11輪目 変化の起点
祭りを終えてから、一ヶ月が経った。あの日からずっと、私は二つの悩みに頭を抱えている。一つは、花火の音にかき消されてしまった、ハナの言葉。あの時ハナがなんて言ったのか、私はいまだにわかっていない。気にしないつもりだったが、どうしても気になってしまっていた。
「考えてても仕方ないか......」
ソファでごろごろとしながら、ため息をつく。ハナは変わらず元気だし、あれ以来あんな表情は一回も見ていない。だから単に私の思い過ごしだったのかもしれない。そう何度も言い聞かせてきたが、どうにも納得できなくて、今こうして悩んでいるというわけだ。
「あっ、ここにいたんですね!」
噂をすれば、ご本人が来た。言い方的に私を探していたのだろう。
「......どうかしたの?」
「ちょっと来てほしくて......」
「......わかった」
困ったように眉を下げているハナを見て、あれのことだろうと察した。面倒だが、ため息を一つ吐き、重たい足を動かしてその背中を追う。
そうして向かったのは、家の外。昨日雨が降ったため、花壇に植えてある花に水滴がついている。それが日光に照らされて輝き、綺麗だなと思う。そしてもう一つ、異質なものが目に入った。その異質なものとは——大きな石だ。この家に来た当初にはそこになかった、明らかに場違いな石。その大きさは、私よりも大きい。
そう、これが私のもう一つの悩みだ。
「......また大きくなった?」
「そうなんです!もう私の身長に追いつくんじゃないかってくらいで......」
ことの発端は、あの祭りだ。あの日、ハナが不正を暴いて手に入れた一等の景品——アーティファクト。手に入れた当初は手と同じくらいのサイズだったため、部屋に飾っていたのだが、それがどうしてこうなったのか。少し前に記憶を遡る——
「......ほんと、なんなんだろう、これ」
机の上に置いてある石を眺めながら、つぶやいた。ハナがくじ引きで当ててから、とりあえず飾ってみたはいいものの、特に何もない。微かに魔力を発してはいるが、それだけだ。見た目はただの石だから飾り物にもならないし、かと言って使い道があるわけでもない。セファルがある程度町の人に聞いてくれたらしいが、知ってる人はいなかった。
「ヨミノさん、大丈夫ですか?」
「......うん」
ハナが部屋に入ってくる。大丈夫か、とは私の体調を案じてのことだろう。祭りが終わってから三日が経ったが、ずっと不調が続いているのだ。疲労が溜まっているのかとも思ったが、それにしては全く回復しない。しかし好転はしないが、かと言って悪化もしていない。一定の不調が続いてるのだ。それも少しだるい程度なので、耐えようと思えばいくらでも耐えられる。しかし、長く生きてきてこんなこと初めてだから、少し驚いた。
「それならよかったです。......あれ?」
「......どうかした?」
「この石、ちょっと大きくなってませんか?」
ついにハナもおかしくなってしまったか。石が大きくなるなんてそんなわけ——
「......ほんとだ」
確かに少し大きくなっていた。手のひらサイズだったものが、一回りほど大きくなっている。そして放っている魔力も、少し多くなっているような気がする。
「見れば見るほどよくわかりませんね、このアーティファクト......」
その当時はまあ不思議だな程度にしか思っていなかったのだが、それから一週間が経ち——
部屋に置いておくと邪魔になるサイズまで大きくなった。この後も大きくなりそうだったため、部屋ではなく庭に移動させた。そして私はというと、相変わらず不調のまま。ここまで治らないのは流石に心配だからと、ハナが町から医者を呼んできた。
「魔力の枯渇が原因ですね」
医者にそう告げられた。魔力の枯渇と言われても、全く身に覚えがない。そもそも私は魔法を使わないし、魔力なんてものとは縁がないとすら思っていたのだが。
「......魔法、使わないけど」
「いえ、これは魔法による消耗と言うより......継続的に何かに魔力を吸われてる、と言った方が正しいですね。少しずつではありますが、今も魔力が溢れていますよ」
そう言われて、ようやくハッと気づく。あのアーティファクトが放つ魔力が日に日に強くなっていること、そして私の不調が始まったのが、あれを手に入れてからだということ。
「何か心当たりがありましたか?」
「......こっち、来て」
医者をアーティファクトの元へ案内すると、納得したように声を上げた。
「間違いありませんね、これが原因です。これはなんですか?」
「......アーティファクト。使い方はわからない。......治る?」
アーティファクトという言葉を口にすると、医者は驚いた顔をした。
「アーティファクトでしたか、なるほど。申し訳ありません、このような物を見るのは初めてでして......」
「……壊したら治る?」
「治る可能性はありますが……私は推奨できませんね。何が起きるかわかりませんし、それに、このアーティファクトからは悪い気は感じません。もしかしたら、いいことがあるかもしれませんよ」
冗談なのか本気なのか、くすくすと笑いながらそんなことを言ってくる。それにて診察が終わり、医者が立ち去った。
それからハナと相談し、とりあえず放っておくことにした。私は少しだるいくらいどうだっていいし、医者の言うことを信じてみることにしたのだった——。
「じゃあ私、買い物に行ってきますね。平気ですか?」
「......うん、いってらっしゃい」
ハナを見送って、私も家に入った。そしてソファの上に寝そべり、眠りについた。
目を覚ますと夕方になっていた。ずっと家の中にいるのもあれなので、空気を吸おうと家の外に出る。深呼吸をし、心を整えた後家に戻ろうとすると——
ピキッ
庭の方から、音が聞こえた。魔物かもしれないと警戒をするが、視界には何もいないし気配も感じない。そこにはただアーティファクトがあるだけだ。なんとなく近づいて見てみると、微かにヒビが入っていたのが見えた。
「……なにこれ?」
ハナと見た時はこんなものなかったから、確実に今ヒビが入ったのであろう。どういう状況か掴めずにいると、再び音が鳴った。それと共に、ヒビが少し大きくなる。私はその光景から目を離せなかった。まるで、卵から何かが孵ろうとしているみたいで。しばらく見つめていると、もうすぐ割れそうなのではないかというところまでヒビが広がった。何か出てくる——そんな予感がする。得体の知れない警戒心と、それと同時に興味が湧き上がってくる。
パキンッ
完全にヒビが入り、瞬間、その場が光に包まれた。やがて光が収まって、目に飛び込んできたのは——獣の耳に尻尾が特徴の、獣人の少女だった。私に似た純白の瞳がゆっくりと私を見上げ、口を開く。
「……あるじ?」
私はその姿を見ながら、呆然と立ち尽くしていた。




