16輪目 彼女なりの努力
あれから数週間経つが、シロの目が赤くなることもなく、普通に過ごしていた。シロとの生活にも慣れてきた、そんなある日のこと。いつも通りシロと起きてきて、リビングへ行ったのだが......ハナが見当たらなかった。多分料理の最中なのだろうが、どこに行ったんだろうか。火くらい止めておこうかとキッチンに近づくと——そこにはハナが倒れていた。
「......ハナ?大丈夫?」
呼吸が荒く、辛そうだ。額に手を当てると、すごく熱かった。
「はぁ...はぁ...ごめんなさい......ご飯、今作りますからね......」
なんとか起きあがろうとしているが、ハナはそれができなかった。
「......いいから、休んで」
肩を貸して、起き上がらせる。このままベッドまで運ぼうと思い、部屋へ向かった。
「はな、どうしたの?病気なの?」
シロも心配そうについてきた。病気なのだろうか。こういう時に医者がいればいいものの、町まで行かないと呼ぶことができない。町へ行くのは気が引けるが、この際仕方ないか。私にはどうすることもできないし、医者を呼ぶ他ない。
「......待ってて。医者、呼んでくるから」
「でも......」
ベッドに横たわらせると、ハナはうっすらと目を開け、まるで私を心配するように見つめてきた。私のことより、自分の体を心配してほしい。
「いいから。少しは頼って」
「......ごめんなさい、ありがとうございます……」
そう言って、再び目を閉じた。そうと決まればすぐに行こう。そうして部屋から出ようとすると——
「あるじ、ボクも行く!」
服を引っ張られ、引き止められた。
「......シロは、ハナと一緒にいてあげて」
「でもっ」
「お願い。ハナを一人にしないほうがいいから。」
「うぅ......わかった、はなのこと見てるね......でもあるじ、すぐ帰ってきてほしいの......」
私を見つめるその目は、不安に溢れていた。なんだかんだ言っても、この子は言うことを聞いてくれる。いい子と言いながら撫でてやると、多少安心した様子を見せた。
「......それじゃあ、行ってくる」
「気をつけて、くださいね......」「気をつけてねっ」
二人の言葉を背に、部屋を後にして玄関から飛び出す。全速力で森を駆け抜け、アルタイアへ向かった。そしてかれこれ十数分程度で着くことができた。一人で駆け降りるとこんなにも早く着くのか。町へ入るや否や、重大なことに気づいた。医者を呼びにきたはいいものの、肝心の医者はどこにいるんだ?それを聞かずに走ってくるなんて、馬鹿にも程があるだろう。そんな時、ふと”あの人”の存在を思い出した。この町で唯一、結構私と関わりがある人間。そして私が一番苦手な部類である人間。しかし、今は一刻を争う可能性がある。躊躇ってなどいられない。そう覚悟した私は、ある場所を目指して走り出した。道は覚えていたため、その場所まではすぐだった。見慣れた木製のドアを前にし、一呼吸置く。大丈夫、なにもプライベートで話すわけじゃない。そう覚悟は決めていたものの、店に入らずにドアを叩くという選択をとった。
コンコンコンッ
ドアを叩くと、軽い音が響く。
「はいはーい、なんでしょうお客さ——って、ヨミノちゃん!?」
すぐに出てきたその人物——セファルは、私を見て驚いた顔をした。
「あれ、ハナちゃんはどしたの?まさか、あたしに会いたくて一人で来たの〜!?もう、可愛いんだからぁ!」
私に聞くや否や、自己解決して抱きついてきた。この人のこういうところが、私は苦手なのだ。
「......違う。医者、どこにいる?」
「医者?ヨミノちゃんどっか怪我したの!?」
「......ハナが高熱なの。それで町まで来たんだけど、どこにいるかわからなくて」
全ては私のミスが招いてしまったことであるし、今こうなっているのも致し方ない。
「ハナちゃん熱出しちゃったんだ!?今は家にいるの?」
「......そう。早く案内して」
「わかった、そういうことならあたしに任せて!こっち!」
セファルはそう言うなり私の手を掴んで走り出した。診療所は思っていたよりも近い場所にあり、ものの一分程度で着くことができた。
「すいませーん!ハナちゃんが病気なっちゃったらしくて、ちょっと来て欲しいんです!」
セファルが大声で呼びかけると、この前私を診てくれた医者が出てきた。
「あら、ハナさんが?」
「そーなの!家で寝込んでるらしいから、行ってあげて!」
「わかりました、ではすぐに準備を......」
「......急いでるから、担いで行くね」
「えっ、あのちょっと——」
医者を担ぐと、困惑した様子だった。しかしこの人も華奢な女性だし、担いで走る程度造作もない。一秒でも早く戻らなければ、という焦りが足を動かした。そして診療所を出ようとした時、セファルが制止してきた。
「ちょっと待って!心配だからあたしも行くよ!」
正直言って迷惑だが、助けてもらったのは事実だし、別に構わない。しかし私は一刻も早く家に着きたいため、セファルを気にかける余裕なんてない。
「......いいけど、ついてこれなかったら置いていくよ」
「平気平気!あたし、足には自信あるんだ〜!」
走り出すまでは、それは単なる戯言だと思っていた。しかし驚くことに、しっかりと私についてこれている。人を一人抱えているとはいえ、本気に近い速度で走っているのだ。並大抵の人間じゃ追いつけないはずだが。
「......嘘だと思ってた」
「うん?なにが?」
「......私についてこれるってやつ」
「あははっ、昔は盗って逃げての繰り返しだったからさ」
そうか、この人は孤児だったから鍛えられてるのか。あまり褒められたことではないだろうが、この際助かった。そんな調子で家まで走り、何事もなくたどり着くことができた。セファルが我先にと玄関のドアに触れ、ドアノブを捻る前にそれが開いた。
「あるじーっ!」
「うわぁっ!?なになになにぃ!?」
なんと、開いたドアからシロが飛び出てきて——ドアを開けようとしていたセファルに抱きついた。
「あれっ?あるじじゃ......ない......?」
シロは恐る恐る顔を上げ、私じゃないのを確認すると固まってしまった。
「ヨミノちゃん、この子のことは後で説明してもらうからね!?」
今すぐ説明してくれと言わないあたり、ちゃんとしている。気を取り直して家に入り、部屋へ向かう。というか、シロにはハナを看ていてくれと頼んだはずなんだが。ハナの様子はというと、朝と変わらず苦しそうにしている。
「ヨミノさん......おかえりなさい、平気でしたか......?」
ハナは私に気づくとすぐに笑顔を作った。
「......私の心配よりも、自分の心配して」
「ふふ......ごめんなさい」
そんなやりとりを交えつつ、医者に診てもらった。結果は、疲労による風邪のようなものらしい。安静にしていれば数日で回復するそうだ。それにしても、疲労が原因なのか。私が来るまで一人暮らしだったところに、私とシロも加わるとなると確かに負担が大きかっただろう。朝昼晩とご飯を作ってくれていたし、洗い物や洗濯などの家事全般はハナがしてくれていた。もう少し手伝ってやるべきだったと後悔する。とはいえ、大事に至らなくてよかった。
「ハナちゃんがおっきな病気とかじゃなくてよかったね〜!......それでヨミノちゃん、あの真っ白な子のこと、説明してもらおっか?」
リビングに行った途端、そう問われた。
「......あの子はシロ。祭りの時に、ハナがくじ引きで手に入れたアーティファクト、覚えてる?」
「あぁ〜、あの不正暴いたやつね!ハナちゃんすごかったなぁ。それがどうしたの?」
「そのアーティファクトが、私の魔力を吸って、孵化したの」
私は、起きたことをそのまま話した。一切誇張せず、かといって省略もせず。するとセファルは、何言ってるのかわからないという顔になった。
「えっ?魔力を?孵化?ちょっと待って、意味がわかんないんだけど......」
「......そのままの意味だよ」
「そもそもあの子獣人だよね?獣人って卵から生まれるの!?それも魔力を吸って!?」
「......わからない。けど、そんな話聞いたことないし、シロがイレギュラーなんだと思う」
「まあでも、どうりでヨミノちゃんに似てると思ったよ〜。待って、ってことはヨミノちゃん、ママになったってこと!?」
確かに子供のように思える時もあるが、私は母になるつもりなんてない。そんな話をしていると、リビングのドアが開いた。噂をすれば、シロのご登場だ。しかしシロはセファルのことをちらちらと見ながら、私にくっついてきた。そういえば、臆病なんだった。
「あるじ、この人は誰なの......?」
「この人は——」
「あたし、セファル!よろしくねっ、シロちゃん!」
私の言葉を遮って自己紹介をした。その食いつきっぷりに驚いたのか、シロは余計怖がってしまったようだ。
「......この子、人見知りなの。だから優しくしてあげて」
「ありゃりゃ、ごめんねっ!あたしはヨミノちゃんの友達だから、怖くないよ!」
「あるじのともだち......?」
「そーそー!仲良しってやつよ!」
友達なんぞになった覚えはないが、シロはその言葉で少し安心した素振りを見せた。まあ、シロがいいならそれでいい。
「よろしくね......せふぁ」
「何この子ちょーかわいいっ!ねぇヨミノちゃん、この子お持ち帰りしちゃダメかなっ!?」
「......ダメだから」
ぐぅぅぅ
セファルとシロが打ち解けた頃、お腹の鳴る音が聞こえた。多分、シロのものだろう。
「うぅ、あるじ、お腹空いたの」
「......今日くらいは我慢して。ハナを休ませないとだから」
「二人とも、ご飯作れないの?」
「......おあいにく様」
「なら、あたしが作ってあげようか?」
ふとそんなことを言われ、私とシロは驚く。作れるのか。いや、一人で暮らしているんだからそりゃあ作れるか。
「せふぁ、ほんと!?」
「ふふーん、任せときなよ!」
セファルは自信満々にそう告げると、すぐにキッチンへ向かった。するとなんということだ、材料がみるみるうちに料理に変わっていくではないか。私なら全て灰になって終わるから、実に尊敬できる。そうしてものの数十分で、美味しそうな料理が机に並んだ。
「はいよ!腕によりをかけて作ったから!」
「わぁ、おいしそうなの!いただきますっ!」
「......いただきます」
食べてみると、しっかりと美味しかった。ハナとは味付け方が違い、新鮮な味でいい。シロも気に入ったようで、バクバクと食べていった。
「そんじゃ、あたしはこれで帰るね〜!明日の分まで作っておいたから、あっためて食べなよ!」
なんとも気が利く人なんだろう。この一件を通して、私の中でのセファルの評価が、ぐんと上がった気がする。
「ばいばい、せふぁ!またご飯作ってねっ」
シロもすっかり胃袋を掴まれたようで、元気に見送っている。その後、ハナにも病人用の食事(セファルの手作り)を食べさせた。そしてシロと共に風呂に入った。シロが家に来てから、風呂の時間さえも一人のものではなくなってしまった。残念だが、仕方がない。ハナはベッドで安静にしてもらいたかったので、私とシロは部屋の床で眠った。ハナには止められたが、どうにかこうにか説得したら、しぶしぶ了承してくれた。カーペットがあったのでそこまで寝心地も悪くなく、私はすぐに深い眠りへと誘われたのだった。




