14輪目 過ぎゆく平穏
長い間お休みをいただきまして、ご迷惑をおかけしました。活動報告の方には2.3日と書いたのですが、思ったよりも症状が治らず、5日というブランクが空いてしまいました。申し訳ございません。本日から活動を再開いたしますので、今後ともよろしくお願いします。
結局、眠れないまま夜が明けた。風呂場でやってしまったことへの後悔もあったが、それに加えてあることに悩まされたのが理由だ。それは、シロの寝相がとてつもなく悪いということ。寝息を立て始めてから二時間ほどは普通に眠っていたものの、そこからはもうすごかった。まず、私に抱きついて離れなかった。磁石でもくっついているのかというくらいに。他にも、服や髪を引っ張ったり、私のことを軽く噛んできたりと......それはもう散々だった。そんなのが隣にいて寝れるわけもなく、今こうして朝日を拝んでいる。まあ、バチが当たったと思えば当然のことだろう。たまにはハナより先に起きるのもいいかと思い、起きあがろうとした。しかし、相変わらずがっしりとホールドされてしまっている。起こしてしまうのも悪いし、このままでいるしかなくなった。いつも通り瞑想でもして時間を潰そうか——
「んぅ......あるじ、だいすきなの......」
そんな声が聞こえるのと同時に、私の体への締め付けが強まった。この子は、不思議な子だ。異様に懐いてきたり、こうも私に好感を向けている。「だいすき」なんて言葉、私は生まれて初めて言われた。昨日もそうだ。風呂でのあの言葉は、おそらくシロは私を慰めてくれたんだろう。彼女の首を絞めてしまった、こんな私を。人とは深く関わらない——そう決めていた。ここ最近、その気持ちが揺らいでしまっている気がする。ハナといいシロといい、私の”内側”に入ってくる人間ばかりだ。私はそのことの辛さを、身に沁みて知っている。今はいい。だけど、時が経てばどうなる?ハナと契約した一年が過ぎたら、別れが来る。ありえないことだが、例えそれを惜しんで共に住み続けたとしても、私はこんな体だ。シロのことはわからないが、ハナはだんだんと成長し、やがて老いていく。普通の人間なのだから、当たり前のことだ。けれど私はハナとは違い、一生この姿のまま。私は容姿なんてものは気にならない。しかし彼女はそうとも限らないし、周りの人間の目もある。そして何より——
彼女には、死が訪れる。
死に別れるのは、誰にとっても辛いことだ。先に逝く方も、残された方も、どちらも不幸にしかならない。だから私は、人との関わりを断絶したのだ。他人を傷つけないために。自分自身を、傷つけないために。
「あるじ......?」
声のする方に目を向けると、シロが眠そうに私を見つめていた。いつの間に起きたんだろうか。そんな疑問は、すぐにどうでもよくなった。なぜだか手が心地よいと思っていたら、シロの頭を撫でていたのだ。他でもない私の手が。全くもって無意識だった。いつから撫でていたのかすらわからない。もしかして、私が起こしてしまったんだろうか。
「......これは......違くて。起こしたならごめん」
慌てて手を離す。何をしてるんだろう、私は。
「なんであるじが謝るの?ボク、あるじのなでなで、すきだよ?」
そう言って、シロは無邪気な目でこちらを見つめてくる。そういう問題ではないと思うけれど。本人が良いというのならまあいいのか。
「んん......なんの騒ぎですか......」
そんなことをしていたら、ハナまで起きてしまった。
「......ごめん、起こして」
「ふあぁ......いいですよ、ちょうどもうすぐでいつもの時間ですし」
気づけばいつもハナが起きる時間になっていた。
「あれ、シロも起きてるんですね?」
「うん、あるじがなでなでしてくれてねっ」
「なでなで......?ヨミノさん......」
「......ごほん。ハナ、朝ごはん作るの、手伝うよ」
「大丈夫です。シロにダークマターを食べさせるのは酷なので」
ダークマターとは酷い言われようだ。私だって真剣に料理をしていたのに。
「はな、だーくまたーってなに?」
「いいですか、シロ。ダークマターっていうのは、食べたら死ぬんです」
「しぬの!?」
「......死なないよ。多分」
そんなこんなで全員でリビングに降り、朝食を食べた。結局私は手伝わなかったため、ダークマターではなく美味しい朝食を食べることができた。そして朝食を食べ終わってしばらくして、ハナが出かける準備をしだした。
「......どこか行くの?」
「はい、今日も町に行って来ます」
「......二日続けて行くなんて、珍しいね」
「昨日買おうとしたものがなくて、今日仕入れてくれることになったんです」
「......そうなんだ。行ってらっしゃい」
何を買おうとしたのか気にはなるが、別に重要なことじゃないから聞かなかった。そういえば、シロはどうするんだろう。
「シロも一緒に来ますか?町の皆さんにも紹介してあげたいですし!」
「まち......人いっぱいいるの?」
「はい、皆さんいい人ですよっ」
「人いっぱい、怖いの......ボク、行きたくない.…..」
シロはそう言って、私の背中に隠れてしまった。ハナを初めて見た時もそうだったが、やはり意外と臆病なようだ。
「そうですか......ヨミノさん、ぜっっったいにシロに変なことしないでくださいよ?」
「しないから......」
本当に、私をなんだと思っているんだ。変なことをした覚えなんて一切ないし、することも絶対にないから安心してほしい。
「シロもいい子にしてるんですよ?」
「うんっ、ボクいい子にするよ!」
「ふふっ、それじゃあ行ってきますね」
パタン、とドアが閉じ、シロと二人だけになった。よし、私は寝よう。そしてシロには適当に遊んでもらおう。
「シロは——」
「ボク、あるじと一緒に遊びたいのっ」
......私の一人で寝る計画が、早速ダメになった。断って泣かれても困るし、応じるしか選択肢がない。
「はぁ......わかった、散歩でもしようか......」
「おさんぽ?するするっ、あるじ行こっ」
ぐいぐいと腕を引っ張られて、外に出る。寝巻きのままだが、散歩するだけだし差し支えないだろう。私が前を歩く形で、森の中を歩き始める。そういえば、こうやって散歩するのも久々だな。最近は家でだらけてばかりだったし、シロが居てよかったかもしれない。
「わぁ、緑がいっぱいなのっ」
シロはというと、目をキラキラさせて周りを見回している。相変わらずその尻尾と耳は動いていて、喜んでいるのが分かりやすい。
「あるじみてみてっ、湖なのっ」
しばらく歩くと、湖が見えてきた。湖と言っても、小さな泉のようなものだ。澄んだ水が綺麗だが、特にそれだけだ。だから足を止めずに歩き去ろうとした。すると、
バシャーン!
爆音と共に、水飛沫が上がった。なんだと思って振り返ると——
「ぷはぁっ、あるじ、気持ちいいよっ」
泉から、シロが顔を覗かせた。......どうしよう。シロはびしょ濡れだ。その体はもちろん、ハナが貸している服までもがびしょびしょになっている。どう言い訳をしようか考えていた時だった。
「えっ——」
腕を、引っ張られた。あまりにも唐突過ぎて反応できず、私も泉へダイブした。
「えへへ、あるじもびしょびしょなのっ」
幸いなことに泉はそんなに深くなく、私でも顔が出せるくらいだった。それにしても、やってしまった。私まで全身ずぶ濡れになってしまった。不意打ちとはいえ、反応できなかった私の落ち度だ。うん、正直に謝ろう。
「......シロ、こういうことはしちゃダメだよ」
「そうなの?あるじ、ごめんなさい......」
ちゃんと謝れるところは素直でいいんだが。悪気はないようだし、許して撫でてあげた。
「えへへ、あるじはやっぱり優しいの」
私は別に優しくなんてない。ただ、自分が楽な方を選んでいるだけだ。泉からシロを引き出し、再び歩き出す。結構長く歩いたし、ここらで帰るのがちょうどいいだろう。そう思って引き返す。しかし、違和感を感じた。——森が、静かすぎる。
その違和感と共に、思い出した。この森には元々、魔物が出ることを。そして最近、なぜか魔物たちが出てきていないことを。シロの耳が、微かに動いた。まるで何かを感じ取ったかのように。
——それと同時に、私たちの目の前に巨大な魔物が現れた。




