-初任務⑤-
青空が澄みわたり、陽光が木漏れ日となって大地に降り注いでいた。
特務隊の一行は、兵舎を出てすぐ、風を切るように森の小道を駆け抜けていた。
《魔装》によって強化された足取りは軽やかで、一般人なら二か月はかかる道のりも、わずか二週間もかからずに辿り着く想定だという。
蒼空はしばらく無言で走りながら、ふと視線を横に向けた。
アリシアは、軽やかな足取りで並走している。
短く切りそろえられた赤髪が風に揺れており、息ひとつ乱れず、蒼空と目線が合うと少し照れたような表情を浮かべている。
――3か月前に入隊したばかりの新人であっても、この速度は平気なのか。
――さすが魔力制御が買われただけはあるな。
――まあ俺の方が新人なんが。
アリシアは魔力の気配もまるで感じない。
ナヴィアと同じように魔力制御に長けていることが伺える。
同様に、ケインとミラも走りながらも余裕を見せている。
ケインは鋭い眼光で周囲を警戒し、ミラは機械的な正確さでペースを一定に保ちつつ、足音ひとつ立てていない。
――この人たちも……やはり特務隊ってのは伊達じゃないってことか。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
陽が傾き始めるころ、一行は野営地に選んだ丘の中腹で足を止めた。
ミラが手際よく周囲を見渡してから設営を開始し、ケインが警戒に回る。
蒼空とアリシアには見張りの当番が回ってきた。
夜風が肌を撫でるなか、蒼空は隣に腰かけたアリシアに問いかけた。
「……それは魔法書か?勉強熱心なんだな。それより見張り中に本なんて読んでて、大丈夫なのか?」
アリシアは顔を上げ、にこりと笑った。
「平気だよ!魔物が近づいたら、ちゃんと気付けるから」
自信たっぷりの口調に、蒼空は少し驚いたような顔をした。
「へえ……俺よりずっと《透識》が上手いんだな」
「ん、そうかな?」とアリシアは笑いながら、ページをめくる手を止めた。
「でも、もっと上を目指したいんだ。……お姉ちゃんみたいにね」
その言葉に、蒼空は目を細めた。
アリシアの横顔に浮かぶ表情は、どこか寂しげで、それでいて芯の強さを感じさせるものだった。
「……アリシアも十分すごいと思うよ。入隊して早々に特務隊に入ってる時点で、普通じゃないって」
「……ありがと」
アリシアは頬をほんのり赤く染めながら、照れ臭そうに俯いた。
* * *
しばらくして、蒼空の視線がふと彼女の鞄へと向いた。
そこから一冊の厚めの本がちらりと顔を覗かせている。
「それは……何の本?」
「これ?魔物や悪魔についてまとめられてる資料本だよ。持ち歩いてるのは、ほとんど癖かな。何度も読んでるし」
「悪魔だって……?」
蒼空は眉をひそめた。
「この世界に、悪魔なんているのか?」
「いるよ。私は見たことないけどね。……でも、過去に何例かだけ、顕現したっていう記録が残ってるんだ」
そう言って、アリシアはその本を蒼空に手渡した。
蒼空は慎重にページをめくり、該当の項目を目で追っていく。
――悪魔。魔法に極端に特化し、上位種となれば属性の制限もなく、あらゆる魔術を操る。
その力は国家レベルの災厄とされ、召喚は第一級禁則とされる――
ページを読み終え、蒼空は眉間に皺を寄せ、ふうと息を漏らした。
「……ほんとこの世界は、洒落になってねえな」
「だからこそ、禁則事項なんだよ。召喚儀式はもちろんだけど、悪魔に関する研究をしただけでも、重罪になるの」
アリシアの言葉に、蒼空は本を閉じ、空を仰いだ。
――この世界、俺が知らないことだらけだな。
――でも、だからこそ……進むしかない。
「ありがとう。勉強になったよ」
そう言って微笑むと、アリシアも笑って頷いた。
その夜、月の光に照らされる中、二人は交代までのひとときを静かに過ごしていた。




