-旅立ち①-
川沿いを歩く。それが今の蒼空にとって、最も確実な移動手段だった。
広大な森の中、やみくもに進むなど無謀というものだ。遭難のリスクが高すぎる。
「山でも見えれば、全体の地形が掴めるんだけどな……」
見渡す限り、木々が視界を覆い尽くしている。
高所に登って地形を確認できれば、町や村の位置も掴めるかもしれないのだが――今はまだ、その兆しすらない。
しばらく無心で歩き続ける。景色に大きな変化はなかったが、出会うモンスターはいつも通りだった。
まずは、見慣れた犬型のモンスター。複数体で現れるのも、もはやお約束のようだ。
いつも通り、“光線”を撃ち込むと、先頭の一匹が崩れ落ち、残る二匹はすぐさま逃げていった。
「……まぁ、食料はまだ足りてるしな。」
倒した個体を見下ろしつつ、蒼空はそのまま歩を進める。
わざわざ解体しても、得られる魔力は微々たるもの。
それに、たったひとつしかないボロボロの鎌を、余計に痛めたくはなかった。
そう思った蒼空は死体を横目に何もせずに通り過ぎることにした。
次に現れたのは、トカゲのような姿のモンスターだった。
その体から立ち上る魔力は、緑色に揺らめいている。
「緑の魔力……? 回復か? 植物系か?」
一瞬、回復魔法や蔓のような拘束を思い浮かべたが――違った。
モンスターの身体の前に、例の“紋”が浮かぶ。
次の瞬間、鋭い風が空気を裂いた。
「くっ、痛ぇ……っ!」
とっさに身をひねって直撃を避けたが、左腕に鋭い痛みを感じる。
かまいたちのような魔法だ。
皮膚が裂け、血がぽたぽたと滴る。
ズキリと痺れるような痛みが脳を突き抜けた。
「風系統か……スピードが段違いだな」
やはり、魔力の色は属性に依存しているらしい。
それに使う魔法によって異なる可能性はあるが、現時点では風魔法が一番早い。
反対に土魔法は遅いが威力が高いというところか。
いや、単純に比較できるものではないだろう。
工夫次第ではそのような差はあってないようなものだからだ。
そんな思考を払い、目の前の敵に意識を集中する。
「やってくれたな……絶対にお前を食ってやる。」
先手は取られたが、次は譲らない。
あくまで見た感じではあるが、体格や装甲から判断して、防御には優れていない。
光の大砲では、死体すら残らない可能性があるため、これは選択肢から外した方が良いだろう。
ならば、狙うは一点。
「光線!!!!!!!」
日頃の鍛錬の成果であろう。
狙った通りに一直線に放たれた魔力が、トカゲの頭部を撃ち抜く。
完全に動かなくなったことを見て、緊張を解いた。
負傷もしているため、その場で食事を取ることにした。
これまでの傾向では、初めての捕食は効果が高い。
自己治癒力も増加することが分かっているため、丁度良いだろう。
火を起こすのも慣れたものだ。
慣れた手つきで血抜きをした上で、焼く。
犬や猪と違い獣臭さはなく、香ばしい匂いが鼻を擽った。
「……うまい。少し硬いけど、鶏肉っぽいな。」
見た目はともかく、臭みがない分、美味さが際立つ。
「よし!傷口も塞がりつつある。もう少し休憩してから移動しよう。」
時間をかけてゆっくりと食事を終えた頃には、左腕の傷もほとんど塞がっていた。
魔力の適応が進んでいる証拠だろう。
「この回復力は、ほんとに便利だよな……」
そんな感想を抱きながら、ふと戦闘中に現れた“紋”を思い返す。
あれはモンスター特有のものなのだろうか?
蒼空自身が魔法を使うときには、そんなものは現れたことがない。
そこにも、何かこの世界独自の法則があるのかもしれない。
「……何にせよ、情報が少なすぎるな。やっぱり人里を探すしかないか。」
人との接触にはリスクもあるが、これ以上独力で得られる知識には限界がある。
森という閉鎖空間にいては、視野も選択肢も狭まっていく一方だ。
そう結論づけ、軽く身体を伸ばしてから、再び歩き始めた。