-初任務⑪-
森を抜ける帰り道。
夕刻に差し掛かる陽の光が、木々の間から橙色の筋を差し込み、特務隊の面々の背を穏やかに照らしていた。
その中で、蒼空はしばらく逡巡した後、ふと口を開いた。
「アレンさん……さっきの“黒影”って、一体なんなんですか?」
歩を緩めずにいたアレンは、軽く肩を竦めた。
「うん?ああ、あれね……あれは言うなれば暗部さ。僕たち特務隊や正規兵が“表”だとすれば、彼らは“裏”。要するに、表立ってやれない仕事を請け負う連中ってことだね」
何気ない口調だったが、その言葉にはどこか冷えた響きがあった。
「そんな組織もあるんですね……」
蒼空は驚きを隠せなかった。
国に属する兵士たちとは別に、存在を公にせず任務を果たす影の部隊。
「でも……どうしてそんな“裏”の連中が、今回の件にわざわざ出てくるんですかね?」
その問いに、アレンは口元を僅かに引きつらせながら、困ったように頭を掻いた。
「うーん、それは分からない。けど……あの魔物の存在を公にされるのが不都合だったんじゃないかな。ほら、系統の異なる魔法を同時に扱う魔物なんて、今までいなかったでしょ。もしそんな噂が広まったら、世界の常識が根底から揺らぐ事態だからね」
蒼空は静かに目を伏せ、思考を巡らせた。
――確かに、あの魔物が雷と水、二つの魔法を使ったという事実は、世界を震撼させる出来事だろう。
――各国が真相を探るために動くのは火を見るより明らかだ。
――……自分が二系統の魔法を使えることを黙っていて、本当に良かった。
危うく、国家の実験材料にされるところだったかもしれない。
その時、少し離れた位置で歩いていたミラが、つんとした声音でぼやいた。
「……だとしても、なんだか獲物を横取りされた気分ね」
アリシアも憮然とした表情で続けた。
「そうです。アレンさんが最後に仕留めたのに、あんな風にあっさり持って行かれるなんて……!」
当の本人であるアレンは、苦笑を浮かべて両手をひらひらと揺らす。
「いやいや、あの魔物、僕が魔法撃つ前にはもう虫の息だったでしょ?あれはみんなの連携あっての結果だよ」
その言葉に、蒼空はふと視線を落とした。
――そんなことはない。
――確かに俺たちはダメージを与えていた。けど、決定的な一撃には至っていなかった。
――それをアレンさんはたった二発の魔法で、あの異常な魔物を沈めてみせた。
――……正直、ナヴィアさんにはまだ勝てる気がしない。でも、席官クラスなら…とどこかで甘く見ていた。
――俺も……まだまだだ。
拳を強く握りしめた蒼空の様子に気づいたのか、アレンがふいに彼の肩を叩く。
「とはいえ、今回の特筆すべき活躍者といえば……蒼空君、君だよ」
アレンは、いつもの飄飄とした笑みを浮かべながらも、どこか真面目な声音だった。
「いや~、その若さであれほどの火力と判断力。末恐ろしいもんだね、ほんと」
「そうです!蒼空君すごかったです!なんだかイーリス隊長を見てるみたいで……!」
アリシアは興奮した様子で何度も頷きながら言う。頬が少し紅潮していた。
「そうね、イーリス隊長の弟子って肩書は、伊達じゃなかったってことね」
ミラが目を細め、少しだけ柔らかな声で言葉を添える。
その言葉を、蒼空は照れ臭そうに笑って受けた。
「……ありがとうございます。精進します」
「いや、精進しなければならんのは俺の方だ。お前は実に見事だった」
ケインが感心したように低い声で蒼空を称賛した。
* * * * * * * *
帰路の途中、夕暮れの空は赤紫に染まり始めていた。
一行の足取りはやや疲れを帯びていたものの、誰も口にする者はいなかった。
蒼空は《魔装》を纏って走りながら、改めて振り返る。
――初任務。
黒い魔力を纏った魔物との激闘、そして黒影の介入。
緊張の連続だったが、不思議と今は胸の奥に一抹の達成感があった。
それでも、浮かんでくるのは自分自身への疑念。
――なぜ、自分は複数系統の魔法を操れるのか?
――なせ、自分は魔物の肉を捕食できるのか?
――なぜ、自分はこの世界に転移してきたのか?
考えても答えが出る訳もない。
しかし、こうやって考えてしまうのは、自分は一体何者なのかを知りたいというある種の本能なのだと思う。
その思考を遮るように、王都の外壁が遠くに見えてきた。
黄昏に染まった城壁は威圧的でありながらも、どこか安堵を覚える存在でもあった。
「やっと着いたね……あー、腰が痛い」
アレンが大げさに伸びをしながら、軽口を叩いた。
そんな彼に、ケインが呆れたように肩をすくめる。
「一番軽い荷物を背負ってた人が何言ってんだ」
「だってこの部隊では上官だしね。それにいざという時は真っ先に動く必要もあるんだからさ」
「はいはい」と、ミラが苦笑しながらも、王都の門へと視線を向ける。
やがて正門の検問所に差しかかると、兵士が一行を見てすぐに敬礼を送った。
魔災特務隊という肩書は、それだけで特別な存在だと分かる。
王都の大通りへと戻ってくると、見慣れた建物と人々の喧騒が迎えてくれる。
市場には明かりが灯り始め、屋台からは香ばしい匂いが漂っていた。
その空気の中に立っていると、先ほどまで戦場にいたことが嘘のように思えてくる。
「魔災特務隊アレン第四部隊第四席、お帰りなさいませ!ご帰還早々申し訳ありませんが、任務報告は本日中に、との伝達が届いております」
「やっぱり……まあ、予想通りってやつかな」
アレンは頭をボリボリと掻きながら、気だるげに笑って見せた。
だが、その目には先ほどまでの軽さはない。




