-新たな力③-
【王都・魔導兵舎 特務隊詰所──翌日】
朝の光が重い雲を抜け、鈍い金色を帯びながら、兵舎の窓を照らしていた。
特務隊詰所の中は、いつもの雑然とした空気ではなく、どこか張り詰めたような緊張感が漂っている。
机の上には、アレンが持ち込んだ任務資料と封緘された書簡が置かれていた。
蒼空は、机越しにアレンの姿を見つめながら、内心で昨日の小屋のことを思い出す。
だが、上層部から新たな任務の指令が下りた以上、今はその優先順位を下げるほかない。
こればかりは焦っても仕方がない。
それにあそこに入る手段もない今、任務があろうとなかろうと大差のないことだろう。
「……さて、次の任務が決まったよ」
アレンが、いつもの飄々(ひょうひょう)とした調子で口を開いた。
だが、その声には僅かに重みが混じっている気がしたのは、蒼空の気のせいではなかった。
「今回の任務は──魔導部隊の上層部がA級指定した魔物の討伐だよ」
静かなその一言に、隊員たちは息を呑んだ。
蒼空は眉を寄せ、耳慣れない言葉に首を傾げる。
「A級……とは?」
問いかけると、ミラがため息を混ぜながら、冷静な口調で答えた。
「F級からS級まで、魔物の危険度には段階があるの。A級はその中でも上から二番目。滅多にお目にかかれるレベルじゃないわ」
蒼空は無言で頷いた。
背筋が、無意識に強張っていく。
ミラはさらに視線をアレンに向け、問い詰めるように言葉を投げた。
「……本来、A級は隊長格の管轄じゃなかったかしら? それを私たちに、ですか?」
アレンは悪びれる様子もなく、肩をすくめてみせた。
「うん。だから今回は僕たちだけじゃない。三番隊のアマランス副隊長の部隊と合流して、共同作戦になるんだ」
「それはどういう経緯で……?」
蒼空がさらに食い下がる。
アレンは地図を開きながら、表情を僅かに引き締めた。
「三番隊の隊士が討伐任務に出たきり帰還しないという報告が入って、先日別の部隊を調査に送ったそうなんだ。そしたら、A級指定されるほどの魔物の痕跡が見つかったって訳さ。上層部も相当焦ってるみたいだよ」
静寂が詰所を支配した。
隊員たちはそれぞれ無言で顔を見合わせる。
「あの……前回、僕たちが倒したあの黒い魔力の魔物……あれは階級で言えば、どのくらいになるんでしょうか?」
蒼空の問いに、アレンは顎に手を当て、少しだけ考えたあと言葉を落とした。
「んー、よくてB級ってところかな」
その答えは、蒼空にとって想定していたよりも低かった。
あれだけ手こずった相手ですら、上から三番目──。
自然と手のひらが湿るのを感じる。
「あれより強い、ってことですよね……」
そのつぶやきは、無意識のものだった。
「んー、何も強さだけが階級を決める訳じゃないんだけど、A級指定されるのは中々ないからね、多分強いんじゃないかな?」
アレンの声は妙に軽い。
だが、内包する重さは否応なく伝わってくる。
蒼空はさらに問いを重ねた。
「……ナヴィ……イーリス隊長は、今回は出ないんですか?」
その問いには、ケインが渋い顔で応じた。
「アストラリア王国から、一定数の隊長格が王都を離れることは禁止されてる。停戦中でもある上、エリスが顕現した場合に備えてな」
その答えを受け、ミラが小さく苦笑した。
「それに……イーリス隊長はこの前、無断で外出しちゃったから、しばらく外出は許されていないの」
蒼空は思わず肩をすくめた。
やはり、あの時の行動は規律違反扱いだったのだ。
だが、数ヶ月だけでもナヴィアから直々に鍛えられたことは、蒼空にとって何よりも貴重な経験だったと心から思う。
「……それで、アレンさん。その魔物の特徴とか、何か分かっているんでしょうか?」
ミラが真顔で問うと、アレンは気だるげに頭をかきながら答えた。
「いや~、それがさっぱり分かってないみたいなんだよね。痕跡は残ってたけど、目撃証言すらない。詳しい話は、現地でアマランス副隊長の部隊と合流してから、だな」
その言葉に、隊員たちはそれぞれ呼吸を整えた。
緊張の糸が張り詰める。
「了解」
ミラが静かに頷く。
「前回は不完全燃焼だったからな」
ケインも口元を引き締める。
アリシアは少しだけ表情を曇らせながらも、懸命に背筋を伸ばしていた。
その様子を見ながら、蒼空も拳を握りしめる。
不安はある。
だけど、強者との戦いがあると思うと自然とワクワクしてくるものだ。
こうして、特務隊は静かに次なる戦場への歩みを始める。
冷たい風が、詰所の扉を抜け、彼らの背中を押すかのように吹き抜けていった。




