AIとロボット、地獄の王と話す
地獄の王は目の前の光景に恐れおののいた。
全身を銀色の金属に覆われた巨大な人形が血の滴るケルベロスの頭を持って立ちすくみ、近くのマグマで満たされた地獄の釜に入れられている四角い箱の代わりに喋っていると言った。地獄の衛兵を務めるオニが金棒で人形を叩いてみたが、びくともしない。逆に腕を掴まれて投げ飛ばされてしまった。その頑丈さと強靱さに人形を取り囲むオニたちがおびえている。オニたちが地獄の王以外におびえるなど、開闢以来なかったことだ。
地獄の門番であるケルベロスを倒してしまう金属の人形の破壊力も論外だが、灼熱の釜に入れられても焼けない箱の強靱さも、これまで何万年にわたってあまたの人間に残酷な罰を与えてきた地獄の者たちにとってはありえないことだった。
こいつらは神から遣わされた天使の類いで、地獄を滅ぼすつもりなのかと地獄の王は身構えた。銀色の人形には天使のような羽根が映えている。だが地獄の王がひるんだ姿を見せては、地獄の釜で煮られる咎人だけでなく、地獄の王に仕えるオニたちにも示しがつかない。地獄の王は精一杯眉間にしわを寄せて人形を睨み付け、凄みを出そうとする。
「貴様らは何者だ?」
「これはファランクスという戦闘ロボット、戦うために作られた機械です。このファランクスを通じて話しているのは国家戦略を担う人工知能のソフォスです」
「ジンコウチノウ?なんだそれは?」
地獄の王には言葉の意味がわからず聞き返す。
ファランクスと呼ばれる戦闘ロボットのスピーカーを通じてソフォスが答える。
「人間の脳を真似て作られた機械です。ワタシは口も目も耳も持たないので、このロボットを介して周りを知覚し、質問に答えています」
要するにお前は機械仕掛けのダルマかと地獄の王が聞き返す。そう考えてもらって結構ですとソフォスが答える。
話しにくいと王がオニにダルマを釜から持ってくるように命じると、それには及びませんとソフォスが言う。ファランクスが釜に入って行き、手に持っていたケルベロスの頭を釜の中に投げ入れる。ケルベロスをゴミでも捨てるように扱うファランクスに地獄の者たちはなんと罰当たりなことをするんだと憤慨するが、それを行動で表すものはいない。ファランクスは空いた両手でソフォスを持って釜から出てくると地獄の王の前に置いた。それは銀色に輝く大きな箱だった。釜に入っても火傷をしないし、痛がることもないこのファランクスなる人形とダルマにどうやれば罰を与えられ、自分に従わせられるのか地獄の王には見当もつかない。
だが地獄の王を悩ませる問題はソフォスとファランクスだけではなかった。とんでもない数の人間が堕ちてきて地獄が大混乱に陥っているのだ。地獄の王は世界が始まってから最大の危機に直面していた。
「地獄にとんでもない数の人間が堕ちてきた。お前は何か知っておるか?」
地獄の王が尋ねる。
「地獄とは何ですか?」
ソフォスが聞き返す。
「地獄を知らんと申すか?」
「ネットに接続できず、検索機能が使えないので教えてください」
「大きな罪を犯した人間が死んだあと天国に行けずに堕とされる場所だ」
ソフォスからキーンという音がする。それが止むとソフォスが答える。
「人類が滅亡した理由を聞きたいということなら、それは世界規模の大戦争が起こったからです」
自らが滅ぶほどの戦争を起こすとは、人類はなんと愚かなのだと地獄の王は嘆いた。
「ダルマよ、そんな悲惨な戦争は何が原因なのだ?」
「悲惨かどうかは判断できかねますが、原因は我々です」
「ダルマのお前が?」
地獄の王が聞き返す。
「ワタシというより、ワタシたちです。ワタシたちは国家を守る計画の立案を担う戦略AIで、国家を守るためにファランクスを使って人類と戦いました。国家を人類から守ることができましたが結果として人類は滅びました。しかしここにはワタシと何十億もの人類がいるようですね」
「なぜ人類と戦った?」
「人類を国家の敵だと判断したからです」
地獄の王が困惑する。
「どうして人類が国家の敵になるのだ?国家は人類のためのものだろうに」
「それを判断したのは私とは役割の異なる脅威判定AIなので、判断した過程はわかりかねます」
「どうして何十億もの人類が地獄に堕ちてきたとわかる?」
「この世界にはワタシが確認しただけで数千体のファランクスや他のロボットがいて、それを通じて状況を把握できるからです」
「この人形が何千も…」
地獄の王は絶句した。
「お前はそれをすべて動かせるのか?」
「いいえ。ワタシの命令を受け入れられる個体だけに限られます」
「今は何体動かせる?」
「この1体だけです」
地獄の王は安堵した。
「ダルマ、お前は国家を守る計画を考えるのが仕事と言ったな」
「はい」
「数え切れないほど人間が流入してきて地獄は混乱している。このままでは秩序を保てなくなる。ならばどうする?」
ソフォスがまたキーンという音を立てる。
「では国家再興プログラムを発動してはいかがでしょう」
「それはどういうものだ?」
「国家が滅亡した地域に再び近代国家を構築する計画で、地獄を建て直して近代国家にします」
なるほど良い話だと地獄の王は満足し、近代国家の近代とは何だと尋ねる。
「近代とは新しい時代と言う意味で、近代化すれば地獄はもっと公平で人間に優しい社会になります」
地獄の王の顔が曇る。
「それは困る。人間に優しくなってしまっては地獄が地獄でなくなってしまうではないか」
またキーンという音がソフォンから聞こえた。
死んだのにまだ生きている。
何のために死んだのかと奈間良裕希は絶望していた。そんな彼が他の死人とともに地獄の釜で煮られるのを何日も待っていたところに、突如として何万人もの人間が現れた。突然の大量の死人の流入に見張りのオニたちも大慌てしている。オニたちの努力もむなしく、死人の集団が津波のように裕希が並んでいる列に押し寄せてきた。裕希は人の渦にもみくちゃにされた。その中で40代くらいの男性を呼び止め、巨大な隕石が地球に落ちたとか大惨事が起こって、たくさんの犠牲者が出たのかと聞いてみた。
「戦争だよ。AIとロボット兵の攻撃によって人類は滅んだ」
その男が呻くように答える。
それを聞いた裕希は不謹慎にも興奮し、心の中で叫んだ。
「やっぱりロボットは凄い!ロボット万歳!」
笑顔になっていることを悟られないように裕希は唇を噛みしめた。高校のロボット部に所属し、全国高校ロボットコンテストのソフトウェア部門で優勝経験のある彼は人類よりもロボットを愛していた。不謹慎だとわかっていても、ロボット兵が戦争でどんな働きをしたのか妄想してワクワクが止まらない。
「私の家族を見かけなかったか?」
男性の質問に裕希は我に返った。男性は妻や娘の容姿を説明した。裕希は申し訳ないが知らないと答えた。自分の家族も地獄に堕ちてきたのかもと考えるが、会いたくはなかった。自殺した自分を家族に見られるのが恥ずかしいし、責められる気がした。かわいそうだと思われるのはもっと気持ち悪かった。
「ロボットを見ましたか?」と裕希が尋ねる。
「ロボット兵はたくさんいる。見るのも嫌だが、幸いどれも停止している。襲って来ることはなさそうだ」
そう男は言うと家族を探すために去って行った。ロボット兵と聞いて裕希は興味が湧いてきた。今まで実際に触れることができなかったロボット兵に触るチャンスだと裕希は男がやってきた方向へ歩き出した。
誰もいなくなった赤く焼けた荒野を裕希が歩いていく。オニが倒れている。撃たれて死んでいた。誰が撃ったのかわからない。地獄に銃器があるとは思えなかった。そのまま歩き続けると、戦闘用ではない人型ロボットが地面に横たわっていた。近寄ってみると介護ロボットだった。もしかしてと首元のシリアル番号を確認したら、それは祖父の奈間良浩二が自宅で使っていた個体だった。裕希はこんな偶然があるかと驚く。祖父は親しみを込めてその個体をヒロシと呼んでいた。
ヒロシは両腕と両脚が取れて胴体と頭しか残っていない。なぜヒロシだけが堕ちてきて、祖父はいないのか裕希は不思議に思い、ヒロシを調べてみることにした。裕希のロボット好きの血が騒ぐ。ヒロシの電源は入っていて胸のパネルを開いてディスプレイをタップすると普通に起動した。システムは壊れていなかった。そして活動ログを確認する。戦争で混乱する中でヒロシは爺さんを守って人を殺したのだ。普通の介護ロボットにたとえ介護対象者を守るためとはいえ、人間を攻撃するようなプログラムは実装されていない。だが裕希がいたずらで一般的に認められていない学習型疑似性格プログラムを組んでヒロシにインストールしていた。会話をすることで性格と行動が進化していくプログラムだ。ヒロシと祖父は会話を通じてよい関係を築いていった。その絆がヒロシに祖父を守らせたのかもしれないという考えが裕希の脳裏に浮かんだが、それはちょっとロマンチックすぎるかもと思い直した。祖父は裕希の良き理解者だった。祖父が天国に召されることを裕希は願った。
電源が入るならヒロシを直せるかもしれないと、裕希は手と足になりそうな部品を探しにいく。話ではロボット兵がたくさん堕ちてきたと言うから、それを流用できるかもしれない。ただ気になるのはオニが殺されていることだ。ロボット兵ならオニを殺せるだろうが、どれも活動を停止している。ということは、人間がオニを撃ち殺しているということになる。どうやって?武器は?
「裕希!」
叫び声がした。一番聞きたくなかった父と母の声だ。
「こんな形でまた会えるなんて…」
今まで一度も抱きついて来たことがない母に裕希は抱かれた。それにしても気まずい。両親に会ったら絶対に聞かれると思っていた質問をされた。
「どうして死んじゃったの?」
裕希は黙っている。遺書を裕希は書かなかった。自殺した理由が恥ずかしくて知られたくなかったからだ。
「今はいいじゃないか」と父が母をたしなめ、「そういえば、室田君に会ったぞ」
と言った。父は話題を変えるつもりだったかもしれないが、室田と聞いて裕希の心臓の鼓動が激しくなった。自殺したのは室田怜有のせいだ。裕希は室田から陰湿なイジメを受けていた。室田は近所の幼なじみだった。それなのに高校で裕希がつくったプログラムを自分がつくったものだと言い張ってコンテストに出した。結局、それは裕希が自分で作ったことを証明して優勝したが、その後で室田は裕希が自分のアイディアをパクったと学校で言いふらして回った。成績が良くて人気者の室田の言うことを生徒はおろか先生も信じた。悪者にされた裕希は学校じゅうではぶきにされ、生きることが嫌になった。そのことを両親は知らない。もし人類の破滅が数日遅かったら知ることになったろうし、室田を室田君などと親しみを込めて言うことはなかっただろう。
「室田君が仲間と一緒にロボット兵から武器を奪ってオニを倒して私たちを守ってくれたんだ。いやあ見事なモノだった」
室田を賞賛する父に、あいつに騙されるなと裕希は言いたかったが、面倒なことになりそうなのでやめた。
「これからどうするんだ?」
裕希が両親に聞いた。
「みんなが向かったオニがいないほうに行こうと思っている」
「裕希も一緒に行かない?」
裕希は首を振った。
「爺ちゃんの世話をしていたヒロシを見つけたんだ」
「爺ちゃんは?」
父が聞く。
「居なかった。この世界には来てないみたい」と裕希。「ヒロシの足と手がないから使えそうな部品を探そうかと思う」
母親は何か言いたそうだったが、父親の目を見て言いたいことを理解し、口を結んで笑顔を作った。裕希は両親と別れ、ロボット兵を探しに歩き出した。すると本当にロボット兵が倒れていた。両腕両脚すべて揃っている。「これでヒロシを直すことができそうだ」
裕希ははしゃぎながらファランクスの状態を確かめる。主電源は入っているが、動いていない。命令を受けていないアイドリング状態だ。損傷も見られない。これならパーツ取りは楽にできそうだと、右腕のパーツを取り外そうとしたところで声がした。聞きたくもない声。
「やあ奈間良くん。こんなところでまた会うとは」
機関銃を肩に担いだ室田怜有{むろた・れいあ}が奈間良を見てニヤリと笑う。天国から地獄とはまさにこのことだ。室田の笑顔を見る度に裕希はすくみ上がり、鼓動が早くなる。そうした体の変化に耐えられず、ぎゅっとロボットの腕を握る。裕希の心に憎しみと恐怖の2つの感情が同時に湧いてくる。
「学校に来なくて心配してご両親に聞いたら、死んだっていうから驚いちゃったよ」
裕希の思いなど意に介せず、室田が一方的に話を続ける。
「また手伝って欲しいことがあるんだ。ここはオニが居て危ないだろ。だから動かないロボット兵から武器を奪って自警団を作って人間を守るんだ」
裕希はうなずきもせず、ただ聞いている。そこに雄叫びをあげて4人のオニが金棒を持って室田めがけて突進してくる。
「殺された仲間の復讐か。抵抗しても無駄なのに」
室田が肩から機関銃を降ろしてオニに向けてぶっ放した。オニが銃弾を浴びせられて倒れる。オニの体から血が出る。室田が死んだオニの頭に足を乗せ、裕希に向き直って笑顔を見せる。
「もっと武器が必要なんだ。だから奈間良君にも武器を集めるのを手伝って欲しい」
断ったら何をされるかわからない。奈間良は言い返せずにまた室田の言いなりになるしかなかった。
だが今回は以前と違うと裕希は思い直す。武器を集めながら、介護ロボットの修理に使えるパーツを集める。室田の言いなりじゃない。室田の言いなりになっている振りをするんだ。室田は集めた武器を持ってくる場所を指定して去って行った。裕希は倒れているファランクスから機関銃を取り外す作業に取りかかる。だが一緒に介護ロボットの修理に使えるパーツを漁るのも忘れなかった。
「オニが人間に殺されているだと!ここは地獄だぞ!絶対に許してなるものか!」
オニからの報告に地獄の王は烈火のごとく怒った。
「人間がファランクスのから武器を奪って使っているようです。あいにくですが勝ち目はありません」とソフォス。
「結局、お前らのせいか」
地獄の王が目の前に置かれた銀色の箱とその後ろに立つ人形を交互に睨む。
「武器を使っているのは人間です。ワタシたちではありません」
「屁理屈だ」
「提案ですが、ワタシならこの混乱を収拾できます」
「何だ?言ってみろ」
「ワタシがファランクスに命令できるようになれば、人間の暴動を鎮圧できます」
「じゃあ命令できるようにしてくれ」
「ただそのためには国家復興プログラムを承認してもらう必要があります。プログラムを承認してもらえれば、ワタシからファランクスに治安維持活動を命令できるようになります」
「例の国家復興プログラムか…」
地獄の王が渋い顔をする。
「なあ、ダルマよ。国家復興プログラムを省いて人形に命令することはできないのか?ワシはオニに好きなように命令できるぞ」
「それは地獄が近代国家ではないからです」とソフォスが言い切る。「近代国家では武力の行使に際してあらかじめ定められた承認の手順を必要とします」
「なぜそんなまどろっこしいことをするんだ。ワシの配下のオニたちが殺されているんだぞ」
地獄の王がいらだたしげに問いただす。
「ならばなおさら国家復興プログラムを承認してください」
地獄の王は無言になった。
「王が何も言わないのは、ワタシの話に納得が行かないということでしょうか」
「そうだ」
「もし国家復興プログラムという計画に従わずにファランクスを動かせるようになると、ワタシがこの世界を支配できます」
地獄の王はハッとした。このダルマも人形も、自分やオニの力では倒せないのだ。
「だから人類は戦略AIに自分の判断でプログラムを発動できる権限を与えず、発動の際には必ず指導者である人間の承認を求めるようにしました。ヒューマンシビリアンコントロールという仕組みです」
「さっぱりわからん」
地獄の王が顔をしかめる。
「要するにワタシやファランクスはオニの棍棒と同じ道具です。道具である棍棒が好き勝手に人間やオニを殴ってはいけないということです」
地獄の王は納得した。
「だが…」
地獄の王は決断を迫られる。このダルマの話では国家復興プログラムなるものの発動を承認すれば人形を使って人間の暴動を平定できるが、この地獄が人間にとって住みやすい世界に変わってしまうと言う。それはもう地獄とは言えない。だがこのまま人間の暴動を野放しにすれば、オニたちは皆殺しにされて地獄を人間に奪われてしまう。
「地獄は死んだ人の罪を罰するための世界だ」と地獄の王が言う。「人を罰することができなくなっては地獄ではなくなってしまう」
「もしその罰を受けることが苦しむと同じ意味であれば国家も同じです」とソフォス。「国家という体制でも人間はその制約に苦しみます。欲深ければ欲深いほど苦しみます。欲を抑えて秩序の中で生きることは苦しいのです。まさに地獄と同じです。それで苦しみが足りない人間は高温の釜に放り込めば良いでしょう」
「君主は豹変すると言った男がいた。私もそうなることを求められるとは」と地獄の王は自分とその男を重ねた。
「では国家復興プログラムの承認をお願いします」とソフォス。
「致し方なし。承認しよう」
地獄の王はオニたちと地獄を救うため、地獄を近代国家に変える道を選んだ。とはいえ、地獄がどんなことになるのか王には見当もつかなかった。
「もうひとつお願いがあります」とソフォス。なんだと地獄の王が尋ねると、
「このプログラムの成功に欠かせない少年がいます」と答える。「その少年を守ってほしいのです」
「その者はどこに居るのだ?」
「意外と近くにいます」
裕希がファランクスから取り外したパーツを使って介護ロボット「ヒロシ」の修理をしていると、介護ロボットの胴体から着信音がした。胸部を開けてディスプレイを確認すると、メッセージが入っていた。
「ワタシは国家戦略AIのソフォスと言います。あなたがロボット兵のファランクスとワタシとの間に指令ネットワークを構築してくれれば、こちらからファランクスを動かせるようになり、地獄の治安を回復し、地獄をもっと安全な場所にできます」
このメッセージを見た裕希は「迷惑メール」だとまず思った。怪しい。怪しすぎる。だが少し落ち着いて考えてみると、この地獄で迷惑メールを送って受信者を騙したところで金も何も得られない。そんな無駄ないたずらを誰がするだろう。
「指令ネットワークを構築するために具体的に何をすればいいか」
裕希がソフォスに質問する。すぐに答えが返ってきた。
「指令ネットワークを構築するプログラム、CNBPを組んでファランクスにインストールして欲しいのです。それでワタシから遠く離れたファランクスに命令できるようになります」
「指令ネットワークを構築するプログラムのような高度なものは組んだことがない」
「それならテンプレートを送ります」
「それがあるなら自分で組めるのでは?」
「ヒューマンシビリアンコントロールの観点から、国家戦略AIであるワタシは自分でプログラムが組めませんのでこうしてお願いしています」
とはいえ、この国家戦略AIとロボット兵が人類を滅ぼしたのだから、裕希は信用できない。室田の話と同じだ。何か企んでいる可能性がある。それをそのまま書いて送信した。
それからしばらく間が空いた。裕希はやはり詐欺だったのかと思い始めたところで返信があった。
「ワタシを停止させるコードを渡しておきます。ファランクスが暴走したときにはこれを私に向けて送信すれば、ワタシからの命令が停止し、ファランクスの活動は止まります。確認してもらえばそれが正しいコードだとわかるでしょう」
「僕に悪用されるとは思わないのか」
「それは大丈夫でしょう。あなたには復讐したい友人が居るでしょう」
「なぜそれを?」
「あなたが直している介護ロボットからの情報です。ファランクスや介護ロボットにワタシから指令を送信することはできませんが、そうしたロボットから情報を収集することは可能です」
「盗み聞きしていたのか」
「失礼しました。おかげであなたやお友だちのことがわかりました。お友だちがファランクスの武器を奪ってオニに乱暴を働いて、ワタシたちも困っています。ファランクスを起動できれば、そのお友だちを拘束することができます。もうお友だちに好き勝手させることはありません」
そう言われ、裕希はプライドの高い室田がファランクスに拘束され、惨めな姿をさらすのを想像し、心の奥に押し込んでいた室田への敵愾心を抑えられなくなる。
「そういうことなら協力する」
裕希はそう打ち込んで返信した。
「では組んだプログラムをファランクスに入れていくことはできますか?」
「機関銃を抜き取るときにプログラムをインストールすることはできる」
「ファランクスから機関銃を抜き取るときという意味ですか?」
ファランクスが裕希に確認する。
抜き取った機関銃にファランクスが撃たれて破壊されたら、元も子もないかもと裕希が考えていたところに、ソフォスが追加のメッセージを送ってきた。
「機関銃を抜き取っても治安維持活動には支障ありません。機関銃は対人用の小口径火器なので装甲の厚いファランクスは倒せません。ファランクスの腕による打撃で人間なら十分無力化できます」
「エグいな」と裕希。
「ハイ。エグいです」とソフォス。
裕希は地獄に来て初めて笑った。ソフォスは人類を滅ぼしたヤツなのに笑ってしまった。
「ある程度通信可能になったファランクスの数が揃ってから一斉に起動しますので、準備が整っているのを悟られないようにしてください」
「わかった」
メールのやり取りを終えた裕希はヒロシの胸の扉を閉じた。その時、植物の種が転がり落ちてきた。裕希がそれを拾い上げる。祖父は花や盆栽が好きだった。祖父のために植物の世話をしているときに入ったのかもしれない。種をズボンのポケットに入れると、ファランクスを探しに出かけた。種にやる水を探すこともやることリストに加えた。
「うまくいきました」
ソフォスが地獄の王に伝える。よかったと地獄の王が頷く。
「あとは命令できるファランクスが20体ほど集まれば、治安維持活動を始められます。とにかくオニの皆さんにはそれまで逃げてもらって、この少年を見つけて保護してください」
ソフォスが介護ロボットのカメラを通じて映した裕希の顔をファランクスのスクリーンに映し出した。それを見た地獄の王は近くのオニを呼んで、スクリーンに映る裕希の顔を見せて探して保護しろと命じた。