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隣の席の男子から推しの匂いがする件

隣の席の男子から推しの匂いがする件、という文章が思い浮かびました。


 その日は私の人生において、最大級の奇跡が重なっていた。




 事の起こりは、私の大大大好きなアイドルグループ『REIMEI』のメンバー、クーヤ君の写真集発売記念サイン会だった。

 整理券を手に入れられず泣いていた私は、なぜか奇跡的にバイト先の先輩から譲ってもらうことになったのだ。


 バイト先の先輩は箱推し……アイドルグループメンバー全員を推すタイプのファンで、とにかくメンバー全員のイベントには顔を出している。その日は海外にいるお姉さんが帰国する日と重なったとのことで、クーヤ君ファンである私に整理券が回ってくるという奇跡が起きた。


 もちろん、私も整理券をゲットするために家族や友人を巻き込んで臨んだ。それでも惨敗したのだ。

 なにせクーヤ君は「世界で最も美しいとされる顔ランキング」のトップ10に入るくらいのイケメンだ。国内でもトップクラスの人気を誇っているといっても過言ではない。

 日本中の、なんなら海外のファンも巻き込んだため、整理券の競争率は凄まじく高かったと思う。その中で、バイト先の先輩は整理券を手に入れたのはすごいなって思う。


 そして奇跡はもうひとつあった。

 整理券は基本的に譲渡不可だ。それなのに、私のスマホで整理券のデータを取れたのは、バイト先の先輩がスマホをトイレで水に落としてしまったからだ。

 ダメもとで問い合わせたら再取得できることになり、整理券は私のスマホに来れたというわけだ。

 いや、本当はダメだったらしいけど、今回の整理券はVIPな関係者用だったらしい。諸々の事情により、OKがもらえた流れだ。そのあたりは深く追求しないことにした。

 それにしても、先輩がトイレでスマホを落とすのが奇跡とは……トイレの神様って本当にいるんだなぁ(違)


 私はバイト先の先輩とトイレの神様の奇跡に感謝しながら、意気揚々とクーヤ君のサイン会に参加した。

 そして推しの目の前で号泣し、クーヤ君の顔を直視できないまま匂いだけはしっかりくんかくんかして、写真集を合計十冊購入したのだった。




 ……という奇跡の連続は、まだ続いていたようだ。




 月曜になり、サイン会の余韻も冷めやらぬままの私は、ふわふわ夢心地の状態で学校に来ていた。

 教室に入ると、私の推し活を知っている友人にサイン会のことを聞かれ、ふわふわしているのを笑われながら自分の席に座る。


 そこで、おかしなことに気づく。


 これまでまったく気にしていなかった「匂い」。

 心が浮き立つような「匂い」を、私は最近がっつりくんかくんかかいでいたことに気づいたのだ。


「え……?」


 呆然とすること、しばし。


 この匂いは昨日がっつりくんかくんかした、推しのものに間違いない。


 私はいわゆる「ドルオタ」という種類のオタクで、ファンというよりも対象のアイドルに対して専門家のごとく分析したり、ありとあらゆるグッズを買い集めたり、なんなら自分の手作りグッズを持ち歩いたり、概念で公式アイテムではないものを買い倒したり、ひたすら夜通し同好の士と語り合ったりという推しかたをする人間だ。(オタク特有の早口で)


 だからこそ知っている。

 私の推しであるクーヤ君は、すごく大人っぽい外見をしているから、そうは見えないけど私と同じ17歳だ。

 基本的に香水が苦手(公式情報)だから、彼がまとっている香りは柔軟剤や彼自身から発する体臭……いや、フェロモンだろう。爽やかなグリーンアップルっぽいフレグランスだった。

 

 ライブとかで遠目からは見たことがある。

 昨日は初めて間近で見たから顔を直視できず。だから匂いだけでもと思って、精一杯くんかくんかした。




 そして現在。


 昨日くんかくんかしまくった匂いが、隣の席からす る の だ が ???




 いやいや落ち着こう私。うん。落ち着いた。大丈夫。たぶん。

 もしかしたら、隣の席の男子も昨日のサイン会にきていたのかもしれない。……えっと、名前はなんだっけ?




 確か、本橋空也。


 モトハシ、クウヤ……。


 クーヤ……。




 クーヤ君じゃん!?!?!?




 よく見たら、隣の席の男子の顔、メガネかけてるクーヤじゃん!?

 なんで国宝級の顔面が隣にいたのに気づかなかった私!?

 ふと思い返せば本橋君は欠席が多くて、体が弱いのかと思いきやガタイはよく健康そのものって感じで、うちのクラスは良くも悪くも他人に干渉しないタイプが多いから「まぁそういう人もいるよね」って感じで気にしていなかったんだよね!!


 このフェロモンに気づかないの、このクラス全員が鈍感すぎないか!?


 いや、クラスの皆はまだしもだよ。だって、うちのクラスで『REIMEI』を推してるの私だけだから。

 それよりも、だ。

 クーヤ君を推しどころか神レベルに崇め奉っていた私が、隣の席の男子がクーヤ君に似ていることすら気づかないのおかしすぎない???


 ダメすぎるだろォォォ!!!! 私ィィィ!!!!


「川島さん?」


「……ううぅ」


「川島さん、大丈夫?」


「ふぇっ!?」


 そっと肩に手をおかれ、過剰なくらいに反応してしまう。

 カワシマ? 川島ですか? 誰だっけ? 

 はい、私です。川島は私の名字です。(動揺)


「アッアッ、ダイジョブ、デスヨ」


「そう? プリント回収するって」


「プリント、リョウカイデス」


 やばい。

 いつも隣の男子とどういう会話してたのか忘れちゃった。

 きっと記憶喪失だ。そして私の隣にいるのが国民的アイドルのクーヤ君っていうのも幻だろう。

 そして今、隣の席にいる男子は、ただの欠席の多いクライスメイトに違いない。


 呆然としたまま午前の授業が終わり、そのまま昼休みも終わり、さらに午後になっても呆然としたまま過ごしていた私。

 我に返ったのは、放課後になって友人から「お先に!」と言われたからだ。

 どんだけ呆然としていたのか私よ。


 ふと隣を見れば、グリーンアップルの香りをまとっている男子が座っていた。

 メガネをかけていてもわかる長いまつ毛と切長の目。

 メイクいらずと言われるしっかりとした眉。

 美しく通った鼻すじに、薄い唇は楽しげに口角が上がっていて私を見ているのだが……?


「ヒェッ!?」


「やっと気がついた?」


「ナ、ナナナナンノコトデスカ!?」


「俺のこと。俺が誰なのか、気がついたんでしょ?」


 気がついたってことは、気がついたということでしょうか!?(某構文)

 今、私の隣にいる男子が、国民的アイドルグループ『REIMEI』のメンバー、クーヤ君だと気がついた──ってコトォ!?!?!?


「わぁ、すごい小声の早口」


「ヒッ!? 私、声に出してたっ!?」


 思わずまわりの見回したけど、教室内に残っているのは私とクーヤ君だけだ。

 よかった。危なかった。


「大きな声を出さないのはファンの鑑だね」


「だ、だって、バレたら大変でしょう?」


「そうなの?」


 不思議そうに目を瞬かせた本橋君は、テレビで見るのとは違うリラックスしている表情のまま微笑む。ぐぅかわ。(吐血)


「俺、制服着てメガネをかけてるだけなんだけど、バレたことないんだよね。だから大変さがわからないかも」


「えぇ……」


 そんなバカなって思ったけど、今の今まで推しが隣の席にいる男子だと気づかなかった私が言える立場ではない

 しかも気づいた理由が……。


「なんで俺がクーヤだってわかったの? 昨日のサイン会でリアルで顔を見たから?」


「い、いえ、その……匂い、で……」


「え?」


「匂いです!! クーヤ君と同じ匂いがしたからっ……!!」


「匂い……」


 ブハッと噴き出すクーヤ君に、ふたたび脳内の私は悶えてしまう。かわよーっ!!(再吐血)


「すみません……匂いとか嗅いじゃってすみません……」


「やっば、めちゃくちゃ面白いな! 川島さんってこんなに楽しい人だったんだ!」


 笑い過ぎて涙目になっているクーヤくんがかっこかわいすぎて昇天しそうになる私だったけど、そんな彼がふと真面目な表情になる。

 ああ、その真っ直ぐな瞳が、たまらなく好きで……。


「そう? 俺のこと、そんなに好き?」


「ふぉっ!? また心の声が出てた!?」


「川島さんのことだから言いふらしたりしないだろうけど……」


「もちろんです! 推しは生きているだけで尊い! 環境を整えるのも推し活でござる!」


「ぶはっ、今度は武士みたいになってるの面白すぎるっ」


 楽しげに笑っているクーヤ君が尊い。

 もう、これだけで白飯5杯はいける。


「おかわりいただけるだろうか……」


「何それっ、ああ、本当に……」


 かわいいなぁってクーヤ君の唇が動いた気がした。

 うんうん。可愛いのはクーヤ君だよねーと思っていた私に、その艶やかな唇が近づいてきて……。


 柔らかい。


 いい匂い。


 ん?




「な……んで?」




 あまりのことに、一瞬で汗だく喉がカラカラになってしまう。

 間近で微笑むクーヤ君の、美しく整ったご尊顔から目が離せないでいる私は、勝手に涙がポロポロと出てきた。


「うわっ、ごめんっ、つい、ほんとごめんっ」


「え? つい? うっかり?」


「いや、うっかりとかじゃなくて、ずっと川島さんのことが好きだったから嬉しくて!」


「す……き……?」







 ここから先の記憶はさだかじゃない。

 遅くなったからと家まで送ってくれて、ついでに家族に挨拶していて、なぜかお父さんとクーヤ君が仲良しになっていて。

 翌日には、クラスの全員から私は隣の席の男子と付き合っていると認識されていて。

 推し活に注いでいた高校生活が、すっかりリア充になっていると友人たちから祝福されたりなんだりして。

 その後もなんやかんやあったんだけど……。




 どうやら私の人生最大級の奇跡は、まだまだ続くみたいです。




お読みいただき、ありがとうございます。


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