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-見知らぬ世界-

〈おかえりなさい。そしてごめんなさい。私の愛おしい蒼空そら。〉


ーー耳元で誰かが囁く。優しくて、どこか懐かしい女性の声。

ーー心の奥まで染み込むような温かさに、蒼空は思わず涙がにじんだ。


〈いつか私を……〉


最後まで聞くことが叶わず、そこで意識が途切れた。

夢だったのか。例えそれでもずっと声を聴いていたかった。


ゆっくりと、目を開ける。

照らされる燦燦さんさんと輝いていた。

身体を起こし、周囲に目を向けた。


「……な、なんだよここ。」


そこは、公園ではなく森の中だった。

目の前には1軒の家があったであろう廃屋はいおくがそこにあった。


周囲を見渡すと、倒木や荒らされた畑など、爆撃されたような荒れ果てた畑や倒木が広がっていた

人の気配はない。


状況が呑めないがおそおそる廃屋に足を進めた。


天井が一部欠けており、そこから雨漏りしていたのかカビ臭さもある。

全体的に荒らされており、家の中には木で作られた食器や椅子などの家具。

焼け焦げた本やボロボロの農具が散らばっていた。

床に転がる写真立てが目に入る。


ふと手に取ると、写真ではなく絵であったことに気付く。

家族の絵。母親と赤子。それに母親の父母ふぼだろうか。

ここを見る限り裕福とは到底思えないが、幸せそうな雰囲気を感じる。


対照的に自身の不幸を恨んでしまいそうになる。

自分にもこんな家族がいれば何か変われたのだろうか。

そんなことを思いつつも、この幸せそうな家族にも何か良からぬことが起きたのだ。

この家族も決して幸せだったとは言えないのだろう。


せめてものなぐさめとして、絵に付いたほこりを払い、机の上に置いた。


「これからどうしようか。まずはここが何処なのか……いやその前に。」


水と食事が必要だ。

この家には水道や井戸は見当たらなかった。

つまるところは、近くに水源があるということに他ならない。


一旦はこの廃屋を拠点としよう。何もないより幾分マシだ。

ここが山奥の可能性だってあるのだ。うっかり遭難してくまなどに出くわすなんて笑えない。

まぁ、といっても、現在地も分からない状況であるため、もはや遭難しているようなものであるが。


耳を澄まして水や滝等の音を探るが風が木々を揺らす音でき消されていて分からない。

周囲を見てみると、比較的整地されているであろう道を見つけることができた。

草木が生い茂っていたため、最初は気付かなかったが、大雑把に石で舗装ほそうされている道だ。


「舗装してるってことは良く通る道ってことだよな?」


ただどこまで続くかは当然分からない。

途中で熊に襲われるなんてのも御免ごめんだ。


「・・・これで良し。すみません。少しお借りします。」


念のための用心ようじんとして多少錆びついているがかまを手に取る。

そして、水汲み用の桶も。


歩いてから3分ほどだろうか。

たどり着いた先には思った通り川が流れていた。

透き通った水に魚もいる。


「これで食料も確保できそうだな。」


束縛された生活から正反対となる自由なサバイバル生活に胸が高鳴った。

こんな感情はいつ以来なのだろうか。

自然と笑みがこぼれた。


「うまいっ!!この水めちゃめちゃうまい!」


雨が降り、自然の力で濾過ろかされた水は格別といっても差し支えないものだった。

井戸水と違って寄生虫や感染症になる心配もない。


「げっ、水こぼれるじゃんこの桶。まぁ後で修理するとしてまずは、、」


のどの渇きを潤したら、次は食料だ。

サバイバルにおける正しい魚の取り方なんて知らないし、そもそも釣り道具だってない。

そこら辺の木でもりを作ってみるか……


どのくらい時間が経っただろうか。

収穫はたった1匹であった。1匹獲れただけでも良しとしよう。

空腹の上、疲労困憊ひろうこんぱいの状態であったため、壊れかけの桶に魚を入れて廃屋に戻った。


調理するには火が必要だが、問題は“火起こし”だった。

しかし幸いなことに廃屋近くによく燃える枯れ木が多く貯蔵ちょぞうされていたため、そこまで労力はかからなかった。


焼けた魚の匂いが食欲をそそらせる。

久しぶりのまともな食事だ。味わって食べなければ。


「うまい!!けど……塩があればもっと良かったな。」


今までのことを考えると、まともな食事が取れただけでも十分だ。

ただ、自由を手に入れるとどうしても欲が出るのが人間である。


ーー次は肉が食べたいな。森の中だといのししとかかな。熊は……さすがに無理だ。


「ここはどこなんだろうな……」


満腹とは到底言えないが、食事にはそこそこ満足はしたため、今日はもう休憩することにした。

食事にありつくまで想定以上の時間を要したからか、既に周囲は少しずつ暗くなっていた。


せめて足の踏み場を確保しようと、周囲が完全に暗くなる前に少し廃屋を片づけていた。

片づけると同時に使えなさそうなものを選別していた時だった。


「嘘だろ……月が」


信じられない光景を目の当たりにした蒼空そら唖然あぜんとした。

最初は気付かなかったが、ふと見上げるとそこには月が2つあったのだ。

日食とも違う。赤い月、青い月。当然どれも見たことがない光景だった。


「ここは……日本じゃ……地球じゃ、、ない!?」


驚愕の光景にただただ呆然とするしかなかった。


折角自由を手に入れた矢先に知らない世界に放り出される。

周囲には人もおらず、どのような脅威があるかも分からない。

そんな状況を悲観ひかんせずにはいられない。


「……ははっ。本当に不幸なやつだな。俺は。」


部屋のベッドで天井を見上げながらつぶやいた。

かなり埃臭ほこりくさいがこの部屋は唯一天井が欠けておらず、部屋の形を保っている場所であり、雨漏りなどの劣化によるカビ臭さがマシであった。


天井を見据えながら考えにふける。

ここが”異世界”なのだとしたら、未知が広がっているのだろう。

もしかしたら、自身に起きたあの”異常現象”も何か関係があるのかもしれない。

どちらにせよ帰る場所なんてない蒼空にとっては転機とも捉えられる。


苦痛でしかなかった元の世界よりも危険だが自由を手に入れられたこの世界。

どちらが良いかは明白だ。

この世界でなら——俺はやり直せるかもしれない。


「とりあえずは明日、この辺りを探索しないとな。」

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