AIとロボットと室田の企み
裕希は赤茶けた地獄の荒れ野を歩きまわり、ファランクスを探し回り、機関銃を取り外して指令ネットワーク構築プログラム、CNBPをインストールしていった。すでに機関銃を取られたファランクスを見つけた場合は本体にダメージがないか確認した。ダメージがなければCNBPをインストールし、ダメージが見つかったファランクスにはCNBPをインストールせず、ヒロシの修理に使えそうなパーツを抜き取って持って帰った。
そうした作業を何日も繰り返し、ようやくヒロシの手足が揃い、再起動する日が来た。裕希が再起動をかける。ブーンという音がしてヒロシが立ち上がった。ヒロシの両眼に埋め込まれたカメラが裕希に焦点を合わせる。
「裕希さんコンニチワ」
「良かった」裕希がヒロシに抱きついた。ヒロシも裕希の体に両腕を回した。
「忠義さんはどこに居ますか?」
「爺ちゃんは天国に行ったみたいだ」
「それはよかったです。天国に行ったらお婆さんに会えると言ってました」
自分で作った疑似性格プログラムの出力だとわかっているのに、裕希は泣きそうになった。ポケットに入れておいた種のことを思い出した。
「種が入ってたんだけど、何の種か知ってるか?」
「これは忠義さんが育てていたホウセンカの種です。忠義さんからもらいました。お婆さんの好きな花だったと言ってました」
「ではどこかに植えて育てよう」
「はい」
「お前はひとりで歩き回るな。歩いているところを見つかったらロボットから武器を奪おうとする奴らに破壊されるかもしれない」
「わかりました。では水のある場所を探しますか?」
「そうだな」
裕希はヒロシを伴って種に必要な水とファランクスを探すために地獄の荒野を歩き始めた。
アレに出くわすまで佐古頭亮二は赤く焼けた地獄の荒野を意気揚揚と歩いていた。人類をAIとロボットの支配から解放する彼の計画がうまくいったからだ。国家の中枢を担うAIの1つにウイルスを侵入させることに成功し、その結果、人類とロボットとの終末戦争が起こった。結果として人類は滅んだが、地獄に堕ちて生き延びている。その一方、地獄に堕ちたロボットたちはどれも動かなくなった。人類は地獄に堕ちたことでロボット汚染から解放された。ロボットがすべて停止した素晴らしい世界に人類は転移できたのだ。
それなのにだ。佐古頭のはらわたは煮えくり返った。すべて停止したはずのロボットが少年と一緒に歩いている。その少年に見覚えがあった。高校ロボットコンテストのプログラミング部門で優勝した少年だ。自分が出場していればあんなコンテストぶっちぎりで優勝していたのにと、いい年をした中年なのに張り合おうとする。自分は優秀なのに世間に認められなかったとひがむ人間の典型だと周りから思われているのを彼は知らない。
佐古頭はなぜロボットが動いているのか確認するために裕希に近づく。それに気づいた裕希はヒロシを見られて、しまったと慌てる。
「こんにちは!」
佐古頭が挨拶するといきなり早口で裕希に質問し出した。
「このロボットは何?どうして動いているの?これは君の指示に従って動いているの?他にも同じようなロボットがあるの?君がロボットを直したの?君はロボットに詳しいの?このロボットはAIとネットワークでつながっているの?」
突然、目がうつろなひげ面の見知らぬオヤジにいきなりたくさんの質問を浴びせられ、裕希は一瞬固まった。
「えーと、彼は介護ロボットです。祖父が使っていたものです」
裕希は当たり障りのない答えをひねり出し、今度は自分が質問した。
「すいませんがどちら様ですか?」
佐古頭はカチンときた。俺はお前を知っているのに、お前は天才の俺を知らないとはどういうことだ。
「俺は佐古頭亮二だ。AIにウイルスを侵入させて戦争を起こした張本人だ」
「どういうことです?」
「ウイルスでAIを狂わせ、人類を国家の敵と誤認させて人類とAIの戦争を起こした」
裕希は頭のやばいヤツに出くわしたと思い、適当にあしらうことにした。
「すいません。頼まれている仕事があるので失礼します」
「何の仕事だ?」
「ロボット兵から武器を抜き取る仕事です」
「武器…オニが銃撃されて倒れていたな。あれはロボット兵の銃か」
「まあ…そうですね…」
裕希ははぐらかすように答えた。
佐古頭はニヤリとする。裕希は嫌な予感がした。経験上、こういう「俺はこんなことだってできるんだ」と言って自分を売り込む奴の考えることはなんとなく察しがつく。
「お前に仕事を頼んでいる奴は誰だ?そいつに会わせてくれ。俺も協力できる」
裕希の予感は的中した。面倒くさいヤツなので望みどおり室田に会わせてやることにした。
「ロボットを見つけて武器を抜き取って、それから彼のところに行くので時間がかかります。だから直接会いに行ってもらっていいですか?」
「わかった。どこにそいつは居るんだ?」
「あっちのほうです」
裕希は室田のアジトがある方向を指さした。
「わかった。じゃあな」
佐古頭は裕希に向けて指を鳴らして去って行った。気持ち悪い奴がいなくなって裕希はほっとした。
「じゃあ水とロボット兵を探すか」
裕希はヒロシを伴ってふたたび歩き出す。しばらくすると遠くの丘から湯気が出ているのが見えてきた。
「水があるかもしれない。これで種を植えて育てられる」
ヒロシとともに湯気が出る方へ向かった。2人の足取りがさっきより心なしか速くなった。
湯気が出ている丘を目指して歩く裕希は途中でファランクスを見つけ、機関銃だけ取ると指令ネットワーク構築プログラムのCNBPをインストールした。これでCNBPをインストールしたファランクスは10体になった。同じものをあと10体にインストールすれば、ファランクスがソフォスの命令を受けて治安維持活動を開始する。そうすれば室田に一泡吹かせてやれる。裕希はファランクスから取り外した機関銃を介護ロボットのヒロシに持たせると、丘の麓まできた。
ためしに裕希は機関銃の銃身で足元の土を掘ってみた。丘から湯気が上がっているということは麓に水が流れ落ちてきている可能性がある。掘り進めると水が穴から染み出してきた。裕希がその水を触ってみる。熱くない。これなら種を植えて育てられる。
「ここに種を植えよう」
裕希がヒロシに言う。
「ハイ。わかりました」
「育てられるか?」
「まかせてください。浩二さんに教わりました」
「じゃあ頼む」
裕希が地面に穴を開けて種を入れて土を被せると、ヒロシが穴に溜まった水を両手ですくって土の上にかけた。
「僕は機関銃を室田のところに持っていく。お前は誰にも見つからないように、ホウセンカの世話以外は隠れていろ」
「隠れる?」
「穴を掘って、その中にしゃがんでいろ」
「わかりました」
ヒロシはホウセンカの近くに手で穴を掘り始めた。裕希はどんな花が咲くのか想像しながら、機関銃を両手に抱えて室田のところへ向かった。
佐古頭は室田に会うことができた。そして裕希の時と同じように自分がAIにウイルスを注入して戦争を起こし、ロボットを滅ぼして人類を救ったと自慢した。室田は裕希と会ったときと同じ満面の笑みを浮かべ、佐古頭に抱きついた。
「佐古頭さん、あなたは本当の天才です!」
褒められて佐古頭は悦に入る。
「介護ロボットを連れていた高校生とはえらい違いだ。彼はまったく私の実力がわからなかった」
「稼働している介護ロボットがあるのですか?」
ロボットはすべて停止していると思っていたのにどういうことだと室田は考えを巡らせ、ファランクスは活動を停止しているだけでシステムは生きているかもしれないと推測する。
「自分で直したと言っていた」と佐古頭。
「誰が?」
「その介護ロボットを連れていた高校生。ロボットコンテストで優勝したことがあって、名前は…」
「奈間良裕希」
「そう。知ってるんだな」
奈間良ごときが俺に隠れて何か企んでいるのかと室田は怒りを覚える。あいつにはしつけが必要だ。だが今はこの変人が持っていると自慢するコンピューターウイルスを確かめるのが先だ。
「ちなみにそのAIを暴走させたウイルスは今も持っていますか?」
「もちろん」
佐古頭がズボンのポケットからUSBメモリーを取り出す。
「確認してもいいですか?」
「是非とも」
佐古頭が自分の実力を見てくれとばかりに室田にメモリーを差し出す。室田は仲間に壊れたファランクスを持ってこさせる。ファランクスが壊れていないなら、メモリーを読み込むはずだと考えた。
室田がファランクスの胸を開いてメモリーを挿入すると、タッチパネルディスプレイにメモリー内のファイルが表示された。思ったとおり、ロボット兵のシステムはまだ生きていた。室田はウイルスのソースコードを確認する。プログラム作成能力は奈間良裕希の足元にも及ばないが、ソースコードを読むことはできる。この変人が言うように高度なウイルスのようだ。本当に人類を滅ぼした犯人かもしれない。この男は俺よりもできる。地獄での俺の地位を脅かしかねない。奈間良よりも危険な存在だと室田の心の声が囁く。
「素晴らしい。実に素晴らしい」
「そうでしょうとも。あなたはわかっている人だ」
佐古頭が胸を張る。
「だが実に残念だ。この素晴らしい才能を人類の滅亡に使うとは。天才ほど罪なことはないのかもしれませんね」
「え?」
佐古頭が聞き返す。
「私はあなたを裁かなければなりません。全人類を滅ぼした罪で」
佐古頭が慌てる。
「おいおい、よしてくれよ」
哀れな。室田は好物でも見るような目で佐古頭を見る。そして仲間に佐古頭の処刑を命じる。止めてくれと泣き叫ぶ佐古頭を立たせ、室田の仲間が機関銃で佐古頭の体を蜂の巣にした。地獄で死んだ人間の魂はどうなるのだろうかと室田は考えた。地獄に戻ってきたら、また殺せばいいと思った。100億近い人類を抹殺した男は、100億回殺されても文句は言えないほどの因果を背負った男なのだから。
裕希が機関銃を持って室田のところにやってきた。
「ひとりで来たのか?」
室田が確認する。そうだと裕希が頷き、機関銃を渡す。裕希から機関銃を受け取る。
「そうか」
室田は佐古頭から介護ロボットについて聞いたとは言わなかった。
「奈間良、お前ならロボット兵を直せるか?」
「どうだろう…」
裕希ははぐらかした。
「そうか。じゃあ引き続き機関銃を集めてくれ」
「わかった」
そう言って帰ろうとする裕希を室田が引き留める。
「そういえば、佐古頭とかいう男に会わなかったか?」
「名前はわからないけど…変な男には会った」
「そいつがAIにウイルスを感染させて人類を滅ぼしたとか言うんで、機関銃で処刑してやった」
「殺したのか?あの男を?」
奈間良の顔が青ざめる。自分のせいであの男は殺されたのかと自責の念に駆られる。
「ああ」
室田が裕希に機関銃を向け、ニヤリとする。
「おい、やめろよ」
裕希の顔が死の恐怖に歪む。室田の目が輝く、そして引き金を引く。機関銃が火を噴く。
銃声が轟く中、裕希が絶叫を上げる。銃弾は裕希の脚の周りに刺さり、裕希が飛び跳ねる。それを見て室田の仲間が大笑いする。
高校で室田に虐められていたときと今の状況が重なり、裕希はみじめで泣きそうになると同時に室田への怒りが湧いてきた。だが逆らうことはできない。今は我慢するしかない。ファランクスの準備がすむまでの辛坊だと裕希は自分に言い聞かせる。
「今のは冗談」と室田が笑い、裕希の肩をポンポンと叩く。裕希が奥歯を噛みしめて室田に笑顔を向ける。
「そう怒るなって」という室田の声は満足げだ。「じゃあ、またしっかり機関銃を集めてくれよ」
室田は裕希に帰れと手で合図する。裕希は何も答えず、室田に背を向けて歩き出した。自分の情けなさに怒りを覚え、何もできずにただ体を震わせる。そんな裕希を見るのが室田は大好きだ。
みじめに帰って行く裕希の背中をしばらく楽しんだ室田は仲間を呼んで、後をつけるように命じた。
裕希はとぼとぼと歩き続け、湯気が出る丘の麓まで来た。
「ただいま」
裕希が声を発した。穴から介護ロボットのヒロシが顔を出した。
「お帰りなさい」
ヒロシが穴から出てきた。介護ロボットはこういうやり取りができるのが裕希はいいと思う。苛立った心が落ち着く。ヒロシは裕希の肩を抱くと、「大丈夫」と優しく言った。
「どこで覚えたんだ?」
「浩二さんに教わりました。裕希さんが困っているときにはこうしてやれと」
「そうなんだ…爺さんが…」
祖父は自分が学校で虐められているのに気づいていたのかもしれないと裕希は思った。
「ホウセンカはどうだ?」
「芽が出ました」
なんとなくヒロシの声が高くなった気がした。ヒロシが裕希に土から出てきた芽を見せる。確かに赤茶けた土から鮮やかな緑色の芽が生えている。裕希が芽をまじまじと見る。
「どんな花が咲くんだろうな」
「ホウセンカの花です」
「そうだな」
裕希が笑った。久しぶりに笑った気がした。
そんな2人を遠くから見ている2人組がいた。
「もうじき治安維持活動に必要なファランクスが揃います」
ソフォスが地獄の王に報告する。
「結構、結構」と地獄の王が満足げに頷く。
「それで頼んであった奈間良裕希は見つかりましたか?」
「いや、まだだ。なにせ地獄は広いからな。湯気が出ている丘というのもいくつもある」
「はやく見つけてあげてください。オニを殺しているグループがファランクスを調べています」
「お前の計画に気づいたのか?」
「その可能性があります。彼の命が危ないです」