-新たな力①-
【王都・魔導兵舎 資料庫──昼下がり】
しんと静まり返った資料庫は、昼間だというのに薄暗く、壁一面を埋め尽くす古びた羊皮紙の匂いが鼻を刺した。
閉ざされた窓の代わりに、天井からぶら下がった常夜灯が僅かな灯りを落としている。
その柔らかな光は広い資料庫の隅々まで届かず、影が深く伸び、ひっそりと積まれた資料棚の間には冷たい空気が溜まっていた。
蒼空は、その一角に身を沈め、黙々と本をめくっていた。
王国軍の組織図、歴代戦史、軍拠点の位置……そういった情報を求めてのことだが、残念ながら手に取る資料のほとんどが、誰でも閲覧できる一般的な記録ばかりだ。
目を通すたびにため息が漏れ、指先でページをめくる音だけが資料庫の静寂に響いていた。
――やはり、表向きの情報しかないか。
求めているのは、軍事情報、エリス、魔族に関する情報。
だが、そんな都合のいい資料が、一般隊士が自由に出入りできる資料庫に置かれているはずもない。
蒼空は分かっていた。分かっていたが……それでも、どこかで一縷の望みに賭けていた自分がいた。
改めて、この国の軍というものがどれだけ情報の管理を徹底しているかを思い知らされる結果となったのだ。
――まあ、想定内だな。
蒼空は目を細め、表紙すら擦り切れた次の本に手を伸ばした。
そのとき、不意に背後から声がかかった。
「……また来てるんだ、蒼空君」
その声は、聞き覚えのあるものだった。
蒼空はすぐに本を閉じ、振り返った。
そこには、相変わらず気配を微塵も感じさせずに立っているアリシアの姿があった。
《透識》を使っていたにもかかわらず、彼女の存在をまったく察知できなかったことに、蒼空は思わず舌を巻く。
「……相変わらず気配ゼロだな、アリシア」
苦笑交じりに言うと、アリシアは照れたように頬をかきながら笑った。
「えへへ。気配消すの、得意だから。……それとも蒼空君が"鈍い"……とか?」
そう言いながらも、その瞳は好奇心に輝いていた。
彼女は蒼空の隣に腰を下ろし、卓上の本を覗き込む。
「それで?何を探してるの?」
蒼空は一呼吸置き、無言で手元の資料を見せた。
軍の情報が知りたいのは伏せて、エリス、魔族といった情報を探していると、淡々と説明した。
アリシアは唇を尖らせ、小さく考え込む仕草を見せた。
やがて、少しだけ声を潜めて、ぽつりと呟く。
「……んー、私もあくまで噂なんだけど、兵舎のどこかに地下施設があるって話、聞いたことある?」
「地下……?」
蒼空は眉をひそめた。
「うん。伝説級の魔道具や、禁忌魔法書が保管されてるとか、って色んな噂。……信じる人はあんまりいないけどね」
アリシアは苦笑しながらも、どこか目を伏せた。
普通ならただの冗談で済ますところだった。
だが、蒼空はその話に妙な現実味を感じていた。
軍の施設に、これだけの表面的な資料しかないなんて、どう考えても不自然だ。
表向きには存在しない──そういうことにされているだけなのではないか。
ならば、隠された空間が存在していても、何の不思議もない。
「……探してみる価値はありそうだ」
「えぇ!? 信じるの!?」
驚くアリシアに、蒼空は肩をすくめる。
「信じるっていうより、気になるだけだよ。それに……もし本当にそんな場所があったなら、隠すだけの理由があるってことだろ?」
その表情には、どこか狩人のような獰猛さが滲んでいた。
未知への渇望が、彼の瞳を鋭く光らせる。
アリシアはその顔を見て、呆れ半分、笑み半分で頷いた。
「ふふ、仕方ないなぁ。じゃあ、私も付き合ってあげる。次の任務までは暇だし、どうせなら二人の方が良いでしょ?」
蒼空はそんな彼女の言葉に、珍しく肩の力を抜いたように笑った。
「よし。じゃあ頼んだぞ、相棒」
「うん、相棒」
アリシアは冗談めかしながらも、心なしか嬉しそうだった。
こうして、二人は資料庫を後にし、静かな兵舎内を探索するために歩みを進めた。
ひんやりと冷たい石の床が、足音を微かに吸い込みながら。




