10輪目 祭囃子の響く町(後編)
セファルの家を出ると、すでに祭りが始まっていたのか、道にあった店が全て見慣れないものに変わっていた。変わった食べ物やゲームなど、普通では見ないような店になっている。
「おふたりとも、楽しみましょうね!」
ハナは楽しそうにはしゃいでいる。周りを見ると多くの人で賑わっていて、色々な声が飛び交っている。商いをする声、笑い声、駄々をこねている子供の声——全てが鬱陶しくて、けれど案外悪い気はしなくて。
「まずは色々やってみよーよ!あっちに色々あるし!」
「いいですね!ヨミノさんはどうですか?」
「......私はなんでも」
「よーし、それじゃああっちの方へ行ってみよ〜!」
最初に立ち寄ったのは、射的という名前の店。ルールはコルク銃を用いて景品を倒したら、倒したものを貰えるらしい。順番を話し合ったところ、ハナ、私、セファルの順でやることになった。
「あのクマさんのぬいぐるみがほしいですっ!」
ハナはそう言って、手と同じくらいの大きさの熊のぬいぐるみを狙った。ハナが引き金を引くと、パンッという乾いた射撃音が鳴り響く。しかし倒れるどころか当たりすらせず、ハナの番はあっという間に終わってしまった。
「やっぱり難しいです......」
構えがダメだな。見ていてそう思った。あんな構えでは狙ったところに弾が飛ぶはずがない。私は長く生きているから、ほとんどの武器は使ったことがある。それで一番手に馴染んだのが短剣なだけであって、銃も多分使えるだろう。記憶はほとんどないが、体は覚えているはず。そう思い、銃を構える。狙いを定め——外した。まあ久々だし仕方ない。冷静に二発目を撃つが、またも外れる。そして気づいた頃には全て撃ち切っていた。そういえばと、私は銃だけは使えなかったことを思い出す。構えは完璧なはずのだが、全く当たらないのだ。
「ヨミノさんってなんでもできるイメージでしたけど......苦手なこともあるんですねっ」
「......別に、銃が言うことを聞かないだけだから」
「へぇ〜、ヨミノちゃんでも言い訳するんだね?意外〜!」
セファルに煽られた気がしたのでじろりと睨む。するとニヤニヤしながらこちらを見てきた。
「ふふん、まあ見てなって!あたしがお手本を見せてやんよ!」
どうせ口だけだろう。そう思っていたのだが——
「......えっ」
あろうことか一発で命中し、ぬいぐるみを倒した。
「じゃんじゃんいっちゃうよ〜!」
二発目、三発目と当てていき、次々と景品を倒していく。四発目は外したが、最後の一発もきちんと当たっていた。
「へへん、どんなもんよ!」
......驚いた。セファルにこんな才能があったとは。普通に尊敬、とまではいかないが、それでもすごい。すると、私とハナに花型のストラップを見せてきた。どうやらさっき撃ち落とした景品のようだ。
「なんか色違いのやつがあったからさ、お揃いでつけよ!」
「わぁ、いいんですか!?」
「もちろんよ!」
くれるというのなら、ありがたく貰っておこう。そう思って手を差し出すのだが、セファルは私の手なんて気にも止めずに、私のバッグにそれを付けた。
「ヨミノちゃん、どうせ付けないつもりだったでしょ?」
バレていたか。正直なところ、受け取ったらバッグにしまっておくつもりだった。
「......なんでわかったの?」
「えぇ〜?」
一拍置いてから、セファルは悪戯っぽく笑う。
「なんとなく〜!」
「ふふっ、ヨミノさんとの二つ目のお揃い、嬉しいです!」
「待ってあたしは!?あたしとのおそろは嬉しくないの!?」
「もちろん嬉しいですよ?」
「あぁもう、ハナちゃんのその素直なところが大好きぃ!」
またもやセファルがハナに抱きついている。この二人はどこで何をしてもいちゃつきだすから、いたたまれない。私はなんとも言えない気持ちになりながら、歩き出した。
次に行ったのは、くじ引き。これは私もよく知っている、全てが運で決まるものだ。店主は別の町から来たらしく、景品にはこの町ではあまり見ないようなものばかりが揃っている。
「一等はアーティファクトだってよ!?」
「......嘘くさい」
確かにそう書いてある。アーティファクトは、私でもあまり見たことのないレアモノだ。しかしその質にピンからキリまであるとはいえ、こんな祭りにそんなものがあっていいのだろうか。それに、アーティファクトの詳細が何も書いてない。怪しすぎるだろう。
「こんなのやってみるしかないでしょ!」
セファルはノリノリでくじを引いた。しかし引いた紙切れには、手書きでハズレと書かれていた。
「うぅ、もう一回!」
またもや引くが、ハズレ。ハズレは何も貰えないため、ただただセファルのお金が消えていく。
「お願い当たって!」
三枚目、ハズレ。確率的には十分あり得るが、私はなんとなく気づいていた。これ、当たりなんて入ってないと。
「無念......」
セファルがガクンと肩を落とす。するとハナが近寄り、何か耳打ちをした。そしてセファルからハズレの紙を一枚受け取り、しゃがんで何かゴソゴソとやっている。そして立ち上がったかと思えば、何か企んでいるような笑みを浮かべていた。
「私も引きます!」
「......やめておいた方がいいよ。あれは......」
「大丈夫です、ヨミノさん!私には策がありますので!」
多分当たりは入っていないと忠告しようとしたら、言葉を遮られた。策とはなんのことだろう。くじ引きに策も何もないと思うのだが。そんな心配もよそに、ハナはくじを引いた。
「わぁ!見てください、一等です!」
あまりの衝撃に、驚いて固まる。
「なんだって!?不正だ!そんなはず......」
その店主の言葉を、私は聞き逃さなかった。それはセファルも同様のようで、同時に店主に詰め寄る。
「......そんなはずって、何?」
「当たりが入ってるはずないってことですかぁ?」
「そ、それは......」
二人して睨みつけると、ただならぬその圧に屈したのか、当たりが入っていないことを白状した。一等はあげるからどうか見逃してくれと言われたので、それに加えて他の人が被害を受けないためにちゃんと当たりを入れるよう仕向けさせた。
「ハナちゃんすごいね!どうやったの?」
「ふふっ、あの人、嘘をついているような気がしたので、ハズレの紙を書き直したんです」
ハナは小声で仕掛けを教えてくれた。なるほど、さっき何かしていたのは、それだったのか。
「どうぞ、アーティファクトです......!」
そう言って景品を渡されたのだが——
「えっと......石、ですかね?」
「石っぽいね......あんたさ、ふざけてんの!?これのどこがアーティファクトなのよ!?」
渡されたそれは、どこからどう見ても手のひらサイズの石だった。
「わ、私もあまり知らない!信頼できる商人から高額で買ったもので、本物には違いないんだが......使い方が全くわからないんだ!」
「そんなもの景品にするなんてあり得ないんですけど!?」
セファルはすっかりご立腹のようで、店主に怒っている。まあ騙された挙句、貰ったものが本物かどうかすら怪しいアーティファクトだなんて、誰でも怒るだろう。でもこんな祭りに出てるようなアーティファクトが、信頼できるものじゃないことなんて予想はできていたことだ。
「まあまあセファルさん、私はこれでいいですから」
「ハナちゃんがそう言うならいいけど......」
ハナがなだめると、ようやく落ち着いたようで、店を後にする。
「それにしても......なんでしょうね、これ?」
「どーせ偽物でしょ?はぁ、せっかく生でアーティファクトが見れると思ってたのに!」
「......多分、本物ではあるよ。ほんの少しだけど、魔力を感じるから」
ただの石が魔力を放つなんてことはあり得ないし、特別なものであるのには違いない。
「えっ、そうなの!?」「そうなんですか!?」
二人が同時に反応する。
「......使い方がわからない限りは、何もできないけどね」
「うーん、とりあえず家に飾っておくことにしましょう」
それから、色々な店を巡った。食べ物を買って食べたり、知らないゲームをやったりしていたら、空はすっかり暗くなっていた。吊るされているランタンが、淡く光って町中を照らしている。その光景が少しだけ美しく思えて儚んでいると、セファルが視界に割り込んできた。
「......何?そんな満面の笑みで」
「ヨミノちゃんは今日一日、楽しかったかなーって!」
こんなにも能天気なセファルだが、こういうところは気にかけてくれる。胸の奥で何かが小さく波打った。でも、それが何なのかはまだわからない。
「......まぁ、悪くはなかった」
「何そのパッとしない答え!?」
「セファルさん、ヨミノさんの『悪くなかった』は、すごくよかったって意味ですよ!」
断じて違う。何事に対しても、すごくいいなんて思ったことなんてない。
「なるほどね、ヨミノちゃんはツンデレってわけか!」
「......その言葉の意味はわからないけど、多分絶対に違う」
歩きながら、二人は楽しそうに笑っている。二人が楽しそうで何よりだ。ふとそんなことを考えていて、自分でも驚いた。今まで人との関わりに全く縁がなかった私が、他人のことを考えるなんて。この一ヶ月で、色々変わった気がする。私にとってほんの一瞬に過ぎない、一ヶ月という期間。だけどその僅かな期間で、少しとはいえ、ハナは私を変えた。まるで何か不思議な力でもあるみたいだ。
「ヨミノさん?どうかしましたか?」
ハナに呼ばれ、現実に引き戻される。
「......なんでもない」
歩いているうちに、少し開けた場所に出ていたようだ。そこで、前を歩いていた二人が立ち止まった。
「......?ここで何かあるの?」
見たところ、周りには店どころか、灯りもあまりない。
「見てごらん、空、綺麗でしょ?」
空を指した指を追うように、視線を空に移す。真っ暗な夜空には、明るい星が点々と輝いている。けれどそれ自体見慣れたものだし、別にわざわざ見るほどのものでは——
ドンッ
空に、大きな花が咲いた。そしてそれは、一瞬にして消えてしまった。
「わぁ!綺麗ですねっ!」
「ふふふ、これぞ祭りの醍醐味、終わり間際の花火!」
「綺麗......」
無意識につぶやいていた。そして再び、花火が打ち上がる。綺麗に咲き、またも一瞬で消える。その光景に、私は目を奪われた。普段ならただうるさくて嫌なはずなのに、それがとても美しく見えて。
「おっ、ヨミノちゃんも気に入ってくれたみたいでよかったよ!」
「ふふっ、夢中で見てますね」
「まだ花火は続くし......うっ......あたしってばこんな時に......ごめん!ちょっと席外すから二人で見てて!」
少し青ざめた顔をしながら走っていった。多分トイレにでも行きたくなったんだろう。そして、ハナと二人きりになった。いつもと同じ状況だが、浴衣姿だからか、少し違う感覚がある。
「ヨミノさん、少しは生きたいと思ってくれましたか?」
「......まだ、変わらないよ」
「うーんそうですか、残念......」
短い会話をして、少しの間無言で花火を見る。
「来年も、見たいな......」
「......来年も見に来ればいいんじゃない?」
ハナがつぶやいたその言葉に、純粋な疑問を投げかけた。すると予想していなかったのか少し驚いた顔をして、すぐに微笑んだ。
「ふふっ、そうですね」
「あの......ヨミノさん」
私を呼んだその声は、どこか寂しげのある声だった。気づけば花火はもう上がっておらず、あたりは静けさに包まれていた。
「......何?」
「......私——」
ドンッ!!
ハナの口が、小さく動いた。それと同時に一番大きな花火が上がり、その声はかき消されてしまった。
「......ごめん、聞こえなかったからもう一回......」
「ごめんなさい、なんでもないです!」
慌てて言葉を被せてきたハナは、いつものように笑顔を浮かべている。けれど、その笑顔がなぜか痛々しく見えた。
「でも——」
言いかけて、止まる。出会った時に余計な詮索はしないと決めたのは、他でもない私だ。何をしているんだ、本当に。
「......うん、わかった」
「ごめんお待たせー!あれっ、もう花火終わっちゃった!?」
「そうですよ、最後にすごく大きいのが一発上がったんです!」
セファルが戻ってきて、賑やかな空間が再び訪れる。さっきまでとは違い、いつも通りのハナだ。私の単なる思い過ごしだったのだろうか。気のせいだと思うことにし、祭りは無事終わった。帰路に着く途中も、綺麗な花火と、あの時のハナの表情が、脳裏にこびりついて離れなかったのだった。
今回も投稿が遅くなってしまい、申し訳ありません。多忙のため次回の更新は少し期間を空け、金曜日とさせていただきます。ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いします。




