ダブルマザーグース
「うぅ~ん…」
スマホのアラームを止め、私、上田雅子は学校の準備をはじめる。私は決してどっかの少女漫画のような食パンかじりながら遅刻回避のためにガチダッシュする、というようなことはない。
ゆっくり朝食を食べて、バスに乗り学校に出かける。
私の学校生活は、このように始まる、平穏な一日の繰り返し…アレがなければ。
私立偉雰高校。県の中では有数の進学校であるが、全国でみると埋もれてしまう、そんなThe・ローカル進学校である。
「おっはよ〜」
「あぁ、おはよ〜!」
この子は私の友達の大西宇子。小学校から一緒で、休日も時々一緒にコスメとかを買いに行く仲。高校では私の心の支えである。しかし問題なのは…
「おはよ〜雅子!今日もいい朝だね!こんな日には雅子の乳揉みたくなっちゃうよ!」
こいつは同じクラスの山口正美。ラフな着こなしのいわゆる「ギャル」という種族だ。見た目どおり性にもガバガバで、某校長レベルで同性に股を開かせたという噂も。
「またこいつ下ネタ言ってるよ」と宇子。
「えぇ~別にいいじゃ~ん下ネタくらい挨拶でしょ?えぇ?もしかして今日アノ日だからイライラしてんのぉ?」
「…ほんっとうざい」私はため息をついた。
◆◇◆◇◆
「お、もう時間か。じゃあ日直の大西。あいさつ頼む」「はい。起立、礼。」
「「ありがとうございました〜」」
「ねぇねぇ雅子〜、うちに古文教えてくんな〜い?お代はもちろんカ♥ラ♥ダで払うからさぁ…♥」
「却下」
「あ~んウソウソ♥数学教えてあげるよ」
「…なんでアンタそんなナリして数学学年1位なのよまじで…まぁ、わかった。私も数学自信ないし、今日の放課後くらい勉強会やりましょう…」
「…!勉強会!?私も来ていい!?」そう言いに来たのは宇子。
「…宇子!うんっ!全然いいよっ!逆に2人だったら気まずくなってただろうから、助かったよ〜!」
「…ってなんでうち無視して話進んでるんだよっ!まあ全然いいけどっ!」
そう言っていた正美だが、影で舌なめずりしていたのは誰も見ていなかった。
◆◇◆◇◆
「よ〜っしじゃあ勉強会始めますかぁ!」
「イェーイ!」「ちょっと宇子、こいつのテンションに合わせたらすぐ充電切れするよ」
なんやかんやで始まった勉強会、順風満帆に進んでいた。すると、
「ごめん私お腹痛い…」「大丈夫宇子!?」
「ごめん一旦トイレ行くね…」
「…うんっ!」「いってら〜」
宇子はトイレに行った。
………………………………………………………………………………………………
「ねぇ、なんで沈黙してんの〜?」
「…アンタと話しててもメリットないからよ」
「ふ〜〜~~ん……」
そう意味深げに言った正美。私に近づく。
「ねぇ…今まで雅子に言ってきたセクハラ発言さぁ…」
「セクハラの自覚あるんかい」
「あはっ、コレは失言☆…その発言が…
私の本心が露呈しただけだって言ったら…どうする…?」
「…は?どうするっ…て!?」
唇に温かいものが当たる。私は何も考えられない。
何秒経っただろうか。正美は私の唇から自分の唇を離した。
「続き…する?私は…したい…な」
いつもの態度とはちがってトロンとした目で言う。
「…………………………」私は何も考えられず、ただ黙るだけ…
そんな私に正美は手を伸ばそうとして…
「ごめーん、復活したよー!」「!?」「…!宇子!」
そのまま普通に勉強会は再開した。
◆◇◆◇◆
「うえ〜疲れた〜」「お疲れ様」「なんか達成感あるね!」
そんな言葉を言いながら片付け、教室を出る…間際。
正美が、私に近づき…
「あのコト…考えておいてね」そうささやいた。
私はガン無視を決め込んだが、表情はどうだったかといわれると正直自信がなかった。
三人の不純な感情は…心の底で渦を巻いていた。
◆◇◆◇◆
(宇子Side)
「復活して良かった〜」そう私は呟き、教室のドアに手をかける。すると
「続き、したい?」
そんな声が、漏れてくる…
「!?」困惑、困惑、困惑。
一体何をしてるのよ…!
だけど、なぜか、なんで、でも、心臓の鼓動が、止まらない。ぱんつが、濡れてきた…
「…いけない、このままだと私まで…!、あくまで冷静に…!」そして私は扉を開いた。
◆◇◆◇◆
「…てことがあってぇ…うわぁ~恥ずかしいっ!やっぱ話さなければよかったかも、なんて」
『えぇ~でもその話面白いな』
帰宅後、風呂と夕食を済ませたあと、私はスマホを起動して匿名通話アプリを開く。
この子は高橋葵。私と宇子と共に小学校からの幼馴染であったが、中学校に進学する際に引っ越してしまった。今はこうやって夜に通話で話すことが日課になっている。
『…でもその名前、なんか聞いたことあるような…』
「え?あおい、正美を知ってるの?」
『やまぐち、まさみ………あっ!思い出した!』
「…!ちなみに、変なこと、とかは、されてないよ…ね?」
『変なこと?』
「あ、その…え、えっちなこと、とか」
『…ううん、全然!私は少し、彼女についてのウワサを流しただけ!』
「…ウワサ?どんな?」
『えっと、私が高校1年生の時の話なんだけど…』
◆◇◆◇◆
(葵の回想)
高校1年生の夏。私は久しぶりに雅子と宇子に会うために電車に乗っていた。
(着いたら何しよっかな〜♪)
その時…
(ひうんっ!?)
ゴツゴツとした手
ほんとに怖くて、声も出なかった…
(誰か、誰でもいいから、助けてよぉ!)
すると…
「えぇ〜おっさん、今の時代に痴漢とか肝据わってんねぇ?そんなキモいことに肝据わらせんな、ってか?」声が聞こえた。
そうして助けてくれたのが正美なの。
電車を降りたあと…
「あのっ…すみませんありがとうざいました!」
「あ~…い〜のい〜の気にしないで。」
「でも、せっかく助けていただいたんだから何かお礼を…」
「…お礼?ふ〜〜〜ん?じゃあ…
カラダで払ってもらおうかな」「…ひっ」
「…な~んてうそうそ冗談!カラダで払うっていうのは、私に関するウワサを流してほしくて…」「…ウワサ?」
そう私が訊くと、正美は話し始めたの。
「…私さ、学校に好きな子がいるんだ。なんかほんと一目惚れって感じで…その人とずっと一緒にいたいと思うようになって…」
「…それで、私に流してほしいウワサって?」
「…『正美は女に股を開かせるビッチだ』っていうウワサ☆」
「…は?」
「いや〜さ、私ってこんな格好してるじゃん?そうしたらチャラい男子たちが群がってくるわけ…そうしたら私って他の女子からしたら近寄りがたい存在になるじゃん?」
「…まあ、そうですね」
正美が続ける。
「でも、ここで『私はレズビッチだ』っていうウワサが流れる。するとどうなるか!男子たちは『あいつは女が好きなんだな』とか、『百合に挟まる豚にはなりたくない』とか思うようになって近づかなくなるわけだよ!」
「…はあ」
(いや、それ女子もドン引きして近づかなくなるのでは…?)そう思ったがそれを口にだすほど野暮ではない。
「…とにかく、ウワサ流しよろしくねぇ〜…あ、コレ私のSNS垢。ここのコメとかに入れたらいいかも」
「…まあ、わかりました。恩人のお願いですしね」
「うんうん、そうして!んじゃ、またね〜。もう痴漢されんなよ!」
そう言って正美は去っていった。
◆◇◆◇◆
『そこから私は捨て垢つくって、それとな〜くSNSにウワサを流したんだけど、コレが思いのほか広がっちゃってさ……って、雅子、聞いてる?』
「…あぁ、うん、聞いてるよ。」
ちょっと今の話が信じられずぼーっとしていた。
まさか葵と正美に接点があったとは…
とここで、一つの事実に気づく。
「…えじゃあ正美の好きな人って…」
『ヒューにくいね〜!』
急に顔に火がついたようにボッと熱くなった。
続けざまに葵は言う。
『私は応援してるよ…あのコ多分処女だから…』
(は…処女!?)
『とりま一発双頭かペニバンでも使ってヤっちゃいな!そうしたらたぶん仲深まるから!』
「いや、適当か!」
◆◇◆◇◆
(葵Side)
通話を切ったあと、私はぽそっと呟いた、
「ほんと、にくいよ…私だって、雅子が…」
そのままわたしは自分の濡れた下半身に手を伸ばした。
◆◇◆◇◆
(雅子Side)
翌日の昼休み。正美は私にそそくさに近づいて言った。「放課後、ここに残ってくれる?」
「!!!!!」思わず私は背筋を強張らせた。
「…わ、わかった」しかし私は震える声で喉からそう絞り出した。
後ろで宇子が少し背中をぴくっとさせたのは誰も気づかずに…
そこから授業ご飛ぶように過ぎていき、あっという間に放課後である。
どうせなら時間はゆっくり過ぎていくくらいに感じたかった…
橙色の光が差し込む教室に、私は一人。
心臓の、鼓動が、止まらない…
(正美って…本当に、私のこと…)
ガラララッ。不意に響いたドアの音に、私の思考は中断された。
入ってきたのは…もちろん、
「やっほ〜待っててくれてありがとねぇ〜」
そんな軽い言い草なのに、若干顔が火照っているように見えるのは夕日のせいだろうか。
しかしここから続いたのは、沈黙。
(…ちょっと、なんか言ってよ…不安に、なるじゃない…いつもはっちゃけてる正美が、こんなに静かなのはやっぱり…)
「正美っ…てさ………わたっ…私のこと………」
無意識に口から出ていた。重い口だったはずなのに。
正美は驚きで目を見開き…じっと私を見つめている。
目の前のギャルの顔が赤いのは、もう夕日のせいではないのははっきりわかる。
「私の、こと…」続きを重い口を開き、言う。
「好き、なの…?」
重い沈黙。世界から音が消えたような感覚。
耳が痛くなってくる。煩いほどの沈黙とはこういうことを言うのだろうか。
(だめ、もう、耐えきれない…)
とうとう耐えきれず…冗談だとはぐらかそうとした…そのとき。
「うん」
正美らしからぬ短い言葉。しかしそこには恋慕の情が限りなく詰め込まれていた。
私は、この事実を知っているはずだった。はずだった、のに…!
「…好きなら、そんな絡み方してこないでよ!」
もう何もわからない。混乱が生み出した激情。
理不尽なのはわかっている。でもこの感情の捌け口が欲しかった。
「あげくの果てにビッチなんてウワサ流して…私には下ネタばっかり!それなのに好きとか何!?身勝手すぎるよ!!」
自分でもわからないくらい吐き出した。
吐き出したら、残るのは…虚しさ、気まずさ。
(何してるんだろう…私。もう、どうにでもなっちゃえ…)
叫んだために切れている息を整える私をじっと見ていた正美は、次の瞬間。
私に、足早に、近づき…
私の唇を塞いだ。