19輪目 変わりゆくもの
大変お久しぶりです。連絡もなしに1ヶ月近くも投稿が途絶えてしまい申し訳ありません…これからもまったりと頑張っていきますので、応援していただけると嬉しいです。
「あるじっ、遊んでほしいのっ!」
ソファに座っていた私に飛びついてきたのは、他でもないシロだ。元気よく尻尾を振りながら、私の目をまっすぐ見つめてくる。あの雪合戦で私が負けてから、私はしっかりと約束を守っている。シロが私にした、毎日遊んでほしいという願いを叶えている。とは言っても、今しているこれを遊びと呼んでいいのかはわからないが。雪合戦の次の日、早速シロに遊ぼうと言われた。さすがに連日外で遊ぶのは億劫だったため、私は一つ提案をした。なんとなく、その時のことを思い返した。
勝負の翌日——
「あるじー!」
朝起きて早々、シロに抱きつかれた。
「......どうかした?」
聞いても、彼女はキラキラした目で見つめてくるばかり。私はまだ目が覚めきってないせいで、こうしてくる意図がわからなかった。
「あるじ、約束守ってね?」
約束というワードを聞き、ようやく察しがついた。おそらく、昨日のことだろう。そんなこと忘れてくれているのが一番良かったのだが、そうもいかなかった。
「......はぁ、わかった。遊んであげるから」
「わーい!何して遊ぶっ?」
約束を交わしたわけだし、それは守らなければならない。しかし、普通に遊ぶのでは、毎日なんて面倒だ。そこで、私はいいことを思いついた。
「......こっち、来て」
先ほど起きてきたベッドに戻り、そこに座る。そして私の膝に乗るように促した。シロは何をするのかよくわからないようだったが、私に言われた通りにした。
「あるじ、これで何するの?」
ちょこんと私の膝に座ったシロが、不思議そうに首をこちらへ向ける。そんなシロの頭を、そっと撫でた。
「わっ!えへへ、気持ちいい〜」
続けて耳を優しく触り、しっぽも撫でる。顎に手をやると幸せそうに体重をかけてくる。まるで猫のようだ。そういえば、シロは何の獣人なのだろう。今までは犬かと思っていたが、本人に直接聞いたことはなかった。
「......ねぇ、シロは犬の獣人?」
「うん?違うよ、ボクは狼の獣人!」
狼だったのか。これはあとでハナにも教えてあげよう、と無意識に思った。
「あるじ、これが遊び?」
シロは首を後ろにやって、私を見上げた。
「......そう。やっぱり不満?」
正直ダメ元でやってみただけで、こんなの遊びじゃないと言われて終わるだろうと思っていた。けれどシロの反応は、私の思っていたそれとは違っていた。
「えへへっ、不満じゃないよっ!ボク、こういう遊びは知らなかったから、すっごく嬉しいのっ。あるじ、ありがとうなの!」
屈託のない笑顔を浮かべるシロを見て、拍子抜ける。私なりに成長した気でいたが、人の気持ちを理解するのは、まだ難しいのかもしれない。そう思ったのだった。
それから毎日、私は約束を守り続け、遊びという名目でシロを撫でてあげているのだ。
「もう、それが遊びなんておかしいですよっ」
ほっぺを少し膨らませて、ハナが文句を言ってきた。
「......シロがいいって言ったから。羨ましいの?」
「そういうわけじゃないですっ!そんなことより......ヨミノさん、シロ、大掃除をしますよ」
「「大掃除?」」
私とシロが、同じタイミングで首を傾げる。ハナは小さくため息をついた後に、説明し始めた。
「わかってますか?明日で新年なんですよっ!一年の終わりには、家中を掃除するんです」
「お掃除?ボクやってみたいっ」
シロは私の膝から降りて、尻尾を振りながらハナの元へと駆け寄った。ハナが自慢げな顔でこちらを見ていたのは、気のせいだとしよう。
「......掃除なんて、必要ないと思うんだけど。結構綺麗だし、この家」
「見た目に騙されちゃいけません。実は、結構いろんなところにホコリが溜まってたりするんですよ」
ハナは、ほら、とでも言うように窓の枠を指でなぞった。すると、ハナの色白で綺麗な指が、少し灰色になった。
「ヨミノさん、わかりましたか?見えないところに潜んでいるのです」
「はぁ......わかった、やるよ」
そうして始まった大掃除、まずはリビングを掃除することになった。
「とりあえず、私は掃除機をかけますね。二人はキッチンと窓を掃除してください」
「......どうやって掃除すればいい?」
掃除など、ろくにしたこともない。そのため、掃除しろと言われても、やり方がよくわからない。おそらくシロも初めてだろうし、素人が二人もいていいのだろうか。
「ええっと、まずはこの雑巾を水で濡らして、軽く拭いてください」
机の上には二枚の綺麗な雑巾。確かに水拭きくらいなら、私とシロでもできそうだ。
「これを水で濡らすんだよね?」
シロの問いかけに、私は頷く。すると一目散にリビングから出ていった。水道ならキッチンにあるのに、わざわざ洗面所にでもくつもりなのか。しかしまぁ、多分、やり方くらい教えなくてもできるだろう。そんな甘い考えを巡らせ、私は雑巾を濡らし、きちんと絞った。その瞬間だった。
「きゃああぁっ!?」
ハナの悲鳴が、部屋に響き渡った。何事かと思い、顔を上げる。まず私の目に映ったのは、青ざめた顔をしたハナだった。彼女の目線は、いつのまにか戻ってきていた、シロの手に向いていた。
「あぁ......」
その手には、もちろん雑巾が握られている。しかし、その状況が普通ではなかった。雑巾から、水が垂れていたのだ。しかも、少し絞りが甘かったというレベルではなく、もはや小さなバケツをそのままひっくり返したのではないかと疑うほどに。
「し、シロ......それは......?」
「雑巾を水で濡らしてきたんだよっ」
尻尾を振りながら、シロはハナのことを純粋な瞳で見つめる。その姿はまさしく犬のようで、褒めてほしいというのがひしひしと伝わってくる。
「......雑巾っていうのはね、濡らしたら、きちんと絞らなきゃダメなんだよ」
あまりに驚いたようで、ハナが固まっていたので、私がシロに説明をしてあげた。そうしたらシロはみるみる元気をなくしていき、耳も尻尾も垂れ下がってしまった。
「ご、ごめんなさいなの......ボク、悪いことしちゃった......?」
「いいえ、私の説明が少し足りてませんでした、ごめんなさい。大丈夫ですから、元気出してくださいっ」
最初は混乱していたハナだが、彼女はすぐに微笑んで、シロをそっと抱きしめた。瞬時にその行動に移すあたり、やはりハナは根っからの優しい人間だと思う。シロもそれに安心したようで、萎れていた耳と尻尾が、元通りになっていた。それから、落ち着いたシロと共に、大掃除に取り掛かった。今度はハナが手取り足取り教えながらやっていたため、特に大きな失敗はなかった。
「よくできましたねっ、シロ!」
「えへへ、頑張ったのっ」
二人が仲良くするのは、とてもいいことだ。二人がずっと一緒にいてくれれば、私の一人の時間も増える。最近は全くと言っていいほど、一人でいる時間がなかった。そのため、日課だった瞑想も全くやらなくなってしまった。
「......まずいな」
自分が、絆されていっている。改めなければならない。傷つくだけだ。そんなことを思うけれども、そうする気にはならなかった。何故だろうか、私にもわからない。
「何がまずいんですか?」
気づけば、二人が私の両側から顔を覗かせていた。そこで私は、考えるだけ無駄だと思い、思考をやめた。
「......なんでもない」
「そうですか?ならいいですけど......何かあったら言ってくださいね?それと、年越しの準備をしますよ!」
「......年を越すのに、準備なんて必要なの?」
「あるじ、おそばを食べるんだよっ」
そんな文化があるのか、と感心する。
「すぐにできますから、待っててくださいね」
そう言ってから、ものの数分で蕎麦ができた。テーブルを囲みながら、年最後の食事をする。
「それにしても、ヨミノさんと出会ってから、もう四ヶ月ですか〜。とても長い時間が経ちましたねっ」
「......私にとっては短いけど」
「それはそうですけど......私にとっては、すごく長いんですから!」
四ヶ月という時間なんて、ほんの刹那にすぎない。けれども、私の空っぽとも言えた人生の中でこれだけのことをしたのは、ずいぶんと久しい。だからだろうか、私がこんなにも影響されてしまうのは。捨てたと思っていた「心」というものが、まだ残っているのだろうか。
「ヨミノさん、考え事ですか?蕎麦、伸びちゃいますよ?」
ハナに言われて箸を動かすと、つゆに入れていた蕎麦が少し伸び、柔らかくなっていた。それを救って食べようとした時、麺が一本だけ切れてしまった。その切れた麺を見て、私は少し切ない気分になったのだった。
蕎麦を食べ終えて風呂に入り、ようやく寝ようとしたところで、引き止められた。
「せっかくの年越しですからっ、起きてましょうよっ!」
「そうだよあるじっ、寝ちゃダメなの!」
二人は私のことを寝させてはくれなく、しぶしぶ年越しに付き合うことになった。
「二人とも、ありがとうございます。人生で一度くらい、こうして誰かと年を越してみたかったんです」
「......別に私じゃなくても、もっと他にいるでしょ。それに、来年や再来年でもできることなんだし」
ハナはいつも通りの微笑みを浮かべて、私を見つめた。
「ふふ、そうですね。でも、二人と一緒にやりたいんです。ヨミノさんとシロは、かけがえのない存在ですから」
ほんの一瞬、沈黙が訪れた。しかしその沈黙は、不思議と心を落ち着かせた。
「ボクも、二人のこと大好きなのっ」
沈黙を破った、明るい声。そしてその次に、二人の視線が私へと移った。
「......何?」
ハナはニヤニヤとしていて、シロはいつも以上にキラキラした目で見つめてくる。流れというものは、流石の私でも理解できるつもりだ。なんとなくそれを察し、私は口を開いた。
「......悪くは、ないよ」
小さくそう言ったら、二人がいきなり抱きついてきた。
「ちょっ......」
「嬉しいですっ、少しでもヨミノさんが悪くないと思ってくれて、本当に嬉しいですっ!」
「あるじ、悪くないって、良いってことだよねっ」
そんな二人を見て、小さくため息をつく。ほんの少しだけ、悪くないと思ったに過ぎない。死にたい気持ちは変わってないし、依然として変える気もない。
「あーっ!!そんなことしてたら、年変わっちゃいましたっ!もっとカウントダウンとかしたかったのに......!」
時計を見ると、確かに十二時を指していた。ハナは残念そうにしていたが、すぐにこちらへ向き直った。そして、私に耳打ちをした。
「それじゃあいきますよ〜......せーのっ」
「「ハッピーニューイヤー!」」「......ハッピーニューイヤー」




