4 ◆ 悪役令嬢の婚約者?
全10話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。
努力家だけど、プライド高すぎ人見下しすぎな公爵令嬢【セレンディーナ・パラバーナ】様。
陰での異名は【悪役令嬢様】らしい。
そう。
同年代の女子たちの間で大流行中のとある恋愛小説シリーズ。
そこに出てくる例の悪役令嬢には、幼少期に定められた婚約者である、麗しき優しい王子様がいた。
私の御主人様であるセレンディーナ様には、まるで王子様みたいな双子の片割れのお兄様はいるんだけど──……残念なことに、まだ小説のような【王子様みたいな婚約者様】はいなかった。
御主人様の侍女になって早1年半。
私も御主人様ももう15歳。月日が経つのは早いもので、あと数ヶ月で中等部も卒業になってしまう。
そして、貴族なら婚約者ができていても全然おかしくはない年齢。
……でも、御主人様は今日も、相変わらずの調子だった。
◆◆◆◆◆◆
「……セレンディーナ様。」
「何かしら?」
「本邸の公爵様より、こちらが届いております。……『せめてきちんと目を通してくれ』とのことらしいです。」
しんしんと雪が降り積もる、幻想的な景色の公爵家別邸の中庭。
窓から中庭の雪景色を眺めながら、綺麗な布製のカバーをつけた本を片手に優雅に紅茶を飲んでいる御主人様に、私はそっと話しかけて執事長から預かった封筒を手渡した。
…………まあ、結果は分かってるんだけどね。
大きな封筒の中には、厚くて固い何かが入っている。
私はその何かが何なのかを、開封する前から知っていた。だって、最近よく似たような封筒ばっかり御主人様に手渡しているから。
…………そして、それをいっつも突き返されているから。
案の定、御主人様は思いっきり不愉快そうに顔を顰めて「何よ。その『きちんと目を通せ』って。」と吐き捨てながら、紅茶と本を机に置いて、面倒臭そうに私から封筒を受け取りその中身を取り出した。
高級そうな紺色の背続きの綴じ込み表紙。ハードカバーの薄くて大きな本みたい。それを死んだような目をしてパラパラとめくって、予想通り即座に私に突き返してきた。
「見たわ。」
「あ、えっと……いかがでしたか?」
私は一応、答えは分かりきっているけど質問をする。……執事長に報告しなきゃいけないからね。
御主人様は死んだような目のまま、私に向かっていつものように言い放った。
「聞かなくても分かるでしょう?
いらないから貴女に返したのよ。それが答え。」
「……はい。」
もうちょっと粘って「もっとしっかり読んでみてから判断されても良いのではないでしょうか?」とか言うべきなのかもしれないけど。
でもこの前、試しにそう言ってみたら……御主人様、超〜イラつきながらもう一度パラパラとめくって、私に突き返すんじゃなくてゴミ箱にガタン!って音を立てながら捨てて「貴女の言う通りにしたけれど、時間の無駄だったわ。……これで満足かしら?」って睨みつけられたんだよね。それ以来、怖くて言えてない。
──この「婚約者候補の釣書」たち。
私、一体今まで何回、こういう釣書をお渡ししては突き返されてきたんだろう。
執事長に報告するときの、執事長の「分かってはいたけどガッカリ」な顔。毎回見るあの顔を想像すると、今から私もげんなりする。
多分、執事長も本邸にいる公爵様──御主人様のお父様に毎回報告するのが、気が重くて仕方がないんだろうな。
………………はぁ。
私が内心溜め息をつきながら大人しく釣書を受け取ると、御主人様は私に向かって不満そうに言ってきた。
「言っておくけれど。
わたくし、本当に毎回、きちんと目を通して確認はしているわよ?
目を通した上で『わたくしには相応しくない』と思っているから返しているだけ。わたくしに見合う相手ならさらに検討するに決まっているじゃない。」
「えっ?そうだったんですか?」
私はついうっかりそう返してしまった。
御主人様、ただパラパラーっとめくって見たフリをしてるだけじゃなかったの?
一応アレでちゃんと見てるつもりだったの?
──……婚約者を選ぶ気、一応はちゃんとあったんだ?
あまりにも御主人様が毎回秒で突き返してくるから、てっきり「男嫌いか他人嫌いか、そんな感じで、そもそも結婚とかしたくない人なのかな?」なんて最近は思ってた。……違ったんだ。
私の反応を見た御主人様は呆れながら
「お父様も。公爵家に来たものをそのままわたくしに送るのではなく、もっときちんと厳選してほしいわ。
その釣書の男なんて、論外に決まっているじゃない。何故わたくしに見せる前に弾けないのかしら。」
と溜め息をついた。
そして、それからついでのように、私が何か感想を持つ前に「それ、気になるようならば見てもいいわよ。」と適当に言ってきた。
えっ?いいんですか?侍女の私が見ちゃっても。
言われるまで中を覗こうなんて思ったことなかったけど、そう言われたら何だか急に気になってきた。
……気になる。公爵令嬢の御主人様に届く釣書って、どんな感じなんだろう?
私も一応男爵家の令嬢ではあるんだけど、貴族って名乗っていいか怪しいくらい普通な家だから、そもそも釣書なんて作ったことも届いたこともない。
私は「……では、拝見させていただきます。」と身構えつつ、釣書をそーっと開いてみた。
そこには、すごく上手い絵師によって丁寧に描かれた、貴族のご令息らしき姿絵があった。
…………えっ、これ──っていうか、この人──
「めっっっちゃ格好いいじゃないですか!?!?」
私は思わず叫んだ。
嘘でしょー?!超イケメンなんですけど!この姿絵!?何これ何これ!かっこいいー!!
燃えるような赤髪に、キリッとした眉。そして力強い吊り目に印象的な橙色の瞳。微笑んでいるというよりもキュッと横に引っ張られている感じの薄めの唇が、硬派な感じがして好印象。
えぇー!めっちゃかっこいいんですけどー!?
私がびっくりしながらその姿絵を見ていたら、御主人様がまるで外の雪ように冷めた〜い声で一言、私に質問をしてきた。
「お兄様よりも?」
「…………へっ?」
私が素っ頓狂な声をあげると、御主人様はまるで外の雪のように冷た〜い視線を私に投げかけながらもう一度聞いてきた。
「その男。わたくしのお兄様よりも格好良く見える?」
う、うわぁー…………。
「えっ、えーっと……それは……」
「別に気を遣わなくていいわよ。正直に言いなさい。」
「はい。……えっと、正直に申し上げますと……」
私はこういうとき咄嗟にうまくいい感じに誤魔化す答えを思い浮かべることができないタイプだから、困惑しつつも素直に答えてしまった。
「個人的にはこの釣書の御方みたいな雰囲気の人が好み……あ!えっと、魅力的だな〜とは思うんですけど。
でも客観的に……というか、世間一般的には、さすがにアルディート様の方が格好いいかな〜と思います。……はい。」
さすがにね。うん。アルディート様のお顔は造形が完璧なお人形レベルだから。ちょっと人間味がなさすぎてゾッとするくらい。あっ!もちろん、いい意味で。
非の打ち所がないっていうか。正直、比較対象に出されたら全人類が敗北しそう。
すると、私の返答を聞いた御主人様は、当然だと言わんばかりに頷いた。
「そうでしょう?
お兄様にすら届いていないような顔面なんて、驚くに値しないわ。
それにどうせ、姿絵なんて多少は盛っているに決まっているんだから。
写真を使っているならばまた別だけれど。姿絵の場合は大抵、実物とは異なるわよ。」
「うっ!そういうものなんですか?」
なんか、そう聞くと一気にテンション下がるなぁ。
実際に会ってみたら姿絵と全然違う顔の人でした──なんてことがあったら、ちょっと嫌かも。
御主人様は続けて、私の持っている釣書に冷ややかな視線を投げかけた。
「……それに。そこに書いてあるプロフィール。
全然魅力的じゃない。惹かれる要素が皆無だわ。
まず、そもそもの身分もわたくしに釣り合っているとは到底思えないけれど。そこを百歩譲ったとしてもよ?」
そこまではまだ読んでなかった。
私は姿絵の隣のページに書いてあるプロフィールにそそくさと目を通した。御主人様の方から「あら。まだ読んでいなかったの?随分と見るのが遅いのね。」という煽る声が聞こえてくる。
どっちかって言うと、あんなパラパラーってめくった一瞬で本当にちゃんと読んでいた御主人様の方がおかしいと思うんだけど。速読力がすごすぎる。
御主人様の言っていた釣書の彼のプロフィールは、まあいろいろ書いてあるんだけど、だいたいこんな感じだった。
──名前は【レックス・アーケンツォ】。
アーケンツォ伯爵家の長男で、御主人様と同学年。王都の学園の中等部に通っている。
趣味は語学の勉強。特技はアーチェリー。
将来の夢と目標については「高等部卒業後は国外留学をして自身の視野を広げ、柔軟な発想を身につけたい。そして、それらをもってアーケンツォ伯爵家ひいては王国の発展に尽力していきたい。」ということらしい。
「えぇー……いいじゃないですか。レックス様。
語学の勉強とか、国外留学とか。真面目そうで、大きな夢もあって。」
私は無意識に声に出して感想を漏らしてしまっていた。
……いいじゃん、レックス様。
まあ、たしかに完璧超人なアルディート様と比較すると霞んじゃうのかもしれないけど。でも個人的には、この姿絵の見た目通りなら、めっちゃ私の好みなんだよなぁ。こういう意思が強そうなキリッとした顔に弱いっていうか。頼り甲斐がありそうでグッとくる。
それに、語学勉強が趣味で国外留学が夢って……正直、ペペクル語の勉強が趣味な私にはぶっ刺さってる。
いいなぁ、御主人様。
私が御主人様だったら絶対にこのレックス様に会ってみるのに。
……私は貧乏な田舎の男爵令嬢だから、伯爵家の跡取りのご令息なんて手の届く存在じゃないけども。
……勿体無いよ。こんな素敵な人を会いもせずに切り捨てちゃうなんて。
御主人様……ずる過ぎる。
私がそんなことを思っていたら、しばらく静かに私を見つめていた御主人様が、突然意外なことを言ってきた。
「気が変わったわ。
会ってみようかしら。その男に。」
えっ?
驚いてバッと顔を上げた私に、御主人様は淡々と繰り返した。
「『その男に会ってみる』と言ったの。そう伝えておいて頂戴。」
「あ、はい!かしこまりました!」
私は反射的に返事をする。
それにしても御主人様、どんな心境の変化だろう?
私の疑問を察したのか、御主人様は机の上に置いていた本を手に取って再び開きながら、興味なさそうに付け足してきた。
「わたくしはその男が全然魅力的だとは思えないのだけれど。
ただ、エリィがそこまで言うのなら試しに会ってみようかと思っただけよ。」
「へ?私……ですか?」
──私に説得されて気が変わったってこと?御主人様……もしかして、ちょっとは柔軟になった?
それから御主人様は、私とは目も合わせずに「ふんっ」と鼻を鳴らして嫌味ったらしく笑った。
「さて。貴女の『男を見る目』はどんなものなのかしらね?お手並み拝見といこうじゃない。
実物は一体どの程度の男かしら。楽しみだわ。」
──うわ!違う!!これ、私に対する当てつけと嫌がらせだ!!
私がレックス様のことを「いいな」って思ったのに気が付いて、わざわざ目の前で「ほーら。実物は大したことないじゃない。やっぱりわたくしには相応しくないわ、こんな男。」って言って馬鹿にするために会おうとしてる?!
最悪っ!この女、ほんっと最悪ーーー!!
「何?その顔。何か不満でもあるの?
わたくしに届いた釣書を見て、わたくしが『会ってみる』と言っただけよ。貴女たちの望んでいる展開ではなくて?
とっとと報告に行ってきなさい。」
「…………はい。」
めっっっちゃ腹立つ!という意思表示のために、私は侍女として許されるギリギリのラインの低い声で返事をした。
◆◆◆◆◆◆
それからしばらく経ったとある週末。
私は初めて、馬車に乗って御主人様に付き添って王都のパラバーナ公爵家本邸へとやってきた。
──でっっっか!!
バカでかいお城みたいなお屋敷。これが御主人様のご実家かぁ。
知識としてはもちろん知ってたけど……改めて目にすると、本当に御主人様って次元が違うすんごいお金持ちのご令嬢なんだなーって実感する。
「何をボサッとしているの?行くわよ。」
「はい!」
私は御主人様の鞄を持ってついていく。
今日は御主人様と例の釣書の彼──レックス様とのお見合いの日。
私はというと、御主人様に「貴女がわたくしに勧めたんだから、責任を持って貴女もついてきなさいよ。」と有無を言わさず連れてこられた。
……私、勧めたつもりはなかったんだけどな。
あと、「責任」って何。もしかして御主人様のご期待にそぐわなかった場合、まさか私が怒られたりするの?理不尽にも程があるって。
とはいえ、ぶっちゃけ正直、今日のことは実はけっこう楽しみにしていた。
だって本物のあの格好いいレックス様に会えるかもしれないんだし!
ただの付き添いの侍女だから何が起きるわけでもないんだけど、今日は実は、いつもはしないお化粧もこっそりしてきちゃったりしている。どうせならちょっとでも可愛く思われたいし。侍女だけど。
……御主人様にお化粧バレてたらどうしよう。
まあいいかな。バレてたとしても「王都の本邸にお邪魔するので」って理由で張り切ってたってことにしよう。
私は緊張しつつもそわそわと浮かれながら、お城みたいなお屋敷に足を踏み入れた。
──ただの付き添いの侍女だから何が起きるわけでもない。
それが大きな間違いだったとは、このときは思いもしていなかった。
◆◆◆◆◆◆
「本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます。
レックス・アーケンツォと申します。よろしくお願いいたします。」
緊張しているのか、少し硬い声で挨拶をする本日の主役、レックス様。
豪勢なテーブルを挟んだ向かいに温かい笑顔で座っている御主人様のご両親である公爵ご夫妻と、いつも通りの冷たい真顔で座っている御主人様──セレンディーナ様に向かって、彼は丁寧に礼をした。
私はこの応接間の扉の近くに立って控えていたから、御主人様とレックス様のお顔がどちらもよく見えた。
えー!姿絵の通り!全然盛ってないって!まんまじゃん!
かっ、かっこいい〜〜〜!!!
私は脳内でこっそりはしゃいでいた。
それにしてもセレンディーナ様、あんなかっこいいレックス様を目の前にしてよくそんな表情筋ひとつ動かさずに座っていられるな。どんな心臓してるんだろ?
……ああ。まあ、いつも双子のアルディート様を見てるし、なんなら鏡で自分のお顔を見てるからか。セレンディーナ様とアルディート様っていう「美の権化」みたいな双子の前では、どんな美女もイケメンも霞んじゃうよね。……羨ましい。
公爵ご夫妻はそんなレックス様に向かって「今日は来てくれてありがとう。そんなに気張らずに、肩の力を抜いてくれ。」「ええ、夫の言う通りよ。今日はこちらこそよろしくお願いします。お会いできて嬉しいわ。」と気を遣っていた。
お二人は御主人様がこの本邸に到着したときから「ついに!ついにセレンディーナが見合いをする気になってくれた!」と喜んでいて、とっても張り切っているようだった。そして付き添いで来た侍女の私にも「貴女が娘にお見合いをしてみるよう勧めてくださったと聞いているわ。本当にありがとう。」って言って、さっき超高級そうなお茶菓子までご馳走してくれた。
何かもう、まるで娘の婚約成立がすでに決まった後のような浮かれっぷりだった。あと、お茶菓子は本っ当に美味しかった。まだ口の中が幸せなくらい。
……うん。私を侍女として採用するための最終面接をしてくれたときからそうだったけど、公爵ご夫妻もアルディート様と同じで、すっごく優しくていい人たちなんだよね。
いつも「御主人様とアルディート様って性格は全然似てないなー」って思ってたけど……もしかしてこれ、御主人様だけが誰にも似てない突然変異体なのかな?
私が失礼なことを心の中で思っていると、公爵ご夫妻に続けて御主人様が真顔のまま淡々と自己紹介した。
「セレンディーナ・パラバーナです。
レックス様とは初対面──ではありませんわね。パーティーの場でお会いしたことがありますもの。お久しぶりですわ。」
──いや、会ったことあるんかーい!!
釣書の姿絵を「どうせ盛ってる」とか言ってたくせに、実物見たことあるんじゃん!あれ嘘だったの?!何でよ!全然盛ってないイケメンなご令息だって知ってたんじゃん御主人様!
私が一人心の中で荒ぶっていると、御主人様が首を軽く傾げながらレックス様に向かって不思議な質問を投げかけた。
「随分と雰囲気が変わりましたのね?
わたくしの記憶違いでなければ、ですけれど。」
…………?
どういう意味だろう?
「…………あ、そ、そうでしょうか?」
いきなりの御主人様からの質問に戸惑うレックス様。
レックス様のお隣に座っているアーケンツォ伯爵ご夫妻も笑顔のままではあったけど、完全に困惑していた。
「………………。」
「………………。」
自分から話を広げる気はなさそうな、澄ました顔のままの御主人様。
御主人様の意図が分からず、緊張したまま困ったように目を泳がせるレックス様。
気まずい沈黙が流れ始めたところで、公爵様が笑顔で「まあ、まずははじめにこちらの方から、娘のセレンディーナと我がパラバーナ家について簡単に話をさせてもらいましょうか。」と切りだした。
一応笑顔ではあるけど、冷や汗をかいていそうな引き攣った表情。公爵様の「セレンディーナ!お願いだから変なことは言い出さないでくれ──頼む!」という必死な心の声が聞こえてきそうだった。
……お見合いって、こんなにハラハラするものだっけ?
御主人様の恋の始まりを感じる「ときめき」というよりも、御主人様という時限爆弾をみんなで必死に解除しているような「ドキドキ」感。
皆、いつ爆発するか分からない御主人様のお口と態度に怯えて、初っ端から公爵邸の空気はピリピリと張り詰めきっていた。
◆◆◆◆◆◆
態度が悪い──とまでは言い切れないけど、明らかに愛想が悪い御主人様。
一体何を考えているのか分からないけど、少なくとも今のところはこのお見合いに乗り気でもなければ、レックス様に惹かれている様子もなかった。
いつもよりも一段と生気のない目で、すっごく興味なさそうに真顔のままレックス様の方を見て座っていた。
そんな御主人様の冷たい視線に気付きながらも、レックス様は何とか笑顔で、一生懸命会話を成り立たせようと頑張っているようだった。
「セレンディーナ様の最近のご趣味は『小説をお読みになること』なんですね。」
「ええ。」
「どういったものを読まれているのですか?自分も最近は本を手にする機会が増えてきているので、もしかしたら共通のものを読んでいるかもしれません。」
「そうかもしれませんわね。」
「……?えっと……ちなみに、セレンディーナ様が今読んでいらっしゃる本は……?」
「いろいろです。」
「……そうですか。」
ああ〜〜〜!!レックス様!可哀想!!
ちょっと御主人様!ちゃんと会話のキャッチボールしてあげてよ!!
御主人様は嫌味や暴言こそ吐いていないものの、全然寄り添う気のない、絶妙に噛み合わない返事をし続けていた。
……多分、わざとだろうな。この噛み合わなさ。
レックス様はもう誰が見ても分かるくらいに辛そうだった。
だって、御主人様の顔が本当につまらなさそうだったから。
…………酷いよ、御主人様。
御主人様には「思いやり」ってものがないの?可哀想だよ、こんなの。
お見合いって、会話って、お互いの努力や気遣いで成り立たせるものでしょ?一方的に威圧感出して、相手に全部丸投げなんて……最低だと思う。
御主人様のお母様である公爵ご夫人が、苦笑いをしながら「あらあら。娘ったら、緊張しているのかしら。ごめんなさいね。」と何とかフォローを入れる。
それに続けてお父様である公爵様が「まあ、我々大人がいてはな。弾む話も弾まなくなってしまうのだろう。少し寒いかもしれないが、二人で庭園の散策でもしてきたらどうだ?それか、温室のガーデンテラス席でお茶でもしてくるといい。」と提案をした。
「……そうね。そうさせていただくわ。
行きましょうか、レックス様。」
御主人様がレックス様の同意を待たずにスッと立ち上がる。それを見たレックス様も慌てて後に続いた。
「では、行ってまいります。……エリィ。ついてきて頂戴。」
扉のところで公爵ご夫妻と伯爵ご夫妻に向かって優雅に一礼した御主人様は、部屋を出ながら私に軽く声をかけてきた。
私は不意を突かれながらも「はい!」と反射的に返事をして、そそくさと後をついていった。レックス様のお付きの方と思わしき、中年男性の執事さんっぽい人と一緒に。