-新たな力⑩-
【悪魔世界】
その部屋は、まるで王城の一室。
煌びやかな装飾が施された空間に、薄暗い光が差し込んでいる。
大きな窓から差し込む月光が、豪華な調度品や壁の金の装飾を静かに照らしていた。
空気は重く、張り詰めた緊張感が漂う中、ひときわ目を引く存在が一人、足を組んで優雅にソファに座っている。
彼女の名はアレス。
悪魔皇帝として、悪魔世界で王として君臨する存在。
その姿は、冷徹さと美しさを兼ね備えた若き女性。
白く美しい髪が優雅に流れ、目の前の景色を見つめるその赤い瞳は、深い冷静さを湛えている。
「あら……あの子。やられちゃったみたいね」
アレスが放ったその言葉には、どこか物憂げな響きがあったが、その表情に悲しみの色は微塵も感じられない。
彼女にとって、あの上位悪魔は所詮、駒に過ぎないのだ。
それもそのはず、目の前で膝をつき、頭を垂れている数十体の悪魔たちがいる中で、たった一体がやられただけであるのだから。
それに、彼女にとって、あのレベルの悪魔は弱すぎて戦力とすら考えていない。
アレスの目の前には、上位悪魔たちが列をなして頭を下げ、静かに彼女を見守っている。
アレスの冷徹な視線がそれら全てを圧倒し、恐怖さえ感じさせる。
もしアレスが少しでも手を振るえば、この場にいるすべての悪魔は一瞬にしてその命を落とすことになるだろう。
それほどに、彼女の力は絶対的なのだ。
悪魔にも階級がある。
下位悪魔、中位悪魔、上位悪魔。
そして、悪魔皇帝。
上位悪魔と悪魔皇帝は階級としては一つしか変わらないが、そこには埋められない程の圧倒的な差がある。
この悪魔世界では全体の80%は下位悪魔と中位悪魔で占められている。
それぞれの強さに関しては個体差はあるものの、基本的に上位者に勝てる者などいない。
そして、その悪魔皇帝については、悪魔世界でも、たったの三体しか確認されていない。
彼女はその内の一体。
悪魔世界での王として悪魔を統べる存在なのだ。
その力は他とは格別されており、彼女に逆らおうとするものなど皆無。
全ての悪魔はこのように首を垂れ、確固たる忠誠を誓っている。
たとえ、彼女の機嫌を損ねて殺されようが文句などない。
「どうかなさいましたか?アレス様」
そのことをよく知っている一人の男が、静かにアレスに声をかけた。
彼は初老の執事、セバス。
いつものように、無駄な動き一つせず、アレスに紅茶を差し出す。
その所作は完璧で、まるで何百年にも渡って続けてきた所作であり、自然の様に板についている。
「現世で変わった気配を持つ人間を見つけてね……配下の上位悪魔………名前は忘れちゃったけど、その子に確認してくるようお願いしてたのよ」
セバスは静かに紅茶を注ぎ、アレスに差し出した。
その姿勢に、彼女の命令に対する絶対的な従順さが表れている。
アレスはその紅茶の香りに目を細め、ゆっくりと口に運ぶ。
紅茶の香りが部屋を満たし、静寂の中で彼女の美しさが際立つ瞬間だった。
「なるほど…アレス様が目をかけるほどの人間ですか……わたくしも興味がございます」
「そう?なら、近いうちに会えるといいわね」
アレスは再び紅茶を口にしながら、目を閉じてその余韻を楽しんでいる。
その間、部屋の空気はしばしの沈黙に包まれた。月光が静かに床に映り、二人の会話がまるで時の流れに逆らうかのようにゆっくりと進んでいく。
「それにしても、上位悪魔を倒すほどの人間がいるのですね。まさかアレス様が目をかけている人間にやられたのですか?」
セバスの問いかけに、アレスは目を細め、微かに唇を動かす。
「いいえ、それは別の人間……。私が興味合ある人間は今はまだ貴方より弱いけれど、私の見る限り、潜在能力では貴方すら超えるかもしれないわよ」
アレスの声には、冷徹さの中にわずかな興奮のようなものが含まれている。
彼女の興味が、確かにその人間に向かっていることを物語っていた。
セバスはその言葉を聞いて、目の奥に一瞬、強い光を宿した。
初老の優し気な人にしか見えないが、彼も列記とした悪魔である。
そしてその強さは同じ上位悪魔の中でも群を抜いている。
従者としてアレスから唯一認められている存在である彼にとって、その事実はこの上ない名誉であった。
その従者の彼を凌ぐかもしれない程の潜在能力を有する可能性のある人間。
いや、悪魔世界の王たる彼女の言葉だ、それは事実なのだろう。
「……益々興味が湧いてきましたな」
アレスはセバスに向かって微かに笑った。
アレスは紅茶をまた一口飲み、目を閉じた。
香り高い紅茶が彼女の口の中で広がり、さらに部屋に漂う甘い香りが、彼女を一層引き立てる。
彼女が好んでいるのは、香り高い紅茶の深み、そしてその味わいだ。
それは何に対しても同じ。
このつまらない世界では、強者との戦いこそ至高である。
かつて目にしたことのない程の力の根源を持つ人間の少年。
いつか大成したその少年と戦いたい。
アレスの願いはただそれだけであった。




