12輪目 新たな仲間
「......あるじ?」
目の前にいる獣人の少女は、私を見つめてそう言った。『あるじ』とは私のことだろうか。それ以外いないしそうなんだろうが......状況を整理しよう。私の魔力を吸って大きくなっていったアーティファクト。ただの石かと思っていたそれは、なんと中から獣人が出てきたではないか。そうか、このアーティファクトは獣人の卵だったのか。
——なんてなるわけがない。獣人は希少な種族で、私もそんなに見たことはない。そもそもなんだ、獣人というのは卵から生まれるものなのか?しかも魔力を糧にして育つなんて、見たことも聞いたこともない。というか、魔力を吸って大きくなるのなら、なんで今まで大きくならなかったのか。生物は皆、多少なりとも魔力を持っている。くじ引き屋の店主だってそうだ。なのになぜ私の手に渡った途端に成長し始めたのか。それに——衣服を身につけていない。生まれたばかりだというのなら当然なのだろうが、色々とまずい状況な気がする。聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず家に上げて——。
「あるじーっ!」
「......えっ、ちょっ——」
その獣人はこちらに駆けてきて、私に抱きついてきた。あまりに突然のことで反応しきれず、押し倒されてしまう。獣人なだけあって、力は強い。私でも振り解くことができるか怪しいくらいだ。体重は軽いが、その腕力で締め上げられて息が詰まる。獣人に絞め殺されるという死に方は試したことがないし、もういっそのことこのまま締め上げて殺してみて欲しい。おそらく死なないだろうけど。
「えへへ.....あるじ......!」
私に抱きつきながら、私の胸にすりすりと頭を擦り付けている。......懐いているのだろうか?ハナで手一杯なのだからそれだけはやめてほしい。そして離れてくれと言おうとした瞬間だった。
ドサッ
後ろから、何かが落ちる音がした。まさか——
「ヨミノさん......」
いつも嫌というほど聞いている、ふわふわとした声。しかしその声には、おそらく軽蔑の念がこもっているのであろう。いつもよりトーンが低い。なんとか振り向いて後ろを見ると、案の定ハナがいた。呆然とこちらを見ているハナは、思った通り蔑みの目を向けていた。
「......ハナ、一旦話を聞いて。あなたも、離れて」
「なんでっ?あるじ、いい匂いだから離れたくない......」
「『あるじ』......?ヨミノさん、人にはいろいろな趣味があっていいとは思いますけど、流石にこれはちょっと......いやでも、これでヨミノさんが生きたいと思ってくれるのなら......?」
「......勘違いしないで。全くもって違うから」
「じゃあどうしてこの子は裸なんですか!」
「......詳しいことは、中で話すよ」
この状況はまずいと思い、とりあえず家に入ろうとする。しかし——
「あるじ、この人だれ?」
立とうとすると、私の服がぎゅっと握られる。その手は少し震えていた。獣人は皆、好奇心旺盛で好戦的だと思っていたが、意外と臆病なのだろうか。
「......それも含めて話すから、とりあえず家に入ろう」
その後なんとか家に入り、少女に服を着せてから、リビングの机を囲むように座った。少女は私にぴったりくっついてきて、私の膝の上に乗っている。私とそんなに身長が変わらないため、前この一連の流れのせいで、ハナはなぜだかご立腹のようだ。
「さて、説明してもらいましょうか」
「......この子は、あのアーティファクトから出てきたの」
「あのアーティファクトって......あの石ですよね?でも、私が家を出る時にはまだあったじゃないですか!」
「......さっき、庭になかったでしょ?」
「うーん、確かになかったような......ていうか、そもそも獣人ってそんな感じで生まれるんですか!?」
それは私も気になるが、何もわからない。でもそうなっているのが現実だ。よし、ハナの方はなんとかなりそうだ。あとは......
「ボクはね、あるじの魔力を吸って育ったの!」
問題はこの少女だ。色々とわからないことがある。それはハナも同じだろう。
「......じゃあその見た目は、私譲りなの?」
私の目と鼻の先にある真っ白な髪、そして純白の瞳。獣人の象徴たる耳と尻尾以外は、明らかに私と似ていた。しかし私とは違い、この子の瞳には光がある。
「そうなの!えへへ、あるじとお揃いだよ!」
「......というか、なんで私なの?私が手にする前も、色々な人の魔力があったはずでしょ?」
「それはね......あるじの魔力が、あったかくて、とっても美味しかったから!」
魔力にあったかいも美味しいもあるのだろうか。けれど生まれてきた本人がそう言っているのだし、そういうものなのだと思っておくことにしよう。
「あの、獣人ってみんなそういうふうに生まれるんですか?」
私も疑問に思っていたことを、ハナが聞いてくれた。
「......」
しかし、一向に答えは返ってこない。
「えっと、あの〜?大丈夫ですか?」
ハナが再び問いかけるが、無言のまま。ハナは何が起きてるのかわからず困惑している。
「......どうしたの?」
「うん?あるじ、どうかした?」
私が呼びかけると、一瞬で反応した。その出来事に、ハナは余計困惑しているようだ。
「......ハナの質問、私も気になるんだけど」
「はな......?」
「あぁ......ハナっていうのは、今目の前に座ってる人で、私と一緒にこの家に住んでる」
「よろしくお願いしますねっ」
ハナが微笑みかけると、恐る恐るハナを見つめる。
「怖い人じゃ、ないの?」
「......怖い人じゃないよ」
「あるじがそう言うなら、信じる......!」
「よろしくなの、はな......」
まだ少し怖がっているようだが、今度はちゃんと挨拶した。
「よ、ヨミノさん」
「......?」
「この子、すっごくかわいいですっ!」
相変わらず、ハナはハナのままだった。さっきまでご立腹だったものを、すぐに手のひら返しだ。でもまあ確かにハナとは違って聞き分けがいいし、可愛げはある。
「ヨミノさん、今失礼なこと考えませんでした?」
「......気のせいだよ。それで、さっきの続きだけど、質問に答えられる?」
「獣人がみんなこんな生まれ方をするのかって話だよねっ?」
そう聞かれ、こくんと頷く。すると今度はちゃんと話し始めてくれた。さっきは多分、得体の知れないハナのことが怖かったのだろう。
「ボクも、よくわからないの......暗くて狭いところにいて、怖くて寂しくて......そんな時にね、あるじの魔力を感じたんだよ!」
今の言葉で大体わかった。多分、獣人が皆このような生まれ方をするのではなく、この子がイレギュラーなんだろう、と。
「記憶はあるの?」
「ないの......でも、言葉とか、体の使い方とかは覚えてて、よくわからないの......」
まだまだ謎は深まるばかりだが、とりあえずこの状況が普通じゃないことは理解した。この子の処遇はどうするべきか——。
「ヨミノさん、この子、どうするつもりですか?」
「......どうするも何も、誰かに預けるしかないんじゃないかな」
そう言った瞬間、少女の体がビクリと震えた。
何か言いたげに口を開きかけ——閉じる。
そして、ぽつりと。
「え......」
ものすごく痛々しい声が聞こえてきた。今にも泣きそうな、か細い声。
「あるじ......ボク、あるじと一緒じゃないといやなの......お願い、捨てないで......」
ついにはポロポロと涙を流してしまった。やめてくれ、そんなことをされたら、あるはずのない「心」が痛んでしまう気がするではないか。
「ヨミノさん!こんなにも可愛い子を泣かせるなんて最低ですよ!?」
「......じゃあどうしろと」
「一緒に住みましょうよ!」
「......えっ」
「一人増えたくらいじゃ変わんないですし、それに、絶対もっと楽しくなりますよ!」
勘弁して欲しい。私はうるさいのが嫌いなんだ。これ以上増えたら面倒にも程があるだろう。
「いや、それは流石に」
「ヨミノさん、女の子を泣かせるのは」
「......わかった、わかったから。私が悪かった。あなたも......ごめん」
「あるじと、一緒に住む......?いいの......?」
「.....別に、いいよ」
そう言った途端、目に見えて表情を明るくした。そして今日何度目かわからない抱擁をされる。
「あるじっ......!大好きなの!」
「あぁーっ!ヨミノさんばっかりずるいです!提案したのは私ですよ!?」
これはまた、一段とうるさくなりそうだ。
「......そういえば、名前、ないの?」
抱きつかれたまま、少女に問いかける。すると、首を横に振って否定した。
「うん、ないの」
「じゃあせっかくですし、つけちゃいましょうよ!ほらほらヨミノさんっ」
「あるじ、ボクに名前、つけてくれるのっ?」
「......そう言われても、私にネーミングセンスなんてものは」
「いいですから!この子もヨミノさんに付けて欲しそうですよ?」
少女を見ると、期待の眼差しで私を見つめていた。そんな目をされたら、断るに断りきれない。
「......シロ」
「あの、まさか髪の毛が白いからとかじゃないですよね??違いますよねっ?」
......図星だ。だけどそれの何が悪い。ネーミングセンスがなくてもいいと言ったのはハナの方だろう。それにしたって適当だったかもしれない、流石に考え直そうかと思った時——
「しろ......えへへ、しろ!」
その少女——もといシロは、すごく嬉しそうに微笑んでいる。
「えっ、気に入ったんですか!?嘘でしょう!?」
「......まぁ、気に入ってくれたならいいでしょ」
納得できなさそうな顔をしているハナ、嬉しそうに私に抱きついているシロ。私達の同居生活に、新たなメンバーが加わったのであった。




