
煌びやかな服が並んでいる店内を通り抜け、奥の階段を登る。そしてセファルの寝室らしき部屋に案内され、シロをベッドに寝かせた。おでこに手を当ててみても、既に熱はなさそうで、ぐっすり眠っている。それにしたって、どうしてここまで人見知りなのだろうか。
「ふぅ……シロが無事でよかったです。私がもっと早く気づいていれば……」
「……気を病むことはないよ……なんともなさそうだから」
頭を撫でてやると、ハナの緊張が少しほぐれたのを感じた。
「さて……お二人とも〜、もちろんタダで助けてくれとは言わないよね〜?」
「うっ……そうですね、私がなんでもします……!」
ハナがそう言ったら、セファルはニヤリと笑った。
「なら〜、新しい服を仕入れたからさ〜、ちょーっとこれを着て——」
ちょうどそんな、和やかな雰囲気の時だった。
いやあぁぁぁっ!!
うわぁぁぁぁっ!?
耳をつんざくような悲鳴が、次々と私の耳へと伝わってきたのは——




