13輪目 純然たる白
「じゃあ、新たな同居メンバーを祝って、ご飯にしましょうか!張り切っちゃいますよっ」
「ごはんっ!」
ハナはガッツポーズをして意気込んでいて、シロは尻尾を振りながら目を輝かせている。ご飯と聞いて、ふと疑問が浮かんだ。
「......私の魔力を吸って育ったのなら、主食は魔力とかなんじゃないの?」
シロはさっき、私の魔力が美味しかったと言った。吸収するものを選り好みしていたらしいし、魔力の質には個人差のようなものがあるのだろうか。
「うーん?あるじの魔力はすっごく美味しかったけど、今はもう食べれないの」
「......それは、私のに限って?」
「んーん、はなのもなの」
詳しく聞いてみると、どうやら魔力を吸っていたのはあのアーティファクトの中に居た時だけらしい。それもほとんど無意識に行っていたため、仮にできるとしてもやり方がわからないとのことだった。
「シロ、食欲はあるんですか?」
「うんっ、お腹空いてるの!」
「ふふっ、じゃあとびきり美味しいものを作ってあげますからね」
「わぁ、嬉しい......!はな、好きなの!」
シロはハナに向かって明るい笑みを浮かべる。耳はぴょこぴょこと動いており、尻尾は右に揺れている。そういえば、犬は喜んでいる時、こういう仕草をすると聞いたことがある。今のシロは、まるで犬のようだ。
「ヨミノさん、私、もう悔いはないかもしれません......」
どういう顔だ、それは。ハナはなんとも形容し難い、けれど確かに幸せそうな顔で私に言ってきた。
「......何言ってるの。まだ長生きするでしょ」
ハナは、微笑んだ。
「ふふっ、私のこと気にかけてくれてるんですか?」
「......別に」
一瞬の沈黙が訪れた。心地よい、私だけの静かな時間。しかしその沈黙は、なぜだかとても長く感じた。
「はな、ご飯まだ?」
その静寂を破ったのは、無邪気な声。
「あっ、ごめんなさい、今作りますからねっ」
その声を聞いた途端、ハナはキッチンへと向かった。料理ができるのを待っている時間、それは一人になれる貴重なものだ。私はソファに座ったまま目を閉じ、瞑想を——
「あるじっ」
......何か呼ばれた気がしたが、気のせいだろう。せっかくの貴重な時間だ、集中して瞑想しなければ。再び私は、頭の中を空っぽに——
「あるじ、ねんねしてるの?」
頭をぽんぽんと叩かれて、ゆっくりと目を開いた。こんなんじゃ瞑想どころじゃない。
「はぁ......そう、ねんねしてるから、邪魔しないで」
「なら、ボクもあるじとねんねするの!」
冷たくあしらったつもりだが、何一つ効いていないようだ。ところで、一緒にねんねするとはどういう意味だろう。ベッドじゃあるまいし、ソファに一緒に寝るなんてできな——
「えへへ......あるじ、あったかくて柔らかいの......」
「......??」
その行動の意図が、全く理解できなかった。なんとシロは私の太ももに頭を乗せ、ソファに寝転がったのだ。わけがわからないままシロを見下ろしていると、こちらに顔を向けてきた。眠そうなその顔は、どこか楽しんでいるようにも見える。
「......何してるの?」
「一緒にねんねだよ?えっと、ひざまくらって言うのっ」
ひざまくら、なんて言葉は初めて聞いた。こういうのは当たり前のスキンシップなのか?シロが頭を動かす度に、くすぐったくて小さく声を漏らしてしまう。
「あるじ、なでてほしいの」
私は一刻も早くこの行為を終わらせたかったため、おとなしく従うことにする。私の方を見ているシロに向かって手を伸ばし、その頭に手を置いた。そしてその手を、ゆっくりと動かしていく。撫でるとは、確かこういうものだったはずだ。
「んっ......」
シロは幸せそうに目を閉じて、声を漏らしている。なんだこれは。何をやらされているんだ、私は。やっとのことで冷静になり、考えを整理する。そして、無理やりどかすことにしようという結論に至った時だった。
「ヨミノさん、シロ、ご飯できまし......た......」
顔を上げれば、お盆を持ったハナが立っていた。そのお盆は小刻みに震えていて、乗っている皿がカタカタと音を立てている。いつも思うが、どうしてこうもタイミングが悪いんだ。もはや狙っているとしか思えない。
「......ご飯、食べようか」
「いいえ、そこにいてください」
声から圧を感じる気がする。するとハナは、お盆を机に置いてこちらへ向かってきた。また何か言われるのかと構えていると——
床に座って、私の足に寄りかかってきた。
「は」
思わず情けない声が出てしまった。
「え、いや......何してるの?」
「......ください」
「......えっと、何?」
「私のことも撫でてくださいっ!」
「......意味がわからない」
「わからなくていいです、撫でてください」
より一層、声に含まれる圧が強くなった。このままではまずい、ハナが拗ねて面倒なことになる。そうして断れるわけもなく、シロを撫でていた手を離してハナの頭に置く。
「はぁ......これでいい?」
「ありがとうございます、ヨミノさんはやっぱり優しいですねっ。わがまま言ってごめんなさい」
こういうところは素直でいいんだけれど。まあ、強引なところももう慣れたし、それがハナらしいと言えばその通りだ。少しだけ、無言の時間が続く。前々から思っていたが、この子の髪はさらさらで触り心地が良い。ふわふわとしたその髪がなびく度、甘い香りが鼻をくすぐる。って、私は何を考えているんだ。ハナと時間を共にしていくうちに、私にも影響が出ている。人と関わりすぎないと決めたのは、私自身なのに。だが、私が壁を作っても、あの子はその壁を破ってくる。本当に、すごい人間だと思う、ハナは。
「んん〜、いい匂い......」
数分経った頃、シロが起き上がった。大きくあくびをした後、机の上に置いてある料理を見て、すぐに飛びついた。私とハナもそれに続き、テーブルを囲む。
「美味しいのっ!」
パクパクと美味しそうに食べているシロを横目に、私も料理に手をつける。少し冷めているが、それでも悪くない。
「ふふっ、気に入ってくれたようで何よりです」
全ての料理を平らげるまではすぐだった。特にシロがたくさん食べ、ハナもそれを見て嬉しそうだった。
「......ごちそうさま。じゃあ、風呂に入ってくる」
「わかりました。シロは後で私と一緒に入りましょうか?」
「ボク、あるじと一緒じゃないとやだ......」
リビングから出ようとした途端、その言葉を聞いて足が止まる。この流れはまずい——
「む......そうですか、じゃあヨミノさん、一緒に入ってきてください」
ハナは不服そうにそう言ってきた。不服なのは私の方だ。今度こそ絶対に断ろう。
「......悪いけど、私は一人で入るから」
ため息と共に言い放ち、二人に背を向ける。これでいいだろう、流石のシロも諦め——
「あるじ......ボクと一緒、やなの......?」
背中越しに、泣きそうな声が聞こえてきた。というか、もはや泣いているであろう声が。
「......嫌ってわけじゃなくて、私は——」
「ヨミノさん」
「......はい」
こうして今、私は風呂にいる。それも、シロと一緒に。私には出会った人と風呂に入らなきゃいけない呪いでもかかっているのかと思うほどだ。
「えへへ......あるじ、ありがとねっ」
「......別に。ほら、脱いで」
「あるじにやってほしいの!」
シロは万歳の姿勢で待っている。呆れつつも、言われた通りに脱がせてあげた。すると、髪の色に似合う白い肌が露わになった。さっきは気にしていなかったが、こうして見ると、耳と尻尾以外は普通の人間と変わりない。獣人とは不思議なものだ。シロを脱がせた後は私も服を脱ぎ、風呂場へ入る。
「......お湯、熱くない?」
シャワーを浴びせながら、シロに問いかける。
「あったかくて気持ちいいのっ」
それならいい。私はシロの髪に触れ、ゴシゴシと洗う。その髪の色、質までもが私と似ている。そのため、まるで自分に子供ができたかのように感じてしまう。そんなことはありえないが。
「あるじ、あわあわなの」
シャンプーで立った泡で、はしゃいでいる。そんな無邪気な様子を見ると、ますます子供に思えてくる。そういえば、人のことを洗ってあげるなんて初めてだ。ハナと入った日は、私が洗ってもらうだけだったし。
「......はい、終わったよ」
「あるじ、ありがと!大好きなのっ!」
大好き——か。この子はきっと、私が不老不死であることを告げても、変わらず接してくれるだろう。ハナと同じように。
「......お湯、入るよ」
体も洗い終えて、お湯に浸かる。シロは相変わらず私の側を離れない。
「......ねぇ、シロ」
「うん?あるじ、どうしたの?」
「......不老不死って、どう思う?」
何故だかわからない。気づいたら、そう口にしていた。言うのが嫌なわけじゃないが、わざわざ言う必要もないのに。
「それって、あるじのこと?」
「えっ......」
——どうしてそれを。ハナが言ったのか?いや、ハナと二人になる時間なんてなかった。
「......なんで、知ってるの?」
「あるじの魔力を吸ってた時にね、ボクに流れ込んできたの」
...驚いた。人の魔力を吸収したら情報まで入り込んでくるなんて、初耳だ。どういうことなのだろう。まさか記憶も——
「だからね、ボクは知ってるの。あるじが、すっごく辛い思いをしてきたことも」
私の、忘れたくても忘れられない記憶。二度と触れたくもない、誰にも知られたくない、昔の記憶。それを、この子は持っているのか。胸がざわついた。触れられたくない記憶が、意識の底から黒く滲み出てくる。
無意識に、手が出ていた。
その手が向かった先は——シロの首。
「あるじ......?うくっ......!」
苦しそうな嗚咽を聞き、我に返った。慌てて手を離す。私は、なんてことをしてしまったんだ。
「ごめん、シロ......ごめん」
私は許されないことをしてしまった。この手で人を傷つけてしまった。手が震えている。やはり私は——
「けほっ......あるじ、大丈夫なの。ボクがあるじを支えるからっ。あるじはもうひとりじゃないから!ボクも、はなもいるのっ!だから、もう怖くないよ」
シロは、私を胸に抱き寄せた。いろいろなことが頭を巡ったが、何も言えなかった。だから私は、シロに体重を預けた。シロはその間ずっと、私のことを抱きしめてくれていた。そして、心臓の鼓動が聞こえた。これがシロのものか、はたまた私のものかはわからない。けれどその鼓動は、だんだんと私を落ち着かせていった。
どれくらいの時間が経っただろうか。実際はほんの数分なのだろうが、体感では相当な時間が経った。やっとのことで体を起こし、シロに向き合う。
「......ありがとう、シロ」
「あるじが元気になってよかったの!」
その無邪気な笑みを見ると、胸が少し苦しくなる。これは、なんなんだろう。さっきの罪悪感なのだろうか。
「......上がろうか」
風呂から上がり、私たちはやるべきことを済ませた。一日が終わろうとしている。
「ベッド、三人で寝れますかね?」
「......私はソファでいいけれど」
「あるじがソファなら、ボクも!」
「ダメですよっ!多分いけますって!」
二人でもまあまあ狭かったのだから、三人なんて寝れるわけがない。そう思っていたのだが、いざ寝転んでみると、案外収まることができた。
「それじゃあ、おやすまなさい」
「おやすみなの......」
しばらくして、両隣から静かな寝息が聞こえてきた。かく言う私は、寝ようにも寝れずにいた。風呂での出来事が、脳裏によぎる。そんなの私らしくない。だから、気にしないつもりだった。だけどどうしても、シロの首を絞めたこの手に残る感覚が、頭から離れなかった......。
昨日、投稿ができなくて申し訳ありませんでした。明日の投稿は変わらずにする予定ですので、どうぞよろしくお願いします。




