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-魔導部隊への入隊⑫-

会議が散会し、重たい空気がようやく緩んだ頃だった。


「ナヴィア」


控えめでありながら、どこか芯のある女性の声が背後から掛けられた。

ナヴィアがちらりと振り向くと、そこには第三部隊を任されるウィステリア隊長の姿があった。


ゆるやかに揺れる艶のある紫色の髪を結い上げ、花のかんざしが耳元で静かに光を反射している。

その優美な微笑みは見る者を緊張から解き放ち、まるで春の陽だまりのような温もりすら感じさせる。

しかし、それはあくまで表層――彼女の本質を知る者は、その穏やかさの裏に潜む"獣"のような執着を決して見逃さない。


ミネルバ・ウィステリア。

その名と容姿に憧れを抱く兵士は男女を問わず多い。

だが、その一方で彼女の“嗜好しこう”を知る者は少ないのだが。


「……なんだ、ウィステリアか」


ナヴィアは面倒そうに眉をひそめた。

長年の付き合いではあるが、彼女が関わるときはいつもこういう表情になってしまう。


「なんだって失礼ねぇ。そんなことより、蒼空……だったかしら?そんな面白そうな子見つけておいて、どうして真っ先に私に教えてくれなかったのかしら?」


その言葉と共に、彼女は舌なめずりをするように唇を湿らせた。

意識的なのか無意識なのか――どちらにせよ、ナヴィアは深々と溜息を吐いた。


「……お前に教えたところで良いことなど何もないからな」


「ひっど~い。もうちょっと愛想よくしてもいいんじゃない?今度そっちの隊舎にも顔出すわね。その蒼空って子に会ってみたいし」


言いながら、ウィステリアは微笑む。

だが、その時――後ろから、ふにゃりとした気配が近づいてきた。


「ウィステリア隊長ぉ~、そんな入隊生のことなんてどうでもいいじゃないですかぁ~」


それは見るからに軍人らしからぬ緩さを纏った女――

第三部隊副隊長、セリス・アマランスであった。


快活な水色の瞳を輝かせながら、ウィステリアの背中にぴったりと抱きつく。

彼女の金髪は綺麗に整えられており、どこか人形のような雰囲気すら感じさせた。


「あらあら、セリスちゃんは相変わらず甘えん坊ね」


「えへへ~、甘えるのは隊長だけですよぉ」


頬を擦り寄せながら無邪気に笑うセリス。

その様子にナヴィアは再び溜息を吐いた。

そして何も言わずに、踵を返してその場を離れる。


「軍務が空いたら行くからね~、楽しみにしてるわよ!」


背後から届いた声に、ナヴィアは聞こえないふりを決め込んだ。


――やれやれ、厄介なやつに目を付けられたな

――だが、それ以上に厄介なのは……いや、よそう


ナヴィアの背中が遠ざかっていく。


その様子を、ウィステリアは微笑を浮かべたままじっと見つめていた。

その笑みの奥には、僅かに冷たい光が宿っている。


彼女には分かる。

長い付き合いだからこそ、あのナヴィアが何かを隠していることも。


――何を隠しているのかは分からないけれど

――あのナヴィアが弟子を取るだなんて、相当おもしろい子に違いないわ

――ふふっ……面白くなってきたわね


ウィステリアの視線は、まるで新しい玩具おもちゃに興味を示した子供のように、どこか危うい輝きを帯びていた。


******************


月が静かに中空に浮かぶ頃、石猫亭の一室では、小さな蝋燭ろうそくの灯りが壁に柔らかな影を揺らしていた。

木製の簡素な寝台に腰掛けた蒼空は、ようやく落ち着いた一日を思い返しながら、疲れた身体をゆっくりと横たえる。

街の喧騒も今は遠く、時折どこかの店の扉がきしむ音が聞こえるだけだ。


「ふぅ……」


呟いた声は天井のはりに吸い込まれていく。

思い返せば、王都に来てからまだ間もないが、色々なことを経験した。


人族の訓練も少しだけ見れた。

やはり、ナヴィアは魔導部隊の隊長ということもあり、相当な強さを持っていた。

流石にあれほど強い人が一兵士な訳がないが、まさか隊長だとは……。


魔導部隊にはあれほどの強者はあと5人。…いや、副隊長を合わせれば11人もいる。

そして、武装部隊の実力は不明だが、それを物の数に入れなくとも、魔族との戦力差は圧倒的だろう。


しかし、この戦力差を埋めるために思い浮かぶ手はない。

だが、まだ始まったばかりなのだ。

これから様々な事を経験し、知見を広げられれば見えてくるものがあるかもしれない。


蒼空はうとうとと、まどろみの淵へと沈みかけたその時――

背筋に、ひやりとした感覚が走った。

まるで、何か得体の知れないものが、遠くから静かに自分を見つめているような……そんな錯覚に近い不快感。


「……なっなんだ!?」


蒼空は反射的に上体を起こし、辺りを見回す。

部屋の扉は閉まっているし、窓も外からの風は感じない。特別、異常は――ない。


「……今の、なんだ?気のせい……か?風邪でも引いたかな……」


首を傾げつつも、胸に巣くうわずかな違和感を拭いきれない。

だが、どれだけ考えても答えなど出るはずもない。


――一体、誰かが自分のことを見ていたような……。


ふ、と小さく笑いを漏らす。


「なんてな。……明日予定通り、兵舎に行かないとだし、もう余計なことは考えずに寝よう」


蒼空は布団に潜り込み、目を閉じた。

だが、先ほどの感覚がうなじに残るようにしつこくまとわりついていた。


もちろん、この時の彼に――

遠く離れた兵舎の一室で、己の名を囁きながら微笑む“藤の女、ウィステリア”の存在を知る由もなかった。

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