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いちのよん

読んでいただきありがとうございます!

ここから三話ほど暗い話が続きますが、どうぞよろしくお願いします。

 ある日、メキナハは騎士団事務所に呼び出された。ついに「この件」とやらが決着ついたのだといいな、と願いながら、彼女は出かけた。監視状態から早く解放してもらいたい。

 『落ち人』が訪問しているらしいと聞かされて出かけてみると、メキナハの師匠の古い知人で、今や『落ち人』の重鎮となった人物が、いつもの面々に混じって立っていた。


「ツダ様!」

「メジロ、久しぶりだね。カイレーにいたのなら、連絡をくれればよかったのに。しかし、すっかり大きくなって。綺麗になったね」

「まあ、ありがとうございます。ツダ様はお変わりなく、お元気そうで安心しました」


 彼女はにこやかに返答したが、隣に立つセヌリューバは怪訝そうな顔をした。


「メジロ?」

「私の呼び名です、なんでも鳥の名前だとか……」


 次はツダが怪訝そうだ。メジロというのはメキナハの本名だとツダは思っていたが、違っていたのか。気を取り直してメキナハに再び話しかけた。


「たまには『里』に来るとか、師匠の墓参りするとかしなさい」


 メキナハは苦笑した。師匠の墓に師匠はいない。『落ち人』は亡くなると身体が消えてしまうからだ。墓に入っているのは師匠が普段、身につけていた訓練着だけだ。だから行く気になれない。


「フフ、折を見て参ります。ところでどうしてわざわざツダ様が?」

「事情が複雑なのでね、私が来た方が早い。君にも少しの間、同席してもらいたいのだが……。可能だろうか」


 ツダはセヌリューバを振り返った。メキナハは驚いた。


「私もですか?」

「君に無関係ではない。というか、君にも飛び火してしまった。君が何も知らないのはかえって危険だ。ところで……」


 ツダは表情を崩し、悪戯っぽく瞳を輝かせた。


「そろそろ、良い人は出来たかね?」

「ツダ様……」


 メキナハは目を細めた。なんの意図でこんな場所でこんな話題を持ち出してきたのか、わからなかったのだ。


「君は早く身を固めるべきだ。あまりにのんびりしているようなら、『里』で縁談を用意してしまうよ?」

「ツダ様……、私にはこういったお話は、まだ……。それに、こればかりは頑張ればどうにかなるというものとは違います」

「……そんなにウチの息子はダメかなぁ。贔屓目を抜きにしても、なかなか良い男だと思うんだが。まあいい、この件は後ほどゆっくりたっぷり話を聞くとしよう」


 飄々と話すツダに半ば呆れた。ツダからは昔、彼の長男との縁談を打診されていたことがあった。まだメキナハは十四、五歳だったろうか。

 あれから様々なことがあったが、まだ諦めていないとは。彼の息子は『里』生まれ『里』育ちの青年で、子供の頃は彼の弟と共に時折遊んでいた。ツダによればメキナハのことも憎からず思っていてくれているようだが、メキナハとしては本人が出てこず親からの打診な時点でアウトだ。


 この後ツダにはたっぷり最近の出来事について根掘り葉掘り聞かれるのかと憂鬱に思いながら、メキナハはツダの後ろから足取り重く付いて歩いた。



「さて、メジロ……、メキナハは事情を知らないので最初から説明すると、君が読まされたあの文字だがね、あれが書かれた壁の前で刺された男がいてね。しばらく意識がなくて、先日ようやく目覚めたが、ずいぶん怯えていたようだ。

 彼は『里』の人間だ。アーニーという。彼に会って話を聞いてきたよ。所用でカイレーに来ていたが、街中で『落ち人』の文字を見つけ驚いていると、見知らぬ人に話しかけられ、アーニーが『里』の者と分かるといきなり刺されたと言っている」


 メキナハは息を呑んだ。『里』の人間だから襲う?そんなまさか。


「見たことのない相手だし、アーニーには襲われるような心当たりも無いらしい。相手の意図も正体も不明だそうだ。目覚めたら知らない場所だし、相当怯えていたらしい。彼は公用語も下手だしね、意思疎通が出来なかったらしい」


 ツダは捜査員たちに向き直った。


「さて、次は皆さんに『里』の事情を少し知っていていただきたいのですが。

 我々は言葉も習慣も違う様々な人間の寄せ集めでしてね、元の世界では戦争中の敵対国同士なんてこともよくあるのです。突然全く知らない世界に一人落ちてきて、絶望して自棄になる者も多い。攻撃的になる者もいる。意見が違うことも多いので、普段はいくつかに分かれて暮らしています。

 だが全体としての結束はとても固い。団結しないと生きていけませんのでね。このカイレーの国には『里』が三箇所あるが私が代表として取りまとめ役を務めています」


「なるほど……?」

 セヌリューバは頷いた。


「『里』が標的にされているのなら、全面的に協力します。ただ我々は一枚岩ではない。アーニーも私が所属する『里』の者ではない。私が把握していないところで、何らかの思惑が動いたという可能性が全く無いわけではないと承知していただきたく、こんな話をしました」


 セヌリューバは力強く頷いた。


「複雑なお立場は理解しました。率直にお話しいただき感謝します」


 ツダは頷いた。


「それから、メキナハに来てもらった理由ですが、この国の諜報機関が『里』に接触してきました。彼女の身元を確認するためでした。身元照会は各国にも行われた。もう報告は届きましたか?」

 

 メキナハは思わずセヌリューバを見た。各国への身元照会。それはまずい。


「捜査に協力してもらうため、身元を確認する必要がありましてね。報告はまだ来ていませんが」

「そうですか……。彼女の身元は『里』が保証します、なんなら私が保証人になってもいい。少々事情があって彼女には居処を知られると障りのある相手がいましてね。調査を取り下げてもらえるとありがたい。手遅れかもしれないが」

「と、言うと?」

「私には守秘義務があり、私の口から説明することができませんで申し訳ない。彼女が自ら話してもいいと思ったなら事情を聞いてやってください」


 メキナハは唇を噛んだ。こんな説明をされては事情を言わざるを得なくなる。そして事情を知られたらここには居辛くなるだろう。ツダは策士だ。メキナハの居場所を奪い『里』に誘導しているのだ。だが、彼の息子との縁談がなかったとしても、メキナハには『里』に住むという選択肢はなかった。

 

 詳細な会議に入った後、ツダは帰って行った。

 

 


「私の身元を照会されたのですね」


 自身も帰路に着く前、メキナハはセヌリューバに確認した。


「不愉快かもしれないがこれも業務の一環でね。捜査資料を身元も確かめずに見せるわけにはいかないんだ」

「そうですね……。分かっています」


 理屈では。メキナハは思った。だが恨めしく思ってしまうのは許してほしい。自業自得だが。直接聞いてくれと思ってしまう。あり得ないのはわかっているが。


 あの時、ガレシュが写真を逆さまに貼っているのを見ても、黙っていればよかったのだ。そしてこの国を出ていけばよかった。だがそうしなかった。

 だから自業自得だ。分かっている。理屈では。



 確かにメキナハには「居処を知られると障りがある」相手がいる。だからどれだけ平和に暮らしていても、常に警戒し避難する準備をしている。

 二年の間にカイレーにはずいぶんと愛着もできたし、コリュモのような友人もできた。立ち去るのは辛く悲しい。おそらく立ち去れば二度とは戻れないだろう。だが残った場合の影響を考えるとできるだけ迅速にカイレーを出るべきなのはわかっていた。

 借りている部屋や自分の武術教室の処分など、準備は完璧とは言えない。しかし、逡巡している暇はない。出来る限りの書類は用意した。あとは同居のコリュモや巡警の騎士たちの目をかいくぐって出国するだけだ。それが最難関だが。


 明日、この国を出よう。

 

 目を固く閉じ、いく人かの顔を思い浮かべながら深く深呼吸した。目を開け前を見据えた彼女の瞳には再び力がこもっていた。




 その翌日にメキナハは朝からコリュモと共に呼び出された。その日のうちに出国するつもりのメキナハは何食わぬ顔で騎士団事務所にに出向いたが、内心は緊張していた。

 事務所には騎士団の知人が勢揃いだ。シィトゥーハまでいて、その中に最近、メキナハを尾行していた人物も含まれていた。


(やっぱり捜査官さんだった)


 顔を知られていないと思っていたのか、彼の尾行は割と雑だったので、メキナハは捜査官だろうと見当をつけて尾行させるがままにしていた。だから彼の顔はよく知っていた。

 だがメキナハが「クダツーです」と頭を下げる彼に素知らぬ顔で「初めまして」と言ったら、シィトゥーハが苦笑した。筒抜けだったらしい。厄介な人だ。


 セヌリューバに促されて席に着くと、全員がメキナハを見ている。さすがに居心地が悪かった。


「ツダ殿に言われて、君に関する調査を取り下げた」


 セヌリューバの言葉に、表情を繕おうとして失敗した。本当に?


「それで諜報はそれまでわかった事を報告してきたんだ。その内容もさることながら、ジザが君の送還を要求してきた。君の出身国だね?」


 メキナハは頷いた。捜査官たちは驚愕した。ジザとは遠方の山岳地帯にある国で、盗賊集団が国家として独立宣言した国であり、近隣の国を荒らしまわったため、手を焼いた隣国三ヵ国に討伐され現在も支配下に置かれている場所である。そんな国の出身で、しかも送還を要求されている?


「カイレーでは二十一歳にならないと単独での移民はできない。二年前でも今でも君はまだその年齢になっていない。君の入国は違法となる。違法に入国したら祖国に送還しなければならない。一度強制送還された者が二度と入国できないのは知っているね?しかも君はジザから指名手配されている」

「指名手配?」

「知らなかったのか。当時の首長の甥への傷害罪だ」

「傷害罪……」


 メキナハは苦笑した。


「冤罪か?」

「確かに、その男の顔に怪我をさせました。でもほんのかすり傷だったのに、傷害罪で国際手配の対象となるのですか?そもそも先に暴力をふるったのはあちらで、私は重傷でした」

「重傷?」

「その男は今、ジザの隣国のハビでも犯罪を犯し服役しています。終身刑です」

「ハビでも……?一体どういう事だ」

「ジザの国全体が盗賊集団の国ですから、あそこに住むのは犯罪者とその家族です。あそこで私、内部告発をしたのです。その後、私はジザからハビへ逃れ、あの男は私を追ってハビに来た。そして逮捕され収容された」


 重い沈黙が落ちた。


「どうやら最初から全てお話した方がいいですね。長い話ですがよろしいですか」


 そうして彼女は話し始めた。


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