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6 ◆ 二人の少女の新生活

全10話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。

 まさかの「未来の伯爵夫人(仮)」になった、貧乏男爵家の長女の私。


 平凡少女からの、王子様のような貴族令息との恋で一気に変わっていく人生。

 自分で言うのもアレだけど……私いま、すっごく恋愛小説の主人公みたいじゃない!?浮かれちゃうのも仕方がないよね!



 由緒ある四大公爵家のご令嬢【セレンディーナ・パラバーナ】様の侍女になってもうすぐ2年。

 私も御主人様もそれぞれの学校の中等部を卒業して、高等部に進学した。


 御主人様が通う高等部は、中等部と同じ田舎の街ラケールにある貴族学校──()()()()、王都にある王国(いち)有名な、国中の有力貴族の子女が集う、全寮制の超超超超名門校。


 ──最難関の「王立魔法学園中央校」。


 そして未来の伯爵夫人である私も当然、心機一転!これからは有力貴族の仲間入り。

 高等部からは御主人様と同じ全寮制の王立魔法学園に通い始め──……


 ………………って言えれば良かったんだけど。


 私は残念ながら、恋愛小説の主人公の女の子にはなりきれなかった。



 はい。それはなぜかと言いますと……


 …………普通に、()()()()()()()()()()


 ………………はい。



 っ、でも!ちょっと言い訳させてほしい!!

 私はレックス様との婚約が決まってから、入試まで全然時間がなかったなりに、本当に必死に頑張った。


 ……ただ、田舎の()()()学校に通っていた私には、()()学校に入れるような魔法学全般の知識が全然なかった。

 それで結局、間に合わなかった。


 一応私も貴族の端くれとして、魔力は多少は持っているんだけど。

 でも、回復魔法って言っても、ちょっと転んで擦りむいたときにとりあえず止血ができる程度。

 火属性魔法って言っても、マッチの代わりにちょっと火種が出せる程度。

 水属性魔法って言っても、ちょっと指先が汚れちゃったときに蛇口代わりにちょろちょろっと水が出せる程度。

 ……もともとそのくらいの実力しかなかった。


 当然、魔法史なんて浅い部分しか知らないし、基礎魔法学に出てくる魔法は一つも使ったことがない。魔法薬学、魔法科学、魔物生態学に至っては、さっぱり何にも分からない。

 せめて他の科目は!って思って頑張ったけど、そんな程度で突破できるほど、王立魔法学園は易しくなかった。



 不合格っていうみっともない通知を手に、情けなさと恥ずかしさで死にそうになりながら婚約者のレックス様にご報告をしたところ、レックス様はそんな私を笑って励ましてくださった。

 ちなみにレックス様は、御主人様とは少し違う、それでもすっごく名門の王立魔法学園()()()に中等部のときから通っていた。

 私は中央校と併願で東部校、西部校も志願していたけど、普通にあっさり全落ちした。


「試験の結果は残念だったけど……王都の普通科学校には受かったんだろ?エリィさんが王都に来てくれるだけでも嬉しいよ。そうすれば週末会えるようになるし。」


 そう。私は結局、王都の中にある、王立普通科学校の高等部に進学することが決まったのだった。


「学園が全寮制だから俺はいないけど、エリィさんがよければ伯爵家から通ってくれてもいいと思うんだ。」


 レックス様はありがたい提案をしてくださった。


「でも、婚約自体がけっこういきなり決まっちゃったしな。エリィさんも突然そんなこと言われても困るか。……それに、エリィさん自身にもやりたいことはあるだろうし。

 エリィさんはどうしたい?なるべく希望は叶えるよ。」


 私はレックス様に優しくそう訊かれて、数日間、真剣に今後のことを考えた。



 ──私はもうレックス様の婚約者。

 今のままじゃダメだ。伯爵家に住ませてもらって、早く本格的な貴族教養を身に付けていくべきだよね。そうしてレックス様の隣に立てるようにしなきゃいけないんだ。未来の伯爵夫人として。

 多分、それが正解だし、それが普通。当たり前。


 だけど…………。



 私は自分なりにあれこれ必死に考えて、そしてひとつの結論を出した。


「……レックス様。たいへん我儘なお願いだとは分かっているのですが。

 私は『高等部を卒業するまでは、セレンディーナ様専属の侍女を続けたい』と思います。


 たかだか1ヶ月程度でしたけど、入試のために勉強をしてみて感じたんです。

 ……『普通科学校と貴族向けの魔法学校では、学べる内容が全然違う。普通科学校だけでは、どれだけ頑張っても限界がある』って。そう痛感しました。

 私はもともと弟のテオに──自分よりも賢い弟に、貴族学校に通って男爵家長男としての教養を身に付けて、それでのびのびとその才能を伸ばしてほしいとずっと思ってきました。そのためのお金を貯めたくて、侍女の仕事を始めたんです。

 この数日間いろいろ考えたんですが、そこはやっぱり、曲げたくないんです。

 きちんとこの手でお金を稼いで、弟と、実家の男爵家に長女として貢献したい。

 できるならば私はあと3年間、その目標に向けて働き続けたいと思っています。」


 私の意志を聞いたレックス様は、力強くしっかりと頷いて、それからとっても嬉しそうに笑ってくださった。


「やっぱり、エリィさんはすごいな。

 エリィさんのその目標、全力で応援するよ。」


 そして最後に、照れくさそうにこう付け加えてくださった。


「……うん、そうだよな。

 俺は『侍女として働くしっかり者のエリィさん』に惚れたんだ。

 だから……こうして芯がブレない力強いエリィさんがやっぱり好きだなって、今また再認識できたよ。」



 そうしてレックス様から優しく背中を押してもらった私は、この決断を私の雇用主である公爵家ご夫妻にもお伝えした。

 公爵ご夫妻はレックス様と同じように、予想通り、笑顔で応援してくださった。

 公爵様からは「あちらのアーケンツォ伯爵様と相談することにはなると思うが、もちろん今まで通り、エリィさんの学費はこちらで出させてもらうつもりだ。その心配はいらない。また別邸のときのように、娘の学園寮に侍女として一緒に入ってもらうことになるだろうが、週末は遠慮なく伯爵家の方に行ってくれていいんだぞ。」とのありがたいお言葉をいただき、ご夫人からは「エリィさんが侍女を続けてくれるなんて。セレンディーナも喜ぶわ。娘の侍女を続けられる同年代の子なんて、エリィさんくらいしかいないもの。」との、ありがたいようで複雑なお言葉をいただいた。


 ……御主人様にご報告したときは、案の定、試験に落ちたことと侍女を続ける決断をしたことを盛大に呆れられて小馬鹿にされたけど。

 思いっきり軽蔑した目で「信じられない。どうやったらあんな初等部レベルの試験に落ちることができるのよ。逆にやり方を教えてほしいくらいだわ。」って言われたときは、やっぱり頭にきちゃったけど。


 でも、昔のように御主人様に怯える気持ちは、この2年ですっかり消えていた。


 レックス様とのお見合いのときに御主人様を泣きながら怒鳴ってしまった私には、恐れるものは何もなかった。

 御主人様が私のことをどう思っているかは分からない。

 でも私はもう、最近はなんだか御主人様のことを、ある種の好敵手(ライバル)のように感じていた。


 ──ちゃんと侍女として真面目に仕事して。いざとなったら、同い年として真正面からぶつかり合う。


 働き始めた頃に思い描いていたような「理想の優秀な侍女」とはなんだかちょっと違う気がするけど。

 私と御主人様の関係は、そういう形でいい気がする。



 こうして私は、御主人様と一緒に新たな寮生活をスタートさせたのだった。

 ……通う学校は、残念ながら違うけど。



 ちなみに私の大の仲良し、ラケールの街のダリアとミューリンは、私の婚約と高等部進学を驚きながらもすっごくお祝いしてくれて、王都に行く私にプレゼントと手紙までくれた。


「エリィ、なんだかお姫様みたいな人生じゃん。

 正直言うと、嫉妬しちゃう気持ちもあるけどさ。でもそれはエリィが仕事をすっごく頑張ったからだよね。おめでとう。

 …………っ、んんー!でもやっぱり悔しーっ!エリィばっかり羨ましー!!

 よーし!こうなったら私だって負けないくらいイケメンで王子様みたいな彼氏を作ってやるー!!

 私の作るめちゃ美味(うま)ケーキで、ラケールに観光に来たご令息たちを全員落としてやるわ!!」


 他の街の有名なパティシエに弟子入りすることが決まっているダリアの宣言に、私とミューリンは笑った。

 ミューリンは長い間ずっとお付き合いを続けてきていた農家の息子と一緒に、これからは農業の勉強をするらしい。


「修行を終えてラケールに帰ってきたら、私が作った果物を使って豪華なケーキを作ってね!ダリア。」

「まっかせてー!超おしゃれで見栄え抜群なスペシャルフルーツケーキを作って、ラケールのおしゃれカフェで百万個売って、私とミューリンで億万長者になっちゃおうよ!!

 ……あ!ごめぇ〜んエリィ。仲間はずれにしちゃって〜。エリィお嬢様は王都でどうぞお幸せにぃ〜!」


 ダリアの意地悪な優しさと、ミューリンの「エリィ。ラケールに帰ってくるときは絶対に声を掛けてよね!一緒に遊ぼう!」という直球の優しさに何度も何度も頷いて、私は新生活への気合を入れた。



◆◆◆◆◆◆



 何もかもが新鮮な王都での新生活。

 王都自体が新鮮な私と違って、御主人様は「まあ、王国一の学園といっても、どうせ大したことないわよ。」みたいな冷めたテンションでいるのかな〜と思ったら、意外にもそうではなかった。


「エリィ。わたくし、どうかしら?どこかおかしなところはない?」

「はい大丈夫です。完璧です。セレンディーナ様は今日も大変お美しいです。」

「ふんっ、当然でしょう?そんな見え透いたお世辞はいらないわ。……じゃあ、行ってくるわね。貴女も、遅刻しないように早く学校に向かいなさい。」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ、御主人様。」


 クルッと華麗にターンをして、身支度の最終確認をしてから颯爽と寮部屋を出ていく御主人様。

 今日が入学式の御主人様は、どうやらとっても張り切っているらしかった。


 私はいつもよりも年相応にウキウキしている御主人様をちょっと微笑ましく思いながらも、自分も学校に行くべく支度を始めた。


 ……それにしても。寮自体に警備兵の人たちが何人も付いている上に、寮の各部屋に「付き人用の小部屋」までついているなんて、すごすぎない?しかも小部屋と言いつつ、実家の私の部屋と大差ない大きさなんですけど。

 さすが有力貴族の通う全寮制の金持ち校。……いや、実家の私の部屋が狭すぎるのかも?なんだか感覚が麻痺してきちゃう。


 私の通う普通科学校は昨日が入学式だったから、今日は初の通常授業日。

 小部屋の方のクローゼットを開けて侍女服から学生服に着替え、まだ新しい紙の匂いがするたくさんの教科書を鞄に詰める。

 それから、御主人様みたいに全身鏡の前でクルッと勢いよくターンをして、一人で鏡の中の自分に向かって「ニコッ!」と笑いかけてから部屋を出た。



◆◆◆◆◆◆



 入学式までのここ1ヶ月ほど、御主人様はずっと何か気合いを入れていた。

 私が「新生活が楽しみですね。」と素直に言ってみたら、御主人様は馬鹿にしたり冷笑したりすることなく、珍しく素直に返してきた。


「ええ。ラケールの学校は田舎すぎて退屈で仕方がなかったけれど、この学園ならば()()()楽しめそうだもの。

 パラバーナ公爵家の令嬢たるもの、誰にも負けるわけにはいかないわよね。」


 そう言いながらさっそく自習に美容にと、できることすべてに取り組み、入学式に向けて最終準備に余念がなかった御主人様。

 私はそんな御主人様の勤勉で努力家な姿にこっそり感銘を受けていた。


 その努力の方向……というか「原因」が、予想外のものだったけど。



◆◆◆◆◆◆



 御主人様の魔法学園の入学式の日の夕方。

 自分の普通科学校の初授業日を終えて御主人様の学園の寮に戻ると、お部屋で御主人様が何かを悩んでいた。椅子に腰掛けて勉強机に右肘を置いて、右手を額に当てて、微動だにせず考え込んでいた。


「ただいま戻りました。」

「……ああ、エリィ。ちょうど良かったわ。何か飲み物をちょうだい。そうね、ココアがいいわ。」

「かしこまりました。」


 私はさっそく御主人様のご指示通りに、ホットココアをお淹れする。ここら辺はもう手慣れたもの。


「お待たせいたしました。」


 御主人様の勉強机の上には、ちょうど小説が開いてあった。

 私はうっかり零さないように慎重に、小説の横にそっとココアを置く。そのとき、ちょうどふと、その小説の内容が私の視界に入った。


「……あ、」


 思わず口から声が漏れてしまった。


 御主人様はこだわりなのか、いつも本には綺麗なブックカバーをつけている。私も私で「何の本なのか盗み見るのはあんまり良くないかな」と思って、勝手に開いたりじろじろ覗かないように気を付けている。

 だから、御主人様がよく本を読まれていることは知っていても、それがどんな本なのか、御主人様がどんな趣味をしているのかは実は知らなかった。


 でも今、目に飛び込んできてしまった。

 この本って、もしかして──……


「何?」


 御主人様が額に手を当てたまま顔を少しだけ動かして私を横目で睨むようにして見上げてくる。

 この冷たい視線には慣れたものだけど、うっかり覗いてしまったことは大人しく謝ることにした。


「申し訳ございません。ココアを置かせていただいた際に、御本の中身が目に入ってきてしまったもので。

 私の知っている小説のような気がして、つい声が出てしまいました。」


 すると御主人様は、パッと顔を上げて目を見開いて「貴女もこの小説を読んだことがあるの?」と純粋に驚いてきた。


 ……御主人様がたまにする、こういう年相応なお顔は本当に可愛いんだよなぁ。もっと普段から素直にこんな感じの表情をしていればいいのに。


 私は御主人様からの質問に頷いた。


「はい。その御本、『悪役令嬢シリーズ』の第1巻ですよね。

 私、ちょうどセレンディーナ様お付きの侍女として働き始めた頃に買って読んでいたんです。」


 ……【悪役令嬢様】の噂の元ネタだって、当時ダリアに聞いたので。


 とまでは、当然口には出せなかったけど。


 見間違えるはずがない。パッと目に飛び込んできた文章にあった登場人物の名前。見覚えのある、冒頭の下り。


 ──これ、2年前にダリアから教わった、例の「悪役令嬢」が出てくる恋愛小説だ。



 当時女子の間でめっちゃ流行ったこの小説。現在はシリーズものになっていて、第3巻まで出ている。そして現在でもとっても人気。本屋さんに行くと絶対にドドーンと平積みになっている。

 毎回舞台も登場人物も変わるんだけど、共通しているのが「悪役令嬢」って呼ばれるご令嬢が絶対に出てくること。

 今御主人様が開いている第1巻は、主人公(ヒロイン)が平民の魔力持ちの女の子で、悪役令嬢は公爵家のご令嬢。ヒーローは王国の王子様。サブヒーローたちもみんな魅力的で面白い。

 ちなみに第2巻は、主人公の義理の姉が悪役令嬢なんだよね。侯爵家の後妻の連れ子が主人公で、いきなりできた可憐な義妹をいじめちゃう姉が悪役令嬢ーってわけ。ヒーローはなんと!主人公の義理の兄で、悪役令嬢の実の兄。つまり侯爵家のご長男。……内容は面白いんだけど、私はこのヒーローがちょっと苦手かな。「兄として毎日一緒にいるんだから、妹たちの揉め事をもっと早く何とかしてあげてよ!」って思っちゃった。

 そして第3巻は……先月発売したのとほぼ同時に買ってはあるんだけど、忙しかったせいでまだ読めてない。噂で少しだけ聞いちゃったところによると、どうやらヒーローが若い執事らしい。私は侍女だし、同じ使用人としてすっごく気になってるんだよね。新生活が落ち着いてきたらすぐに読むつもり。



 私の返事を聞いた御主人様は、話が通じる相手を見つけた嬉しさからなのか、心なしかいつもよりも目を生き生きとさせながら私に話を振ってきた。


「ねえエリィ。

 わたくし、この小説の『悪役令嬢』に似ていると思わない?」



◆◆◆◆◆◆



 ………………ん?



 話を振られたけど、全然予想していない角度からだった。


 ……えーっと、これ、否定すべき?肯定すべき?


 私は瞬時に考えを巡らせた。


 まず大前提として「悪役令嬢」は、小説の中ではその名の通り「悪役」だ。御主人様のことを「はい。貴女は『悪役』っぽいです。実はラケールの街では、陰でこっそり【悪役令嬢様】ってあだ名まで付けられてましたよ。」なんて言っちゃいけない。

 ……普通はね。

 ただ、私の御主人様は()()()()()()

 御主人様の今のこの表情。それから日頃の言動とその価値観。嫌味やお小言は多いけど、意外と引っ掛け問題みたいな捻くれた質問はしてこない真っ直ぐな性格。これらの要素から導き出せる結論は──


「──はい。

 私も、御主人様は『悪役令嬢』様に似ていると思います。」


 私はそう答えた。

 すると御主人様は、こう返してきた。


「やっぱり?そうでしょう?わたくし、この小説を読んだときに思ったのよ。

『この悪役令嬢は、わたくしだ』って。」


 よーし!当たった!!


 私は心の中でガッツポーズを決める。


 どうよ!これが私の、2年間の侍女生活で鍛え上げた「人読(ひとよ)み」スキル!

 セレンディーナ様限定だけどね!!


 御主人様はブレない御方。身分相応の立ち居振る舞いを自分に厳しく課して、常に完璧であり続けている。

 そして、それを同様に他人にも等しく厳しく課して、できていなければ当然見下すし文句も言う。……その暴言(こと)を微塵も「悪い」と思っていない。

 だから、御主人様はこの小説に出てくる「悪役令嬢」のことも、「性格が悪いせいで孤立してしまった自業自得なご令嬢」とは思わずに、「容姿端麗成績優秀品行方正なのになぜか貶められてしまった可哀想なご令嬢」と思っている──……私はそう予測した。


 その予測が今、バッチリ当たった。

 いやー!嬉しい!!こうやって御主人様の思考回路を読んで正解できたときって、なんだか難しいクイズに答えられたときのような不思議な爽快感があるんだよね。

 変な会話の楽しみ方だけど、御主人様のこういうところは意外と、けっこうクセになる。


 そんな私の読み通り、御主人様は頷きながらこう言ってきた。


「わたくしはこの悪役令嬢と同じく、容姿端麗成績優秀品行方正な完璧令嬢でしょう?」


 わぁー……私の人読み、当たり過ぎてる。一言一句同じだよ。

 もはや自分の侍女の才能が怖い。セレンディーナ様限定だけどね。


 私が心の中で自画自賛していると、続けて御主人様は謎めいたことを言ってきた。


「だからわたくし、ずっと警戒していたの。

 わたくしは高等部で、この小説の悪役令嬢のように破滅なんてしたくないもの。」


「は、破滅……ですか?」


 ……ごめんなさい。私がまだ甘かった。

 この御主人様を読み切ろうなんて、常識人の私には到底無理だった。


 私が御主人様の言葉に首を傾げると、御主人様はココアを一口飲んで、それから複雑そうに顔を顰めた。


「この小説の『悪役令嬢』は、理不尽なことに破滅の道を辿るでしょう?

 能天気で、無知で、愚鈍で、身分を弁えない、非常識極まりない主人公の『平民の魔力持ち』なんかに()められて。」

「……視点によっては、そう捉えることも可能ですかね。」


 私は主人公の平民の女の子から、勇気と元気をもらってましたけど。


「だからこそ警戒していたはずだったのに。気合いを入れて万全の状態で初日を迎えたはずだったのに。

 今日、わたくしの懸念通りのことが起きてしまったのよ。」

「と、言いますと?」


 私が相槌を打ちながら続きをそっと促すと、御主人様は真剣な顔で今日あったことを教えてくださった。



「いたのよ。わたくしのクラスに。

 よりによって、わたくしの隣の席に。


 ──『平民の魔力持ち』が。」


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