-新たな力②-
探索を始めて三日。
蒼空たちは連日、軍施設内を隅から隅まで歩き回っていた。
朝から晩まで、兵舎の隅々、地下倉庫、兵舎裏の資材置き場、整備区画……思いつく限りの場所をくまなく巡った。
しかし、どこを探しても手応えは皆無だった。
情報も、痕跡すらも、ただの一つさえ掴めない。
資料庫にある表向きの資料は、とうに読み尽くしていた。
あとは片っ端から可能性のありそうな場所を潰していくしか手段は残されてはいない。
しかし、どれだけ足を使っても、あらゆる区画を踏破しても、求めるものの影さえも掴めない。
焦燥感ばかりが胸に積み重なり、二人の足取りは次第に重くなっていった。
日が傾き、王都の空が朱に染まる頃。
二人は疲労の色を隠しながら、何気なく足を運んだ裏通路の先で、ふと違和感を覚えた。
そこだけが、まるで時間が止まったかのような、異質な静けさに包まれている。
他の区域が軍人たちの往来と喧噪に溢れている中、そこだけは不自然なほど静かだった。
古びた小屋──。
兵舎の無骨な石造りの建物群の中で、その一軒だけが場違いなほどぽつんと立っていた。
「……何だ、あれは?」
蒼空は足を止め、目を細めた。
胸の奥に、その場所の異質とも言える不審感が静かに芽生えていく。
アリシアも立ち止まり、首を傾げながら目を凝らす。
「……さあ。私もこんな場所来たことないからね」
小屋は簡素で古めかしい造りだった。
だが、入り口には異様なほど重装備を纏った隊士が二名、無言で立っていた。
その目は氷のように冷たく、まるで近づく者すべてを拒絶するかのように周囲へ視線を走らせている。
誰も近づかない、誰も通らない、そんな場末の空間に、なぜ警備が必要なのか。
蒼空の胸に、静かな確信が根を下ろした。
蒼空はアリシアを促し、何気ない顔で歩みを進めた。
探る素振りを一切見せず、あくまで自然体を装ったが、内心では冷たい汗が背を伝っていた。
「お疲れ様です。先日入隊した、ソラ・ルーンライトと申します」
蒼空は丁寧に頭を下げ、にこやかに声をかけた。
「同僚に兵舎を案内してもらっていて……こちらは何の施設でしょうか?」
隊士たちはちらりと蒼空の胸の紋章を確認し、表情を崩さぬまま淡々と答えた。
「その紋章……四番隊か。悪いが、我々も中の詳細は知らされていない。鍵すら持たされていないのでな」
視線を扉に向けると、重厚な鉄製の鍵と、分厚い鎖が何重にも掛けられていた。
《魔装》を纏った肉体でも、容易に破れる代物ではないだろう。
さらに、小屋そのものから漂う、淡い結界の気配。
これでは強行突破すら選択肢には入らない。
――"当たり"……か。
蒼空は内心で舌を巻いた。
こんな人目に付かない辺鄙な場所に、あんな小屋を建て、わざわざ警備までつける。
しかも、警備する隊士ですら何を警備しているのかを知らないというのだ。
つまり──あそこは、表向きの管理から完全に切り離された、重要な施設であるということだ。
「これは失礼しました。では、私はこれで……」
蒼空は頭を下げ、その場を離れる。
隊士たちの視線が遠ざかると、蒼空はアリシアに顔を向けた。
その目には鋭い光が宿っていた。
「……アリシア。あれが、そうかもしれない」
アリシアは息を呑んだ。
蒼空の真剣な表情に、自然と背筋が伸びる。
「だ、だとしても……あんな場所、どうやって……無理だよ。もし見つかったら……」
彼女の声は震えていた。
軍規違反など生易しいものではない。
下手をすれば、処刑さえあり得る。
「ああ……今は無理だな」
蒼空も理解していた。
そして、改めてその冷たく閉ざされた扉を見やった。
「壊してはいることも難しそうだな。なら……正規の手段で入ることを考えるしかない」
アリシアは沈黙し、唇を噛んだまま、蒼空の横顔を見つめた。
彼の目には、諦めの色など一切ない。
むしろ、執念にも似た鋭さが宿っていた。
「……蒼空君、やっぱり諦めないんだね」
「当然だろ」
その一言に、迷いも戸惑いもなかった。
蒼空は背を向け、ゆっくりと歩き出した。
アリシアもため息をつきながら、その背を追った。
「で、どうするの……?」
「今のところ考えはないよ。だけど、手段がないなら……作ればいいさ」
蒼空の声は、静かだが確固としていた。
「……ふふ、蒼空君って、本当に怖いくらい真っ直ぐだね」
アリシアは小さく笑いながらも、その笑顔の裏で、胸の奥がざわついていた。
冷たい石畳を二人分の足音が静かに響き、夜風がその背中を冷たく撫でる。
王都の夜は、まだ静かだった。
だが、二人の胸には確かに、熱を帯びた火種が灯り始めていた。




