18輪目 白き日の決戦(後編)
「もちろんですっ、罰ゲームの内容は——『負けた人が勝った人の言うことをなんでも聞く』なんてどうでしょうか!」
なんなんだそのめちゃくちゃな罰ゲームは。そう思っていたら、シロが口を開いた。
「なんでも?なんでもいいのっ?」
「そうですよ〜っ、私達が勝ったら、ヨミノさんになんでもお願いしていいんです!」
「わぁ!やる!ボクやりたいっ!」
「とのことですが、ヨミノさんはどうですか?」
私になんでもお願いできるという言葉に釣られて、シロがあちら側についてしまった。シロが乗り気じゃないからという理由で断ろうとしていたが、そのせいでそれができなくなってしまったじゃないか。しかし逆に言えば、勝てばいいのだ。勝ちさえすれば二人になんでもお願いできるということ。何をお願いするかその場では思いつかなかったが、私はその条件を呑むことにした。
「......いいよ、やろう」
「ふふっ、そうこなくっちゃです!」
「はな、絶対に勝つよっ!」
「はいっ、絶対勝ちますよ!ルールはさっき言った通り、雪玉を投げて当たったら負けです。私とシロは一回ずつ、ヨミノさんは二回当たったら負けにしましょう、いいですか?」
私が圧倒的に不利だと思っていたが、一回は当たっていいと考えると、そうでもなさそうだ。
「......もしハナとシロのどっちかだけ当たったら、当たった方はもう投げないの?」
「うーん、当たったらその時点で何もできなくなるって感じにしましょう!」
「......わかった」
詳しいルールの説明も終わり、勝負が始まろうとしていた。シロはやる気に満ち溢れているようで、準備運動をしている。私も作戦を立てておこうと、思考を巡らせる。狙う順番はどちらからでもいいが、問題は二人から狙われるということ。複数戦は慣れているが、遠距離で、しかも雪玉の投げ合いともなると話が変わってくる。距離を詰めたら、おそらく相打ちになってしまうだろう。それどころか、二人に狙われて負ける可能性もある。だとしたら、何かで射線を切るのが効果的だろう。ここは森の中、そこらじゅうに木が生えているし、遮蔽物なんていくらでもある。
「みなさん、準備はいいですか?」
ある程度作戦も固まったところで、ハナから声がかかった。
「......いいよ」
「ボクも準備できてるよっ」
「それじゃあいきますよ......スタートです!」
開始の合図が聞こえたと同時に、私は走り出した。事前に立てた作戦通り、すぐ近くの木に向かう。
「シロ、挟み討ちしますよっ!あっちから行ってください!」
「わかった!」
少し遠くから聞こえるその声を聞きながら、私は屈み込んで雪に触れる。とりあえず雪玉を作らねば。そう思って雪を握り——崩れ落ちた。まずい、そういえば雪玉を握ったことなんてなかったから、力加減がわからない。急いでもう一度握ろうとした途端、両側から雪玉が飛んできた。すかさず避けて左右を確認すると、シロとハナが雪玉を握っていた。このままでは不利だと判断し、木でシロの射線を遮る。もう一度、さっきよりも優しく握ると、しっかりと丸くなった。ハナに狙いを定めて、投げる。すると今度は、ハナに向かう途中で崩れてしまった。優しく握りすぎたのだ。
「観念してくださいっ!」
ハナの雪玉が飛んでくる。そこまで速くはないが、狙いは正確だ。集中していないと当たってしまうだろう。
「あるじっ、ボクが勝つのっ!」
木を遮蔽にしても、シロはすぐにまわり込んできた。彼女の投げる雪玉はとてつもなく速い。正直言って、普通の状態のシロに、ここまでの身体能力があるなんて思ってもいなかった。集中してそれを避け、再び雪を掬う。ようやくまともな雪玉を握れた。狙うは、ハナ。思いっきり振りかぶって、投げた。雪玉は猛スピードでハナに迫るが、少し狙いが逸れてしまい、当たらなかった。なるほど、なかなかに難しい。その後も、しばらく木を使っての攻防戦が繰り広げられる。私もやっと感覚を掴んできた。
「はぁっ、はぁっ、なかなかしぶといですね......!」
少し前からシロの姿が見えないことに警戒しつつも、疲弊しているハナに狙いを定める。それに気づいて逃げようとする彼女にめがけて雪玉を投げ——見事命中した。
「きゃっ!うぅ、当たっちゃいました......」
「......よし、あとはシロを——」
言っている途中に頭に衝撃を感じ、それと同時に雪を浴びた。驚いて上を向くと、そこには勝ち誇った顔をしたシロがいた。いつのまにか、木を伝って私の頭上に来ていたようだ。
「あるじ、まずは一回なのっ!」
ハナに当てたことに気を取られて、油断していた。しかしいくら油断していたとはいえ、全くと言っていいほど気配を感じなかった。そんな技術がシロにあるのか、それとも本能的にやっているのかはわからなかったが、とにかく一回当たってしまったのは事実だ。
「シロっ、すごいです!あとはお願いしますっ!」
「うんっ!任せて、はな!」
シロはすぐに距離を取り、雪玉を握った。私も負けてはいられないと、体勢を整える。一対一になったわけだが、勝てるかどうか怪しい。どちらも立て直したところで、激しい戦いが再開した。投げるスピードは、私のほうが速い。しかし、野生の勘なのか、全て的確に避けてくる。避けて投げて、その繰り返しが続いた。このままでは埒が明かないと思い、私はとあることを考えつく。そう、雪玉を二個持っておくという作戦だ。すぐに行動に移そうと思った私は、雪玉を二つ握る。そして両手に持ち、片方の手は後ろに隠しておく。
「......これで終わりだよ」
シロの足元めがけて雪玉を放つ。
「そんなんじゃ当たらないのっ!」
シロはジャンプをして軽々と避けるが、これを待っていた。すかさず後ろに隠していた手を出し、空中にいるシロへと照準を合わせる。そして思いっきり投げ、その玉は一直線にシロへと向かった。もらった——そう思った、次の瞬間だった。
「なっ......!?」
シロが空中で体を回転させて、避けたのだ。あまりに突然なことに驚き、体が固まる。そしてその瞬間、シロと目が合った。そしてその顔には、笑みが浮かんでいた。
「あるじ、ボクの勝ちなのっ!」
その言葉を聞いて、ハッと冷静になる。そうだ、勝負はまだ終わっていないんだ。そう思うも、すでに遅かった。目の前には、いつ投げられたかもわからない雪玉が迫っていた。
「っ......!?」
咄嗟に体を動かすが、無常にも、その玉は私の肩に命中してしまった。
「......負けた」
「わぁっ!すごいですっ!シロ、よくやりましたっ!」
これには息を飲んで見守っていたハナも大喜びのようで、シロに抱きついた。
「えへへ、これであるじになんでもお願いしていいのっ?」
「そうですよ〜!なんでもいいんですっ!」
わいわいと騒いでる二人を横目に、私は一人茫然としていた。シロはあの状態じゃなくとも、こんなに身体能力が高いのか。獣人といえど、やはりこの子の力は異常だ。動体視力に反射神経、体の使い方、全てが常軌を逸している。これも、あのわけもわからない力が由来なのだろうか。
「あーるじっ!」
そんなことを考えていたら、目の前にシロとハナがいた。
「......はぁ、約束は約束だし、可能な限りなんでも聞くよ」
「それじゃあ、ボクはあるじと毎日遊びたいのっ!」
「......いや、毎日はさすがに」
「だめなの......?なんでも聞いてくれるって言ったのに......」
私が断る雰囲気を醸し出していると、泣きそうな顔をした。
「ヨミノさん、断っちゃダメですよ!私も一緒に遊んであげますから、ねっ?」
「......ハナも遊びたいだけでしょ」
えへへ、と微笑むハナ。隣には瞳が潤んだシロ。小さくため息をつき、シロに向き直る。
「......わかった、わかったから、泣かないで」
「!ほんとっ!?」
「......ほんと」
「やった!あるじ大好きなのっ!」
私が負けたのは事実なのだ。ちゃんと約束は守らなければならない。面倒だが仕方ない。
「......それで、ハナは?」
ハナに聞くと、彼女は一呼吸置いて静かに願いを告げた。
「ヨミノさん、死にたいなんて思わないでください。生きたいって、思ってください。それが私のお願いです」
その言葉に、一瞬だけ体が固まる。ハナと出会った日にも告げられた願い。それを改めてお願いしようというのか。その願いに対する答えは、決まっていた。
「......悪いけど、それはできない。お願い一つで考えを変えるほど、私の覚悟は甘くない。それがしたいのなら、ハナ自身の手で変えて。......できるならの話だけど」
そう告げると、ハナは切なそうに笑った。
「そうですよね、わかってます。こんな願いが、甘えだということくらい」
また傷つけてしまっただろうか。しかし悪いが、この考えは変えられない。
「それじゃあ......私のお願いは、保留ってことにしてください!」
なんでも聞くと言ったじゃないかと文句を言われると思ったが、そんなことはなかった。
「......わかった。それ以外のことなら、なんでも聞くから」
「ふふっ、約束ですよ?」
少しの罪悪感はあったため、他のことならなんでも聞くようにしよう。私はそう決めた。そうしてハナの願いは保留のまま、この戦いは幕を下ろした。




