不可逆
晩年の余は誠に退屈であった。生涯における最盛の自覚と、死滅回遊魚よろしくただ死を待つだけの絶念に駆られていたためである。
「気障な文章を書きますね。」
元が顔色を伺うように放った。私は元が嫌いだ。できることなら近づかないでほしい。格が落ちる。元旦に生まれたから元という名前だと聞く。どうやら親の考えの浅はかさは子に遺伝するらしい。彼もまたその名に恥じぬような浅はかな考えを持ち、楽観的な行動パターンとわずかな脳みその下で生きているのだろう。不幸にも、思いの外彼は女子からの待遇が良かった。吹奏楽部に所属しており楽器が弾けて終始笑顔でオチのない話をするばかりだから、人の不快に干渉しない点が評価されているのだろうか。私はこんなにも面白みのない人間によって自分のギャグセンスが毒される事だけは勘弁なので、気づかれない様に左手でゆるりと中指を立てながら追い払った。そうして、教室には私以外の誰もいなくなった。
1月、終日雨の予報。
私は傘をさすことが無いから、大した問題では無かった。しかし思春期に入ると身なりに気を配ってしまうものだ。ほんの数秒だけ上履きに履き替えるのを躊躇したが、ワイシャツのフラクタルが雨によって描かれたものだと思うとむしろ機嫌が良かったので躊躇せずに教室に入った。
3人ほどのクラスメイトが窓側の席で屯っている。1番窓に近い彼の家では飼い猫の多頭飼育崩壊が起きているらしい。補助バックのだらしないファスナーから虫が這って出てきて驚いてしまったが、気付かれなかったので安心した。彼等は、昨夜プレイしたであろうモバイル版のゲームについて話しているところだ。僕もそのゲームは好きだったが、3人は軒並み成績が悪いから、あえて話には入らず鞄を机に起き、生徒会の挨拶運動へ向かうのだった。ゲームはプレイする事が楽しいわけで、デバイス無しで熱く語ろうなんて正気ではない。と頭の中で反芻している間に僕の核から微小な怒りが鼻を抜けるように体へ浸透していく。こうして彼等は僕に怒りを生成することに成功したのだ。悪い成績にしてはよくやったじゃないか。そう結論づけてようやく自分の機嫌をとるのであった。