-陰謀①-
ある日の朝。
朝靄が僅かに残る中、蒼空は肩にかかる重さを感じながら、特務隊室の扉を押し開けた。
湿った空気が肌を撫で、静けさの残る廊下の奥から、僅かに笑い声が漏れ聞こえてくる。
室内では、すでにミラ、ケイン、アリシアの三人が談笑していた。
木製の机に散らばる書類と、湯気の立つマグカップ。
いつもと変わらぬ朝の光景――のはずだったが、何かが欠けていた。
「……あれ?アレンさんはまだ来てないですか?」
蒼空の問いに、ミラが軽く肩をすくめて答える。
「ええ。変よね。あの人、口では不真面目なことばかり言うけど、時間にはキッチリしてるのよ?遅れてくるなんて、今までなかったのに」
それを受けたアリシアが、やや意外そうな表情で微笑んだ。
「そうなんですか?もっとルーズな人だと思ってました」
ふっと笑いが起きる。
だが、それもほんの一瞬のことだった。
ドアがゆっくりと開き、アレンがようやく姿を現した。
頭をぼりぼりと掻きながら、寝癖混じりの髪を整える気配すら見せない。
「おはよう。遅れちゃってごめんよ。色々あってね」
呆れ半分、苦笑半分の視線を受けながらアレンが室内に入る――その直後。
背後の扉が再び音を立て、重厚な気配が流れ込んできた。
その場にいた全員が、即座に空気の違いに気づく。
「……グレイスウッド副隊長……!」
ミラ、ケイン、アリシアは反射的に立ち上がり、姿勢を正して軍礼を取った。
その礼はまさに訓練された者の動きであり、畏敬と緊張が込められていた。
遅れて蒼空も立ち上がり、慌てて右手を胸に添える。
まだこの世界での礼式に慣れきっていないが、なんとか間に合わせた。
一方アレンはというと、頬をかすかに引きつらせながら、ぼそりと呟いた。
「僕のときと反応が大違いだなあ……いや、分かってたけどさ」
その言葉にパナケイアも口元を緩め、静かに微笑を返す。
だが、すぐに表情を引き締めると、視線を全員に向けた。
「これより、次の任務に関して伝達を行います。私はその同行者として、この場に来ました」
その一言で、室内の空気が再び張り詰める。
パナケイアが特務隊に同行する――それがどれほどの意味を持つか、皆が理解していた。
「次の任務は、討伐任務ではありません。少数精鋭としての行動が求められるものです」
真剣な眼差しで語られる言葉に、隊員たちは静かに耳を傾ける。
だが、その緊張の中で、アリシアがやや不安げに声を上げた。
「副隊長が同行されるような任務……一体、どういった内容なんでしょうか?」
ミラとケインが息を呑み、視線を交わす。
頭に過ったのは、前回の任務。
第三部隊の副隊長、セリス・アマランスと共に赴いた、あの過酷な戦いだった。
想像を超える圧倒的なまでの実力の壁――そして、自分たちの無力さ。
その記憶が、冷たい雨のように胸の奥に降り注ぐ。
パナケイアは静かに頷き、答えを口にした。
「今回の任務は“調査”です。ただ……当然ただの調査ではありません」
間を置いて、低く、そして明確に告げる。
「――帝国の動向に関する調査任務です」
その言葉が落ちた瞬間、室内は水を打ったように静まり返った。
ケインがやや息を詰まらせながら問い返す。
「つまり……帝国が、動き出しているということですか?」
パナケイアは淡々とした口調で答える。
「我々の情報網によれば、帝国軍と思しき部隊が国境を越えたという情報が入りました。正式な確認は取れていませんが、極めて重大な事態だと判断されています」
蒼空は目を細め、思考を巡らせる。
――帝国とは今は停戦状態のはず。
――国際条約で締結されたはずの平和が……もし破られたのだとすれば
――明確な挑発であり、下手をすれば、再び大戦の火蓋が切られることになるだろう
ミラが不安を滲ませた声で言った。
「……それって、本当に重要な任務ですよね。私たちだけで本当に対応できるんでしょうか」
誰もがその不安を抱いていた。
だが、それでも命令には従うしかない。
パナケイアは柔らかく、だが力強く言葉を重ねる。
「それは私たち次第です。あと、任務の表向きは、国境付近で出没した魔物の調査および討伐。そういう名目で動いているという認識でいてください」
そして、さらなる事実を告げた。
「事情が事情なので、現地には既にイーリス隊長が単独で先行しています。まず私たちは隊長と合流。その後は状況に応じて動くことになります」
蒼空は、ふと天井を見上げた。
――確かに、こちらが大軍を派遣すれば、それだけで帝国との衝突は避けられない
――慎重に、目立たず、確実に
――これは、表の任務以上に慎重さが求められるな




