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いちのろく

よろしくお願いします。

 メキナハがガレシュに呼び出されたのは、その数日後だった。

 一体、何事だろうかと来てみると、ガレシュは神妙な顔をして立っていた。


「実は派遣を以前から打診されていたんだが、本決まりになってしまってね。おそらく三ヶ月間ほど国境警備に配属になったんだ」


 メキナハは驚いてガレシュを振り仰いだ。


「例の事件も未解決だし、君が大変な時に、手伝うと言っておきながら傍にいられなくなるのは不本意なんだが、避けられそうになくてね。それで……」


 ガレシュは言葉を切ってメキナハをじっと見つめた。


「お互い何があるかわからないし、帰ってこられるかもわからんし、今のうちに伝えておきたいことがある」


 メキナハはたじろいだ。そして目を伏せる。


「俺は……、君が好きだ。一目惚れだったようだ。君がコリュモを訪ねてきて、受付嬢に追い払われそうになっていたあの時から。いや、返事がほしいわけじゃない、ちょっと知っていてほしいんだ」


 ガレシュは何か言いかけるメキナハを制すると、一度言葉を切って考えた。


「つまり、君は俺にとって、唯一無二なんだよ。それなのに、君が君自身を諦めて、捨て鉢な様子なのが腹立たしい。君……、送還されるつもりだろう?」


 メキナハの目が一瞬、泳いだ。やっぱりそうかとガレシュは苦々しく思う。

 メキナハは顔を上げることができなかった。

 確かに彼女は、この人たち全員から離れて祖国へ帰るつもりだったのだ。復讐のために。

 捨て鉢と言われればその通りだ。それ以外に道があるとは考えられなかったのだ。


「君が好きで、君を大切に思っているやつがいることを、知っていてほしい。君に何かあったら俺は嘆くし、手助けさせてもらいたいんだ。

 ただ、手助けはしたいが、確実な手段がシィトゥーハ君と同じ申し出しかできないのも現実だ。本当ならもっと、違う形で申し込みたかったが、今、遠慮したり遠回りしたりして、君を失うのは嫌だ。

 だからメキナハ……、キーナ、まずは籍を入れることから始めないか?

 もちろん、君がこんな形で結婚するのは不本意なのはわかっている。だから最終手段としてこれを持っていてほしい。婚姻証明書にサインしてある。置いていくので、どうしようもない場合に活用してくれ。念の為に言うが、俺は大喜びだ」


 メキナハはガレシュが差し出した書類をじっと見たが、手を出そうとはしなかった。


「ガレシュさん、私……。私、その……。怖いんです。あの時、殺されてしまったあの人は、別に私と恋仲じゃなかった。顔見知りではありましたが。

 その時、飼っていたハネウサギが死んでしまって、泣いていた私を手伝ってお墓を作ってくれただけだったんです。彼も飼い犬が死んでしまったばかりだから気持ちがよくわかると言って慰めてくれました。

 それでも殺されてしまった。慰めてくれただけだったのに。

 それで、私、誰かに好意を持ったり、慰めてもらったり、ましてや結婚なんて、どなたがお相手でも、怖くて出来そうにありません。あの人は、まだ学生さんだったんです。丁度シィトゥーハさん位の年頃でした。私……。またあんなことがあるのではとも思うし、なにより、私が誰かと恋愛するなんて許されないんじゃないかっていう気がして苦しいんです」


 ガレシュはメキナハの手を取ると、書類を握らせた。


「……わかった。話してくれて嬉しいよ。じゃあ、験担ぎというか、お守りがわりに持っていてくれないか。俺には家族は兄貴が軍隊にいるだけで、今まで誰かのために帰ってくる理由がなかった。でもこれで俺にも這ってでも帰ってくる理由ができる。

 帰ってきて君がまだこれを使っていなかったら返してもらおう。ただし、これを使わずに君が強制送還されたら、俺は君を追いかけるよ」


 メキナハは驚いた様にガレシュをの顔を見た。


「そんな、ガレシュさん!」


「だから、どうしようもなくなったら、遠慮なくこれを使うんだ、約束してくれ。もちろん、他に君がいいと思う手段があれば、そちらを優先してもらって構わない」


 ガレシュは爽やかに笑った。


「これで安心して離れられる。帰ってきたら君と夫婦かもしれないと思えば、国境も耐えられるよ、君を寡婦にするわけにもいかないし。いや、そんな顔しないでくれ」


 ガレシュは吹き出した。メキナハがなんとも微妙な顔をしていたからだ。


「予言するわけじゃないけど、心配しなくてもきっと君はこれを、笑顔で俺に返すことになるよ。何とも残念だけどね。だから、三ヶ月後、必ずまたここで会おう。約束だ」


 メキナハは書類を胸に抱いて、ガレシュを見つめると、深く頭を下げた。


「ありがとう、ガレシュさん。ありがとう……」


 ガレシュは笑顔を見せ、軽く片手を挙げると去って行った。彼が言う通り、お互い何があるかわからない。メキナハは彼の背中を目に焼き付けた。



 さらに数日が経つと、次はコリュモが申し出をしてきた。


「ねぇ、キーナが良かったら、私の妹にならない?」

「え?」


 話があると呼び出された事務所で、メキナハは驚いてコリュモを見た。その場にいたイイタダイとシィトゥーハも顔を上げた。


「親に相談したんだ。喜んで養女に迎えたいって」

 メキナハは大切な友人を見つめた。


「……ありがとう、コリィ。そんな風に言ってくれて、嬉しいよ。でも、コリィのお家には妹が沢山いるでしょ?私まで増えたら、コリィはイトセカカンデンデじゃなくてイトセカンデになっちゃうよ?」


 コリュモの末の妹はイトセという。末子相続のあるこの国でのコリュモの序名は現在、イトセカカンデンデだ。イトセの下から四番目の姉という名前だ。だがもしコリュモに妹が増えたなら、カカンデンデ(四番目の姉)でなく、カンデ(大きい姉のうちの一人)となる。これはつまり、家族の中に未婚の姉が沢山いるうちの一人ということが名前から分かるのだ。コリュモは苦笑した。


「確かにカンデが付くと絶賛婚活中みたいな響きがするけど、キーナと姉妹になれるんなら喜んでカンデになるよ」


 コリュモが気にしているのは、未だじれじれを続けているルバイヤ医師との関係だ。現在慎重に進めている関係の相手に、カンデになりましたと伝える事がどういうことか。……いや、恥ずかしい。できるだろうか。


 顔を赤らめるコリュモを見て、メキナハは何か言いかけたが、口を閉じると目を伏せた。


「ありがとう、考えておくね」

「しっかり考えてほしいけど、手続きには時間がかかるからあまり余裕はないんだ、急かす訳じゃないけど」

「そうだよね……。じゃあ、コリュモ、気を悪くしないで欲しいんだけど、あなたは私にとって、本当に大切な友達だよ、だからこそお世話になる訳にはいかないんだ。気持ちはとっても嬉しいんだけど、遠慮させてほしい」


 真っ直ぐにコリュモを見つめるメキナハに、コリュモはたじろぎ、怯んだ。


「……キーナは断るかもしれないとは思ったけど、こんな秒殺とは。気を悪くしたりはしないけど、残念だなぁ。一応、理由を聞いてもいい?」

「上手く説明出来ないんだけど……。上手く説明出来ないな……」


 メキナハが同じことを繰り返し言って考え込むと、シィトゥーハが視線を落とし、下を向いたままぽつりと言った。


「やっぱり、メキナハさんは、ガレシュさんのプロポーズを……、受けるつもりなの?」

「えっ」


 驚きの声を上げたのはコリュモだった。メキナハは声も出ない。告白された事を、何故知っているのだ。しかもメキナハ呼びに戻っている。


「……やっぱり、本当にプロポーズされたんだね。そんな顔して、感情がダダ漏れだ」


 ……こいつ、引っ掛けやがった。メキナハは心の中で悪態をつく。顔が赤らむのを止められない。だが、シィトゥーハの真剣かつ悲しげな顔を見ると、何も言えなくなった。


「レジーのやつ、頑張ったなぁ!そうかぁ、キーナちゃんにプロポーズしたんだ!」


 イイタダイが嬉しそうに言った。


「プロポーズされたのとは少し違って……。それにお受けすると決まったわけではなくて……」

「では何故コリュモの申し出を断った?」


 言いながらセヌリューバが部屋に入って来た。手に何か持っている。


「きっと小さな子供が大勢いるコリュモの家に迷惑をかけるのを遠慮したんだろうが、今すぐにでも動き出さんと手続きが間に合わなくなるぞ」


 セヌリューバの言葉にメキナハは唇を噛んだ。これまで、カイレーを出ることばかり考えていたが、ガレシュの言葉でここに残ることを考えたいと思うようになってきたのだ。だから、コリュモの申し出は嬉しい。が、メキナハがジザから付け狙われている以上、コリュモや彼女の家族を危険にさらすわけにはいかなかった。

 そんなことをぐるぐると考えるメキナハに、セヌリューバは強く頷いてみせた。


「そこで提案だ。メキナハ嬢、うちに来ないか?」


 セヌリューバの発言に全員が驚愕した。一番初めに我に帰ったのはシィトゥーハだ。


「兄さん、再婚するの!?」

「何を馬鹿なことを言っている。コリュモと同じで養女になってもらいたいと言ってるんだ。私はお前の姉さん以外の人と結婚する気はないよ。

 メキナハ嬢、うちの両親は、それなりの地位にいる二人でね。要人警護の対象になっているからジザの連中もそう簡単に手を出してはこれない。君と家族になっても心配いらない。

 それと、私の息子は今、五歳で、どんどんヤンチャになってきてね、誰に似たんだか。主に両親が見ているんだが、二人もそろそろ歳だし手に負えなくなってきているんだ。だから、君が来てくれて遊び相手になってくれると大いに助かる」


 メキナハはセヌリューバを見つめた。そしてシィトゥーハを見た。コリュモを見ると満面の笑みで頷いている。背中を押してくれているのだ。


「……シィトゥーハさん、今、お幾つですか?私を引き取って頂いたら、私が末子になってしまうことはないですか?」


 遠慮がちにメキナハが言うとセヌリューバは苦笑した。


「末子になりたくないなんて、シィトゥーハを引き取る時と同じこと言うんだな。大丈夫、君の方がふたつほど若いが、こいつを養子にする時、相続は私の息子に行くようにしたんだ。それがこいつを正式に引き取る時の、こいつが出した条件でね。だから末子でも君に相続権は発生しないから心配することはない。他に気になることはないか?」


 メキナハは考え込んだ。五歳の息子の遊び相手に、と言うのはメキナハが受け入れやすいように提案しただけだとすぐに悟った。

 セヌリューバは、自分が結果としてメキナハを窮地に陥らせていることに責任を感じているのだろう。自分で任務の一環で責任はないと言ったクセに。何と一本気で実直で厳つい人物であることか。

 本当にありがたい話だ。それだけに躊躇する気持ちはあるが、素直に甘えるのが気持ちに報いる何よりの方法であることも理解できた。メキナハが最も心配する、新しく家族となる人々への危険も先回りして解消されてしまった。現在の状況で、これ以上の解決策は望めないだろう。


「……仕事を続けることはできますか?」

「もちろんだ。他にも住む場所や呼び名なども、家族全員で揃って決めよう。他には?」


 メキナハが無言でかぶりを振ると、セヌリューバは両手を打ち合わせた。


「では、決まりだ。顔合わせは近々する。早速だがこの書類にサインしてくれないか。手続きの代行に関する委任状だ。後はうちの者が全てやる」


 セヌリューバは手にしていた書類の束をメキナハに渡した。


「展開が早すぎて理解がついていきません。準備がよすぎやしませんか、お兄様」


 メキナハが言うとセヌリューバは意表を突かれたか一瞬口を閉じたがすぐに破顔した。


「そう呼ばれるのも悪くないな。今まで生意気な弟ばかりだったからな。事態は拙速を旨としているのだよ、妹よ」


 珍しくセヌリューバが戯ける。天変地異でも起こりかねないと彼の部下たちは一様に薄笑いした。


「ちょっと待ってよ、兄さん!」


 シィトゥーハが遮った。


「何だ、メキナハ嬢が妹になるのは嫌か」

「そうだよ、僕はメキナハさんにプロポーズしたんだよ!兄妹になったら結婚出来ないじゃないか」


 先程とは違った驚愕が全員に落ちた。


「アンタ、あのプロポーズ、意外と真剣だったんだねぇ」


 コリュモがため息混じりに呟いた言葉に、シィトゥーハが振り返りショックを受けた顔をした。


「僕は大真面目だ!」


 叫ぶシィトゥーハに、セヌリューバは呆れたよう彼の肩を叩いた。


「……お前は人の表情はスラスラと読むクセに、こういったことはポンコツだな。兄妹じゃなくてもお前に芽はないと思うが。

 まあ、お前の養子縁組を解消すれば結婚できるが、せっかくできた妹をそう簡単には嫁に出さんぞ。

 将来は分からんとしても、当面は諦めろ。あとはお前の努力次第だ」


 シィトゥーハはガックリと肩を落としたが、気を取り直すとメキナハに向き直った。


「……まあいいや、当面は妹でも。よろしく、妹どの!」


 ポンコツめ。セヌリューバは思った。そんな言い方をすれば、彼の本気はメキナハに伝わらない。現にあのわかりにくいメキナハが、明らかにホッとした様子ではないか。こいつはメキナハがホッとしていることは読めても、何故ホッとしているのかが分からない。ポンコツの所以だ。

 何故ホッとしているのかって?メキナハは、妹どのと呼ばれてホッとしているのだ、恋愛対象外のシィトゥーハから大真面目と言われて困惑していたから。

 セヌリューバは弟の恋路の困難さを思い、彼の肩を再び叩いた。



 こうしてメキナハはセヌリューバの庇護下に入った。



第一章 おわり


この後、番外編をはさんでから、第二章突入です。

どうぞよろしくお願いします。


章立てって、どうやるんだーー(悪戦苦闘)

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