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神託

拙作に興味を持っていただき、ありがたい限りです。

大仰なあらすじの割に、中身はさほどない気がしなくもありません。

読みにくいとは思われますが、良かったらやさしい気持ちで読んでいただければ嬉しいです。

 ――神託は下れり。


  波に揉まれし者、国の安定を司る者


  風に揉まれし者、国の改革を招く者


  生に揉まれし者、国の伝統を紡ぐ者


  死に揉まれし者、国の逆睹を開く者


  人に揉まれし者、国の追想を映す者


  影に揉まれし者、国の興起を導く者




 神の箱庭、ドロッシア。その鎖国は、絶対の神と、その寵愛をひたすらに受けた皇帝が厳かに治めていた。神託を受け、対する会議を開き、今後の国の指針を定める。長年変わらぬ手順で国家は確かに営まれてきた。


 先の神託を受けて、『皇帝の脳』は集結した。大貴族や賢人などで構成された『皇帝の脳』は、皇帝の決断についての助言を行う。

 神託で語られることからはそれを告げた神でさえ逃れられないという。神託が必ずしも悪い事を語っているわけではない。しかし、わからないことは様々な支障が生じる原因となる。

 そのため、一読しただけでは解せない神託を読み解き対策をとることは、国政において最も重要なことなのだ。


 ――と、会議が始まったはいいが、今回も検討つかずである。

 賢人らがいくら推考しようと、ことが起こらない限りその解釈が正しいかどうかもわからない。だから、神託会議は常々、実のない長丁場となる。


「あ……」


 皆各々で熟考し、会議室が沈黙に包まれて久しく、ひとりがなにかを思いついたのか思い出したのか、そんな声が聞かれた。

 皇帝と、その『脳』らは一斉に声のした方に注目する。

 厳粛な雰囲気の中、彼は自身の椅子をひとり離れ、その上円卓の端に腰掛けてくつろいでいる様子だった。


 この会議室でその態度が許される唯一の人物が彼、見目幼げな彼こそが、神託である。


 建国当初からその少年の姿のままで、精神が発達することもなにかを学習することもない。それは端的に言うならば神のつくりし人形、神託を語るとき以外は見目相応の幼子である。

 会議にて役立つかと言われたらなんとも言いようがないが、人間の知れぬことを知り、感じ得ぬことを感ずる存在であるため、尊ぶべきものである。


「どうしました、フラゴリオ」


 皇帝が穏やかに発言を促す。床に届かぬ足を揺らしながら神託の御子フラゴリオは口を開く。


「あのね、神託に関係してるかわかんないけどね、東の浜に流れ着くの」


「……なにが、流れ着くのです?」


 皇帝は依然落ち着き払って、あやすように訊ねる。

 『皇帝の脳』の中には気が急いている者もいたが、言われずとも皇帝に従うのだった。

 フラゴリオは遠くを見ながら言った。


「人が。異国の男、何日も海の中。早くしないと死んじゃうよ」


 確かに東を指す目線に釣られて円卓の面々もそちらに目をやった。しかし、何かが見えるはずもない。

 当の本人はことば以上の意味はない、ただ気がついたので言ったまでという具合で、高くで結った真っ白の細い髪の先を、うっすらと赤みを帯びた指にくるりと巻き付けては解いている。

 皇帝は我に返ったと同時にいささか目を見開いた。そして深く呼吸し、『皇帝の脳』に向き合う。


「さあ、私はフラゴリオの言った男の救出の触れを出そうと思っています。皆の意見を聞かせなさい」


  濃い緑色の髪をした女と、黄土色の髪をした男とが、同時に円卓の中心へと手のひらを下に向けてまっすぐ伸ばす。各々の髪の色と揃った手袋が着けられていて、円卓の中央に花が咲いたようである。

 皇帝はふたりの丁度間を指すように、手袋をしない白い手を上向きに差し出した。

 ふたりは顔を見合せ、互いの目で少しの会話をしたのち、緑の髪の女が腕を引く。黄土色の髪の男が椅子から立ち上がり、話し始めた。


「私は、陛下の仰せのままに。陛下の仰る御言葉は、すなわち陛下の御心であります」


 流暢に紡ぐ言葉はいくらか気取っているようにも聞こえる。


「その御心に、私めが言えることなどありませぬゆえ」


 男はなぜだか得意げに微笑んでから席に着いた。

 皇帝は終始穏やかに聞いていたが、その隣で皇帝の従者に頭を撫でられているフラゴリオは甘くない苺でも食べたのかというような、なんとも言えない顔をしてみせた。


「わたくしも異論はございませんが」


 まとめられた色の濃い髪から溢れた細い毛束を耳にかけながら女がすっくと立った。


「この男のように、『皇帝の脳』であることを放棄はしません」


 きつくつり上がった目で黄土色の髪の男を睨みつける。

 男はどこ吹く風といった様子でいた。


「陛下の御心の一部として、わたくしから助言をさせていただきます」


 皇帝が深く頷く。


「陛下は、神託の御子の仰る男が、『波に揉まれし者』であるとお考えになりました。何日も海の中にいるのならば、波に揉まれていると捉えてもおそらく問題ありません。

他でもないこの機に、他でもない神託の御子が勘づいたのならば、その男が『波に揉まれし者』で間違いないと、わたくしは考えます。よって今すぐにでも実行に移しましょう」


 女は着席した。


「カラル、エルミス、どうもありがとう」


 皇帝のことばにふたりは軽く頭を下げた。


「確かに私は、彼が『波に揉まれし者』だと仮定した上で触れを出そうと思っています」


 『皇帝の脳』のひとりひとりを順に見ながら皇帝は言った。


「他はいかがです? フラゴリオによると、彼はまもなく命を落とすとのこと。どちらにせよ早めに決断を出した方が良いと思ったのですが」


 間髪入れずに太い手が円卓に浮いた。赤い手袋は今にも破れそうである。

 皇帝は、今度はそちらを真っ直ぐ指した。


 恰幅のよい赤毛の男が重そうに腰を上げる。


「エルミス女史はそう言いますが、私は断固反対ですな。

神託には確かに『波に揉まれし者』とありますが、続くは『国の安定を司る者』。神託の御子は異国の男だと仰った。その男が仮に『波に揉まれし者』であれば、そやつが国の安定を司ることになるわけです。

……はっきり言いますと、狂気の沙汰であります」


 大きな身振りで調子よく話す彼に、幾人かが共感の意を示す。


 それを受けて、今度彼は声を落として語った。


「神託からは逃れられませぬ。陛下がここで助けぬという選択をしようとも、いずれ神託の者は自ら現れます」


「発言中に失礼」


 円卓に鈍色の花が散り、眼鏡をかけた初老の男が立った。


「キキ氏、君は陛下を貶めようとしているのか。君の発言は、この国で今にも溺死してしまいそうな者を見捨てろと、そう陛下に申し上げているようなものよ」


 キキと呼ばれた、赤毛の恰幅のよい男は鼻を鳴らした。


「論点のすり替えも甚だしいですな。今我々が助言すべきなのはその男を救助するか否か、ひいてはそやつが『波に揉まれし者』であるかどうかですぞ」


「だから徳は問わぬと。なるほど、なるほど……キキ氏はそうお考えで」


 眼鏡の男は目を細めて言った。


「ならば私は、出過ぎた真似をしてしまったようだ。遮ってしまってすまなかった」


 大人しく席に着く。

 キキは拍子抜けしたのか、ほんの一瞬固まってしまった。


「……ああ、いや、私は、その男が本当に『波に揉まれし者』であれば、救助しようとしまいと命を得るさだめにある、ということを申し上げたまで。もしそうであれば、その男がこの国にとって吉と出るか凶と出るかは……

皆まで言わずともおわかりになるでしょう」


 キキは首だけを倒す礼をして、着席した。


「良い助言をありがとう、キキ。それからタンテも」


 皇帝は再び『脳』のひとりひとりと目を合わせてからゆっくりと瞬きをした。


「私の決断さえも神託の、ひいては神の思うがままなのでしょうね」


 椅子から立ち上がり、皇帝は言った。


「助けられる命ならば、助けるべき。神もそう仰いましょう」



「かの男の救助の触れを出します」


 神託の御子が、従者の膝の上であくびをした。

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