-初任務⑧-
蒼空はエレクトリオスが吹き飛んだ方向を見つめる。
《透識》で捉えれば見るまでもない。
まだエレクトリオスはピンピンしているようだ。
「来るぞ!」
ケイトが周囲に言う。
「水魔法がきます!!」
蒼空の叫びが響いた直後、エレクトリオスの口から青白い水の荒波が噴き出した。
その魔法は瞬く間に形を成し、巨大な水の奔流となってすべてを飲み込むように放たれる。
ゴウッ……と耳をつんざく轟音があたりに響き渡り、眼前に現れたそれは、まるで怒り狂った海そのものだった。
渦巻く水流は巨大な津波となり、地を這い、森を薙ぎ、蒼空たちへと牙を剥いて迫ってくる。
木々は根こそぎ引き抜かれ、重たい岩すら押し流すその勢い。
荒れ狂う水の塊は地面を抉り、空気すら押し潰すほどの圧力を伴っていた。
その場の温度が一瞬で下がったかのような錯覚すら覚える冷気と、水飛沫が飛び散る。
「……くそっ、これは規格外だ……!」
蒼空も《魔装》で回避するが、それでも肌に伝わる衝撃波に全身を痺れさせた。
押し寄せる奔流の中、隊員たちは各々必死に回避行動を取り、陣形は一時的に崩壊しかける。
水魔法が通り過ぎた後、森の一帯はまるで洪水後のように荒れ果て、地面はえぐれ、大地は泥と水に覆われていた。
かろうじて身を守りきった蒼空たちは、重く湿った空気に包まれながら、しばし沈黙する。
「ひゃーやれやれ……、みんな無事かい?」
アレンが見渡すと、皆無事であることが確認できる。
「……すごい威力だねぇ。様子見程度にしたかったけど、こりゃ討伐しないと上から怒られそうだね……」
アレンは頭をぼりぼりと掻きながら、口元に苦笑を浮かべた。
気軽な調子ではあったが、その目は既に戦場を冷静に分析している。
放たれた魔法は、斜面を削り、古木を薙ぎ倒しながら大地を切り裂いていた。
地面には鋭く抉られた爪痕のような溝が残り、足元に跳ね返った水飛沫が、じわじわと靴の先を湿らせている。
「しかし、本当に信じられないわ……。二系統の魔法を操る魔物なんて…」
ミラが小声で呟いた。
額には汗が滲み、視線はなおエレクトリオスのいた方向へと向けられている。
「……あの黒い魔力といい、やっぱり、あいつらと同種か……」
蒼空が唇を噛みしめながらつぶやいた。
《透識》で感じ取れる魔力は、今なお健在だった。
いや、むしろ魔物は確実な敵を認識し、さらに力を解放しているかのような気配すらある。
「気を抜くな!反撃と行くぞ!」
ケインの声が落ち着いた調子で響く。
その一言で、隊員たちの空気が一変する。
ケイトは腰を落とし、《魔装》を研ぎ澄ませて再び構えを取った。
アリシアは蒼空の後ろに控え、ちらりと視線を向ける。
アリシアは小さく息を呑んだ。そして、ふっと表情を引き締めて言う。
「蒼空君……私が牽制するから、その隙に最大火力をお願いできる?」
蒼空は驚いたようにアリシアを見たが、すぐに口角を上げて笑った。
「了解。任せたぞ」
その言葉に頷いたアリシアは、杖を構え、魔力を集中させる。
焔が彼女の足元で渦を巻き、周囲の空気が熱を帯び始める。
やがて、アリシアが低く詠唱を始めた。
「――焔の巫女に導かれし烈火よ、舞い上がれ、紅蓮の翼、穿て、《火焔の刃》!」
彼女の掌から放たれたのは、空を裂くような鋭い火炎の槍。
紅蓮の光が一直線にエレクトリオスへと放たれ、その巨体に直撃する。
爆ぜるような爆音と共に炎が舞い、周囲の木々すら一部焼け焦げた。
蒼空はその瞬間を逃さなかった。
――今だっ!!
地を蹴り、爆煙の中へと駆け込む。
蒼空の体に纏う魔力が光の奔流となり、彼の手のひらに巨大な魔力弾が形作られていく。
「――《光砲弾》!」
高密度の魔力が収束され、蒼空の掌から解き放たれた一撃は、轟音と共に直進し、まだ炎が燻るエレクトリオスの胴体に直撃した。
閃光が大地を照らし、次の瞬間、爆風が辺りを飲み込む。
鋭い風が木々をしならせ、砂埃が巻き上がり、視界を一気に奪った。
「……ヒュー……。流石イーリス隊長のお弟子さん。あの人も大概だけど、蒼空君もその領域に片足突っ込んでるねこりゃ。……これじゃあ、どっちが化け物か分かんないねぇ」
アレンが頭を掻きながら、苦笑いとともにそう呟いた。
蒼空は地面に着地しながら、激しい鼓動と共に呼吸を整える。
――……かなりの威力だったはずだ。
――でも、あれでも倒れないなんて……
砂煙がゆっくりと晴れていく中、視線の先で巨体が影を落とす。
焦げた体毛の隙間から血を流しながらも、エレクトリオスはなおもゆっくりと立ち上がってきた。
その双眸には、殺意と冷たい知性が宿っていた。
「……これでも倒せないとはな」
蒼空は心の中でそう呟き、拳を強く握りしめた。




