-初めての戦闘②-
ーーさて、どうするか。
もう足の震えはない。
きっとアドレナリンというやつだろう。
この凶悪な敵を、この手で仕留めた。
命がかかっている状況なのに、思わず笑みがこぼれる。
強がりではない。こんな感情は、生まれて初めてだ。
かつて自分を殺しながら過ごした苦痛の日々は、もうない。
胸の奥に熱が灯るような、高揚感が全身を駆け巡っていた。
<ワオォォォーーーーーーーーーーーーン!!!>
またあの”紋”だ。
来る――!
想定通り、水弾であった。
速いが分かっていれば避けるのは容易だ。
「もうそれは通用しねーよ!!」
蒼空は地を蹴って一気に距離を詰め、ただの棒となった鍬を振りかざした。
<ガンッ>
手応えは、ない。
バックステップによってギリギリで回避していた。
「くそっ!まだまだぁ!」
距離を取ったら魔法が来る。かと言って踏み込みすぎれな角や牙、爪にやられる。
棒が届く間合い――それが勝負の範囲だと、蒼空は直感していた。
剣術や武術の心得なんてものはないが、本能的に戦い方を理解していた。
やがて、数分間の膠着状態が続いた
敵のスピードには慣れてきた。が、棒では致命打には届かない。
とはいえ、他に手はない。魔法なんて、確証もない力に命は賭けられない。
そう思った矢先だった。
〈ワオォォォーーーーーーーーーーーーン!!!〉
敵はバックステップで開始しながら、魔法を放つという今までにない動きを見せたのだ。
「ぐはっ!!!」
直撃――!
強烈な衝撃が身体を打ち、地面を転がる。
呼吸ができない。鈍痛が響き激しい痛みが襲う。
「ごほっ!!・・・はぁはぁ。」
ちくしょう……油断した。
こいつにだって知能がある。
ずっと同じパターンで攻撃してくるなんて有り得ないのだ。
痛みに耐えながら、ゆっくりと身体を起こした。
大丈夫だ。まだ身体は動く。致命傷ではない。まだ戦える。
そう自分に言い聞かせて、顔を上げたその時。
〈ワオォォォーーーーーーーーーーーーン!!!〉
この隙を見逃すはずもない。
勢いよく突進してきていたのだ。
鋭い牙をむき出しに、飛びかかってくる姿が、スローモーションのように映る。
角ではなく、鋭い牙で噛み殺そうとしているのだ。
咄嗟に近くに転がった棒を手に取り、敵の口を押し返した。
「ぐあああっ!!」
致命的に成り得る牙の攻撃は防げたが、肩を鋭い爪が引き裂いた。
しかし、この牙を防ぐためには力を抜くわけにはいかない。
だが、この棒もミシミシと軋む嫌な音が聞こえており、今にでも折れそうになっている。
ここで確実に殺すという意思が垣間見れる。
体制を整えるチャンスもなさそうだ。寝転ぶ蒼空を覆い被さる様に身動きを封じていた。
このままではマズい。
……何か。何か手はないのか――!
〈ジュウゥゥゥ〉
棒を握る手が、焼け焦げるように熱くなる。
これは――あの時の……!
火の魔法……? いや、違う。分からないけど、“分かる”。
これは魔力だ。
白い蒸気――いや、“魔力”が手に集まってくる。
ただ漂っていたそれが、今は確かに集中しているのを感じる。
なぜかは分からない。
けれど、どうすればいいかが直感で“分かる”。
「いっけぇぇぇーーーーー!!!!!」
叫びとともに、魔力を一点に集めて解き放つ。
〈ギャッ……〉
光線のような一撃が、叫びすら許さず、敵の頭を消し飛ばした。
崩れるように倒れる敵。
動かない――死んだ。
「た、倒せた……これが、魔法ってやつか」
蒼空は再び自分の手を見つめ、そっと念じる。
白く、柔らかく光が集まり、ゆっくりと全身を包んだ。
――温かい。
――次からは、魔法をちゃんと習得してから探索した方が良さそうだな。
「いてて……。一旦、帰るか」
この傷では、無理はできない。
それに、さっきの“アレ”を使いこなせなければ、この世界で生き残るのは無理だ。
直近の目標は決まった。
あとは廃屋に帰るだけ。
幸い、そこまで遠くには来ていない。足跡を辿れば帰れるはずだ。
「こいつも持って帰るか。食えるのかな? ……まぁ、贅沢言ってらんないか。」
そう呟いて、痛む体を引きずりながら帰路についた。