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-新たな力⑤-

【エディラス旧市街】


空は雲に覆われ、陽光の一筋すら届かない。

鉛色の空が辺りを覆い、空気はひどく湿っていた。

風はほとんど吹かず、ただ重く、澱んだ空気が沈黙を伴って辺りに満ちている。


かつて「エディラス」と呼ばれた街――今では地図からも消され、噂話の中で語られるだけの存在となったその場所に、魔災特務隊の一行は到着していた。


「……酷い有り様だな……」


蒼空は足元の瓦礫を避けながら、崩れかけた石畳の通りを見つめる。

家々は骨組みだけを残して崩れ、黒く焦げた壁面には異形の爪痕が深く刻まれていた。

枯れ果てた噴水の広場、壊れた街灯、ねじ曲がった鉄柵……生きていた証が無惨なまでに散乱している。


かつてここには人々の営みがあり、温かな日常があったのだろう。

だが今は、まるで時そのものが殺されたかのように、無音と死の気配だけが支配していた。


「本当に……酷いわね」


ミラが小さく呟く。

彼女の言葉には哀悼の念が滲み、足取りもどこか重たかった。


「建物の残骸だらけだ……ほんとうにこんな場所に上位悪魔グレーターデーモンが出たのか……しかしなぜこんな場所に?」


ケインはしゃがみ込み、地面に残った砕石を手に取りながら冷静に分析する。


アリシアは首元を押さえ、明らかな不安の色を浮かべて周囲を見回した。


「この気配……何か、まだいる気がする」


「そうだね……残留魔力の濃度がこうも高いとね」


アレンがそう呟いた声は、いつもの飄々としたものではなかった。


一行は慎重に、廃墟となった街を進んでいく。

だがどこを見渡しても、生の気配はない。

聞こえるのは風で揺れる瓦礫の音、そして時折響く自分たちの足音だけ。


蒼空はふと、瓦礫の隙間に落ちた金属の鈴を拾い上げた。

それは、かつて子供が首にでもつけていたのだろう。

煤にまみれて錆びていたが、かすかに音を鳴らした。


――ここにも、人がいた。


その現実が、ずしりと胸にのしかかる。


「……ここはかつて交易の町として知られてたんだけどね。エリスが顕現した影響で魔物が押し寄せて壊滅したって聞いているわ」


ミラのその言葉に蒼空は、握りしめた鈴をゆっくり地面へと戻した。


「そんな場所に上位悪魔グレーターデーモンが現れたっていうのか……」


セリスは前方に立ち、崩れた建物を眺めながら肩越しに言った。


「ええ。怖ければ引き返しても良いのよ?」


彼女の声には、怒りにも似た苛立ちが含まれていた。


「ご冗談を」


蒼空の変わらぬ強い瞳にセリスはふんと鼻を鳴らす。

そしてセリスは一行を見回し、最後に蒼空の方へ目を向けた。

その表情は冷ややかだったが、ほんの一瞬だけ、微かに警戒の色を浮かべたようにも見えた。


「ついてきたからには、それなりの実力を示してもらうわよ」


遠くで、崩れた建物の奥から何かが這うような、重たい音がかすかに響いた。


蒼空は静かに目を閉じ、気配を探る。

空気がわずかに震えていた。

風が止み、全ての音が消える。


――始まる。


胸の奥に宿ったその予感が、蒼空の中で警鐘を鳴らしていた。


地鳴りのような魔力の震動が、微かに足元から伝わってくる。

遠くから聞こえるのは風の唸りではない。

まるで何かがこちらを見つめているかのような、重たく湿った圧力だった。


セリスが一歩前に出る。

その双眸は鋭く、険しい岩陰の奥に視線を注いでいた。


「……来るわよ。構えて」


低く絞り出されたその一言に、一斉に構えを整える。

魔力の気配が、一段と濃くなった。

それと同時に空気が明らかに変わる。

空は厚い雲に覆われ、太陽の光すら届かない。

まるでこの地だけが“世界”から切り離されたような重圧が、頭上にのしかかっていた。


そして──。


「……アレが、“上位悪魔グレーターデーモン”か」


蒼空がつぶやいたその先に、黒霧を纏った巨大な影が姿を現す。

人のようでありながら、確実に“人ならざるもの”。


身の丈は三メートルを優に超え、背には瘴気を滲ませるような黒い翼。

地を踏むたびに亀裂が走り、漆黒の魔力が周囲の空間を歪ませていく。

その双眸は血のように赤く、見る者の精神を焼くような冷たさを孕んでいた。


「っ……く、ぅ……」


魔力の重圧からアリシアが小さく呻き声を漏らす。

視線を合わせた瞬間、内臓を掴まれたような寒気に襲われた。


「目を逸らしちゃダメよ、アリシア。……確り気を保って!」


ミラが隣で言いながらも、額に汗を浮かべていた。

目の前の存在が“常識の枠”にないことを、彼女も本能で理解していた。


蒼空もまた、敵から発される気配に心臓を強く打たれていた。

かつて相対した黒い魔物──エレクトリオスの比ではない。

魔力の質が違う。純粋で、そして異常なまでに混じり気のない“破壊の意志”そのものだ。

理屈も、情も、交渉も通じないもの。


「……これが、“上位悪魔グレーターデーモン”……」


喉が渇く。

それでも蒼空は、一歩、前に出た。


その動きに、セリスがちらりと彼を見やる。

軽口の一つも出ないのは、彼女もまた、緊張の中にあるからだ。


そして、悪魔がゆっくりと口角を吊り上げた。

その瞬間、全員の背筋に電流のような緊張が走る。


──次の瞬間。

空間が爆ぜた。


大きな魔力の奔流が、爆音と共に地を揺るがせる。

ミラが張った結界が瞬時に展開され、破壊の一撃をかろうじて受け止める。

だが、その結界にはたった一撃で大きな亀裂が生じている。


「全員、配置につきなさい!!」


セリスの怒号が響く中、蒼空は力強く拳を握った。


――……これが、“悪魔”か


勝機の見えない戦いが、今──始まろうとしていた。

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