波風立てず〈2〉
数分しか経っていないように思えた。扉の向こう側で人の歩く音がして、ショウは体を起こす。消すのを忘れた蝋燭はひとりでに消えており、部屋は暗かった。立ち上がりカーテンを開ける。外は依然日が照っている。寝ている間に沈んだのか、ずっとその場で留まっているのかすらわからない。振り返って燭台を見ると、溶け残った蝋が歪な形で冷え固まっている。誰かが侵入して火を消したわけではなさそうで、時間の経過を実感する。
と、扉の叩く音。鍵は外からかかっているので、自分では開けられない。声をかけてみる。
「どうぞ」
「おはようございます、タバタ様」
扉を開けて入ってきたのは知らぬ女中。今までに出会ったふたりとはまた別の者だった。宮殿の離れと聞いたために、女中など何人いてもおかしくはないと、ショウは思い直す。
「大陸とは時間の流れが異なるとのことで、お目覚めのお手伝いに参りましたが、既にお目覚めで……」
背筋の伸びた中年の女、声もはっきりと通るが、最後の方はことばを濁す。寝ているとばかり思っていたのだろう。
「ああ、ありがたい。ちょうど今目覚めたところだ」
寝台の端に腰かけ、寝具を少しいじる。
「あの、役人らしい嬢はいつ頃こちらへ来るのかな、わかるかい」
昨日はあまりに混乱して断ってしまったが、アテナがいればある程度国について知ることができると踏んだショウは、一刻も早く彼女と続きを話したかった。
「エルミス様のことでしょうか、私にはわかりかねますが……」
女中は部屋の中央の食卓に寄り、燭台の溶けた蝋の処理をはじめた。
「タバタ様は本日医師の検診をまず受けることになっております。なにか、不手際がございましたらご遠慮なくなんなりとお申し付けください。異国でおひとりとは、いつまでも不安でしょう」
優しくかけられることばはショウにはさほど響かず、曖昧に返事をする。
「朝食をお持ちします。こちらは下げてもよろしいでしょうか」
「ああ、お願いするよ。どうかあたたかな食事を頼む」
相槌のように薄ら笑う女中は、ほぼ手をつけなかった夜食の皿を持って部屋を出ていった。
確かに時は流れている。自分の狂わぬはずの体内時計は今、完全に針が振れてしまった。