番外 コリュモのはなし
コリュモが騎士になる前のおはなしです。
「気をつけなさい」
ものすごく厳つい大男の騎士に注意をされて、コリュモは固まった。気が強くて活発な彼女でも、騎士服を着た強面で屈強な男にきつい調子で注意されると、さすがにすくんでしまう。
コリュモは町へ買い出しに出掛けていたのだが、いきなりぶつかってきた人足風の男に吹き飛ばされ、生来の勝ち気で口論になり、いきり立つ男に腕を掴まれて引きずられてしまった。そこに助けに入ったのがこの厳つい騎士というわけだ。
「あ、あの、ありがとう、ございました」
「よく前を見て歩くように」
男は重々しく告げた。コリュモの中でなにかが弾けた。
「お、お言葉ですが、私がぶつかったのではありません!向こうから、ぶつかってきたのです」
「わかっている。ああいう手合いは注意しても激昂するだけだ」
「で、で、では、ああいうやつらの、やりたい放題ではないですか。誰かが止めないと」
「あの手の者に言い聞かせるには、それなりの力を持つ者がそれなりの状況で諭さなければならない。往来で馬が暴れていると思えばいい。そんな時は自分の身を守り、暴れ馬を扱える者を速やかに呼ぶんだ。いいな」
コリュモは奥歯を噛み締めて、頷いた。確かにこの大男が来てくれなかったら、コリュモはあの輩に何をされていたかわからない。もうとうに逃げていって影も見えないが。悔しさで視界がぼやけた。
「もう、リューバったら、そんな言い方しないのよ。今、怖い目にあったばかりの女の子を、あなたがもっと怖がらせてどうするの」
柔らかい声がして振り向くと、ほっそりとした優しげな栗色の髪の女性が大男を睨んでいた。もうすぐ十六歳のコリュモよりも小さい女性が厳つい男を叱りつけていることに、コリュモは仰天した。
「ごめんなさいね、うちの人、まるで怒ってるみたいに見えるけど、これが地顔なのよ。噛み付かないし無害だからそんなに怖がらないでね」
どうやら悔しさに涙ぐむコリュモを、怖がっていると思ったらしい。それにしても「噛みつかない」とはものすごい言いようだ。まるで野生動物のような扱いにコリュモはおかしくなってしまって、吹き出しそうになるのを必死で我慢した。しかし女性の言葉に男は眉をわずかに動かしただけで咎めなかった。
「いえ、騎士様のおっしゃることは、ごもっともです。気をつけます」
「まあ、いい子ねぇ」
女性はたおやかに微笑んだ。自分の姉たちと同じくらいの女性に「いい子」と言われて、コリュモはくすぐったくなった。
それにしても「うちの人」と言うからには、このどことなく儚げな人は、あの大男の奥さんだろうか。意外すぎる組み合わせにコリュモは思わず二人を見比べてしまった。
「リューバ、まだあの不届き者がその辺にいるかもしれないわ。このお嬢さんを送って差し上げなさいよ」
「いえそんな!もう大丈夫です」
コリュモが慌てて手を振ると、女性は両手を打ち鳴らした。
「あ、そうか、こんな大きいのがついてきたら怖いわよね、私も一緒に行くわ。ねえ、いいでしょうリューバ。私、この可愛いお嬢さんと、もう少しおしゃべりしたくなっちゃったの」
リューバと呼ばれた男はむっつりと黙り込んだままだったが、「さ、行きましょうか」とコリュモの腕を取って、すたすたと歩き出した女性を止めることはなく、後ろからゆっくりとついてきた。
華奢な女性だが、この厳つい大男も、勝ち気なコリュモも、有無を言わせず従わせるあたり、案外押しの強い女性なのかもしれない。
「私、ヤノマヤっていいます。こっちの大きいのはセヌリューバ。私の夫よ。お嬢さんは?」
「コリュモです、送っていただいて、ありがとうございます」
女性は優しく微笑んだ。
「私がコリュモさんとおしゃべりしたかったのよ。だから、ついてきちゃった。ねえ、コリュモさん。よかったら、コリィちゃんって呼んでもいい?」
なんとも人懐こい人だ。
「え?あ、はい」
「コリィちゃん。素敵な赤髪ねえ。鮮やかで、綺麗ね!そこまで伸ばすのは、大変だったんじゃない?」
コリュモは子供の頃から伸ばし続けている髪を褒められて上気した。
「ありがとうございます、褒めて下さって。長い髪はやっぱり面倒だけど、自分でも気に入っているので嬉しいです」
「フフ、妙に謙遜しないところもいいわ!あと一年もしないうちに、あなた目を引く美人になるわよ!いいわねえ、私の髪は、ちっともいうこと聞いてくれなくてねえ。誰に似たのかしら」
誰ってそりゃ。髪の持ち主に決まっている。
コリュモは声を上げて笑った。
ヤノマヤと楽しく話していると、突然大声で男が怒鳴った。
「おい、コリュモ!一体どういうことだ!!男と二人で歩いてるなんて!」
コリュモは驚いて振り返った。どうやらその怒鳴り声の主には、大柄なセヌリューバに隠れてヤノマヤが見えなかったらしい。セヌリューバの影からヒョイとヤノマヤが現れると、一気にバツの悪そうな顔をした。
「なんだね君は……」
セヌリューバが不機嫌そうにいうと男は明らかに怯んだが、コリュモを指さすと、とんでもないことを叫んだ。
「その女は俺の妻なんです、勝手に連れ回さないでもらいたい!」
「はあっ!?嘘言わないで!」
コリュモが思わず大声で叫ぶと、すかさずセヌリューバが鋭く指摘した。
「騎士に対して虚偽の報告をしたのかね?」
「ま、間違えた、俺の妻の妹なんです」
「まだ婚約者でしょ!妻とか言わないで!すみません、この人は私の姉の婚約者で、ダケマレといいます」
すると何故か、ダケマレはニヤリと笑った。
その様子を見ていたヤノマヤは、ダケマレとコリュモを見比べていたが、「なぁるほど、ねえ」とつぶやくと微笑んだ。
「お連れ様がいらしたようなので、ここでお別れしますがコリュモさん、」
ヤノマヤが突然口調を変えたのでコリュモはまたもや仰天した。
「騎士団の予約はいつにしましょうか?
「え?えっと……」
「男の人相を忘れないうちに、できるだけ早い方がいいですよ、明日予約を入れておきますから騎士団事務所においでください」
コリュモが目を白黒させている間に、ヤノマヤはにこりと笑うとセヌリューバを引っ張って去っていった。
「一体何事だ、騎士団だなんて」
「あのご夫妻に失礼な態度とって、一言も謝らなかったような人には教えたくないわ。明日は騎士団に行くから早いの。さよなら」
コリュモは言い捨てると、ダケマレを置いてさっさと帰った。「騎士団に行く」が効いたのか、ダケマレはそれ以上しつこく聞いてきたりはしなかった。ヤノマヤはこのためにあんな言い方をしていたのかと思い至り、コリュモはヤノマヤへ尊敬の念を抱くようになった。
その頃コリュモは学園に在籍していて、女子寮で生活していた。
実家から通えない距離ではなかったのだが、寮に入ることが奨励されていたし、食費は無償だし、優秀なコリュモは奨学生だったし、大勢の姉妹がいる我が家が一人でも人数が減れば助けになると考えたのだ。
忙しい学園生活の中で始まったのは、ヤノマヤとの交流だった。あの後、コリュモはなんとなく騎士団事務所の周りに立ち寄ることが増えた。幾度か顔を合わせるうち、連絡先を交換したり学園での出来事を相談したりするようになった。
彼女の弟も紹介され、学園の催し物に姉弟で遊びに来てくれたりもした。ヤノマヤによく似た栗色の髪の人懐こい少年だった。
待望の子供を宿したという知らせをヤノマヤから聞いたのは、ヤノマヤとの交流が始まって一年近くが経った頃だった。セヌリューバの過保護ぶりは加熱を通り越して大火事状態だ。そんな二人の様子をコリュモは温かく、というか生ぬるく見守っていた。
ある暑い日の真昼に、町を歩いていたコリュモは我が目を疑った。大きなお腹をかかえながら、ヤノマヤがふうふうと歩いているのだ。
「ヤノマヤ様!?な、何してるんですか!?お一人ですか!?」
「あら……コリィちゃん。ちょっと散歩してるのよ、少しは運動しないと、体力がなくなっちゃう」
「だったら、もっと夕方に涼しくなってから、どなたかと一緒に行ってください!転びでもしたらどうするんですか!?」
「だってみんな行っちゃダメって言うんだもの。こっそり抜け出すのは、今しかなかったのよ」
コリュモは蒼白になって叫んだ。
「ぬ、抜け出してきたんですかぁー!と、とりあえず、あの木陰のベンチに座ってください、あ、これ水です、飲まなきゃダメですからね!」
「コリィちゃんたらリューバ並みに過保護ね。でも、ありがとう、少し休んだら帰るわ」
「なに言ってるんですかお送りしますよ絶対です文句は受け付けませんからね!」
コリュモは一息にまくし立てた。
ヤノマヤは肩をすくめてコリュモに従った。
「コリィちゃん、騎士を目指してるって本当?」
木陰のベンチで一息つくと、ヤノマヤは悪戯そうにコリュモに言った。コリュモは驚いた。騎士を目指すことをセヌリューバに打ち明け、手続きについて教えてもらったのはつい先日のことだ。
「セヌリューバ様は案外口が軽いんですね、秘密厳守って言ったのに」
「フフ。私は例外よ、あの人は私になにかを秘密なんて、できないの。で、なんで騎士に?」
「守秘義務とは!?……あの、まだ家族にも隠しているんです、本当に内密にお願いします」
「いいわ、コリィちゃんが騎士になりたいわけを教えてくれたらね」
コリュモは横目でヤノマヤを見た。相変わらずたおやかなのに押しの強い人だ、とても敵わない。
「セヌリューバ様が助けてくださった時に教えていただいたことを、ずっと考えていたんです。それなりの力を持つ者がそれなりの状況で諭さないとあの手の輩を言い聞かせることはできないって。私、それなりの力を持つ者、「暴れ馬を扱える者」になりたいんです、私は身体強化も得意ですし」
ヤノマヤはしみじみとコリュモを眺めた。
「そっか、あの時、コリィちゃんたらリューバに反論してたものね、勇気あると思ったわ!あのね、本当はこれは内緒なんだけど、コリィちゃんが騎士志望らしいって話をした時、リューバがね、あなたのその真っ直ぐな正義感と勇気は素晴らしい、きっといい騎士になるだろう、って言ったのよ!」
「ほ、本当ですか!?」
「本当なの。でも、内緒にしてね、私がバラしたって知ったらリューバが拗ねちゃうから。きっと、なだめるのに三日はかかるわ」
コリュモは笑った。あの方、拗ねたりするんだ、そしてこの方に三日でなだめられちゃうんだ。
「もう、コリィちゃんたら、そんなに目をキラキラさせて、可愛いったら!あのね、もう少ししたら私、赤ん坊が生まれるわ。だからしばらくは会えないわね。私、頑張るわー。コリィちゃん、抱っこしてあげてね」
「はい、ヤノマヤ様に似た、可愛い赤ちゃんを楽しみにしています」
ヤノマヤは吹き出した。
「ああおかしい。皆おんなじことを言うのよ!確かにリューバに似たら可愛い赤ちゃんではないかもしれないわ!あの顔のまんま生まれてきたらどうしよう!」
ヤノマヤは朗らかに笑った。コリュモもなんだかセヌリューバに対して後ろめたく思いながらもヤノマヤと一緒に笑った。
「じゃあね、コリィちゃん。送ってくれてありがとう。学園の寮生活は大変だろうけど、頑張ってね。女性騎士も狭き門だけど、コリィちゃんなら、きっとなれるわ」
ヤノマヤは柔らかく笑った。
コリュモも笑って手を振った。
まさかそれが、ヤノマヤと交わす最後の言葉になろうとは。
知らせを聞いて、コリュモは学園の寮から飛んで帰ってきたが、すでに葬儀が行われている最中だった。
出産後、一度だけヤノマヤは意識を取り戻したという。
「ノゼンタ、って名前はどうかしら。この子、私に似たのね。あなたの顔のまんまでも、それはそれで、可愛かったと思うけど。ねぇ、……この子と弟のこと、お願いしても、いい?」
セヌリューバにそれだけ言い残すと、そのまま意識を取り戻すことはなかったという。
コリュモは号哭した。
目が溶けるほど泣き、嘆き、天を恨んだ。
だが、葬儀の場で騎士の正礼装に身を包んだセヌリューバと、彼の母らしき女性が泣き腫らしながらも赤ん坊を抱いて式を粛々と進めているのを遠くから見た時、コリュモは歯を食いしばってこれ以上泣かないと決意した。
この時に見たセヌリューバの涙をコリュモは一生忘れないだろう。
コリュモはヤノマヤの墓を訪れた。彼女の墓の前でそれまで長く伸ばしていた髪を、バッサリと切って捧げた。そして誓った。必ず騎士になると。
コリュモは血反吐を吐く努力をした。ヤノマヤとの約束をかなえるため、自分の夢をかなえるため、学園での成績も騎士としての基礎訓練も朝も夕も頑張った。
一年ほど経つ頃、学園の卒業後に騎士団に入団する試験の合格通知を受け取った。ヤノマヤの墓前に報告に行った時、もう泣かないという誓いを破ってしまったのはヤノマヤとコリュモの秘密だ。
「騎士団ってどういうことだ!やっと卒業して家に戻ってくると思ったのに!」
家族に合格を報告すると、皆が驚きながらも喜んでくれる中、一人反対の声を上げたのは姉テグマの婚約者のダケマレだ。
「お前はテグマについてくるんだろ!?」
道でばったりテグマを連れたダケマレに出会った時、遊びに行こうと誘われたので数日後から騎士団に入団するため街を離れることを知らせたら、彼は大勢の人が行き交う往来にもかかわらず大声でコリュモを詰り始めた。そのあまりの想定外の言葉にコリュモは理解が全くできなかった。
「は?なにそれ!?」
「俺とテグマが婚約した時、テグマを一人で嫁がせるなんてできない、自分もついていくって泣いてたじゃないか!」
「ほんの子供の頃の話じゃない、いくらテグマ姉さんがいなくて寂しいからって、嫁ぎ先にまでついていくわけないでしょ!」
「今さら何を言ってる、お前がついてくるって言ったから、俺はテグマと結婚するんだぞ!お前は俺んとこに来るんだ!」
何を言ってるんだろう、こいつは。
しかも、彼はテグマと一緒にいるのである。よくも婚約者がいるこの場面で、その妹にこんな発言ができたものだ。
驚きのあまり動けずにいたコリュモに、ダケマレは手を伸ばしてきた。コリュモはその手を避けると、ダケマレの足を素早く払って尻餅をつかせた。
「私が騎士団に合格できたのはダテじゃないのよ、弱い奴なんか、三つ数える間にコテンパンにしてやる!」
ダケマレの目に恐怖が浮かんだ。彼は自分より弱い者には居丈高だが、力のある者には卑屈になるような男だった。
「テグマ姉さん!」
コリュモは大声で姉に呼びかけた。
「姉さんはどうする?こんな奴と結婚したら不幸になるよ!それでもコイツがいいならここに残ればいい。イヤなら家に帰って!今、ここで決めて!!」
「帰るに決まってるでしょ」
一瞬の迷いなくテグマはコリュモの背後に回った。ダケマレの顔が屈辱に赤くなっていく。
「何事だ」
野太い声にふと我に帰り、コリュモが周りを見ると人垣ができていた。その中からゆっくりと歩み寄るのはセヌリューバだった。
「セヌリューバ様!」
さらに厳つくなった彼が立っていた。ダケマレは婚約とか結婚とか口の中でもごもごと言っていたが、身を翻して駆け去った。コリュモは感嘆した。自分ではどれだけ頑張っても、ここまでの「暴れ馬使い」にはなれそうにない。
「マヤの葬儀以来か。騎士団に合格したそうじゃないか、おめでとう。しかしこんな場で民間人を殴ったりしたら、入団は取り消しだ」
「はい、そんなことはしません。あいつは勝手に転んだし、私は「コテンパンにしてやる」とはいいましたが、何をコテンパンにするとは言いませんでした、姉と訓練用の案山子の話をしていただけです」
「詭弁だ」
「はい、ヤノマヤ様直伝です」
セヌリューバの眉間の皺がほんの少し緩んだ。
「マヤの墓にも花があった。報告に来てくれたのか?」
「はい。騎士になるのはヤノマヤ様との約束でした。私なら、きっとなれるって言ってくださったんです。いい報告ができて、よかったです」
「マヤも喜ぶだろうが、入団して目的を果たしたと思ってもらっては困る。騎士としてはこれからが始まりだ。第一歩ではあるが、まだ千歩も万歩もある。気を抜かずに努力しなさい」
「はい……。セヌリューバ様、お変わりないですね、ヤノマヤ様なら噛み付かないから大丈夫、とおっしゃいそうです」
セヌリューバは目を細めた。ほんの少し口の端が上がったのを、コリュモは見逃さなかった。
結局はテグマとダケマレの婚約は破れた。あんなのと六年も婚約してたなんて、と泣くのに、決してコリュモを責めない姉を見て、ダケマレへの怒りを新たにしたコリュモだった。
しかし、あの場は引いたダケマレだったが、なんと彼はコリュモにつきまといはじめたのだ。さすがに騎士団の女子寮にまで押し入る真似はしなかったが(確実に袋叩きだ)、行く先々に現れては、もう拗ねるのはやめろだの、お前が俺を愛してるのはわかってるだの、うっとおしいことこの上ないことをコリュモに吐きかけては騎士らに捕縛され連行されていく。無理矢理に贈り物を押し付けようとして断ると暴れたり、とにかく付きまとい、避けると暴れたりもした。あまりに騎士団の手を煩わせるので首都に入ることを禁止されたようだ。その後の噂は今のところ聞かない。
彼が言うには、彼は最初からコリュモがよかったが、歳の差があり(彼は十五歳年上だった〕コリュモがまだ幼かったので(十二歳だった)、仕方なく(は?)コリュモの三歳年上の姉テグマと婚約しただけで、他の人と婚約したのは謝るから素直になって欲しい、だそうだ。どうかしてる。コリュモは鳥肌が立つばかりだ。
それにしても、思い出すのはヤノマヤの行動だ。コリュモはダケマレの考えていたことなど全く思い至らなかったが、ヤノマヤが「なあるほど」などど言いつつダケマレとコリュモを見比べていたあの時には既に、こんなことが起こるかもしれないと見越していたかのようだった。
本当に得難い人だった。彼女に会いたい。コリュモは立派な騎士になるという誓いを新たにした。
ダケマレの影が見えなくなって一息ついたコリュモだったが、彼女の災難はそれだけではなかった。セヌリューバに助けられた時、コリュモにぶつかってきた人足風のあの男が、騎士団の下働きにいたのだ。コリュモに気がつくと、あの時は恥をかかされただのと喚き、何かとコリュモに絡んでくるようになったのだ。
同情して対処してくれる同僚もいた。実は俺にも、つきまとってくる幼馴染がいてね、などと言って手助けしてくれる者もいた。だが、中には男に色目を使ったんだろう、だから女騎士は……、などと言う輩もいた。もちろん、コテンパンにしてやった。
「あーあ、ロクな男がいやしない。私、まともな恋愛ができるかなあ」
コリュモは心底うんざりして女子寮で同僚たちに盛大に愚痴をこぼした。同僚たちは高速で何度も頷き、どこから調達したのか大量の高級肉をご馳走してくれた。
この時のコリュモは知らなかったが、大丈夫、心配しなくても、春はすぐそこの角まで白衣を着て早足でやって来ているのだ。
次話からは本編に戻ります。更新は週末の予定です。
なんちゃって週末ライターの佐伯です。